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私が小学生の時の話です。
ある夜、私は夜中に目が覚めました。
当時の私は真っ暗な部屋の中で眠るのが怖かったので、豆電球を一つだけつけて寝ていました。
枕元の時計に目をやると、午前二時。
学校で
「幽霊が一番出る時間は丑三つ時っていって、午前二時から三時の間なんだぞ」
という話をきいたことがあった私は、よりによってその一番恐ろしい時間の開幕に目覚めてしまったことに絶望していました。
早く寝なきゃ、早く寝なきゃ。丑三つ時を起きたまま過ごすなんて嫌だ。
そう思って目をつむり、なんとか眠ろうとしますが眠れません。私はもともと寝付きのよい子供でしたので、それまでは眠れずに困ったという経験がなく、ますます途方に暮れました。
延々と羊を数えても眠れず、目が冴えたまま時間が少しずつ過ぎいきました。どうしようどうしようと悩んでいると、突然まぶたが重くなってきました。ついさっきまでぱっちりと目が冴えていたのが嘘のように、目を開けていられないほどの強烈な眠気が急にやってきたのです。
安堵しながら眠りに落ちる直前、私は(今何時なんだろう?)と考えて枕元の時計を見ました。
時計はちょうど午前三時をさしており、私は自分が丑三つ刻をまるまる起きたまま過ごしてしまったのかと思うと損をしたような気持ちになりながら、眠りにつきました。
特に何があるわけでもなく次の日は普通に過ぎていきましたが、夜中にまたしても目が覚めました。
もしかして、と思いながら時計を確認するとやはり午前二時。
それからの一時間は前夜と同じように過ぎていきました。何をしても眠気がささず目が冴えたまま過ごし、午前三時になると突然急速な眠気に襲われて、眠ってしまう。
それから毎夜、同じことが繰り返されるようになりました。午前二時に目覚め、眠くなるのは午前三時。
当初の強烈な恐怖は薄れ、私は深夜の一時間をわりと平静に過ごすようになりました。目が覚めるだけで何も怖いことは起きませんでしたから。
どうして夜中に一時間だけ目が覚めるのか不思議に思ってはいましたが、何かがあると大人がよく言うように
「セイチョウキにはこういうことがあったりするんだろうな」
と子供ながらに納得していたのです。
そしてある朝、私は一度も眠りを中断されずに朝を迎えました。
なんでだろうと疑問には思いましたが、夜中に目が覚めるなんてことはないほうがいいに決まっています。それからは毎夜、以前と同じように一晩中断なく眠り続けて朝を迎えるようになりました。
「セイチョウキにはふしぎなことが急に終わったりすることもあるんだな」
とやはり私はそう思いました。ある夜、仕事から帰ってきた父親が
「妙なことがあったんだよ」
と話し始めました。
その頃、私たち家族は父の会社の家族用の集合住宅に住んでいました。
一つの建物に一世帯につき3Kの間取りの部屋があり、それが三世帯分ありました。
我が家はその左端に住んでいました。当時、父の会社には他に集合住宅に住むことを希望する従業員の数が少なく、建物の真ん中、我が家の隣世帯には二人の独身者がシェアハウスのようにして住んでいました。
妙なことというのは、その集合住宅の真ん中の世帯で起きました。
そこに住んでいたのはふたりの女性だったのですが、その中のひとりがある晩、足元がものすごく重くなっていくのを感じて目が覚めたそうです。
目を開けて足元を確認しても布団の上には何もなく、体に異変がありません。
ですが布団に横になっていると最初は猫が足の上に載っているような重みを感じ、その重みが時間をかけて少しずつ重くなっていったそうです。
やがて彼女の足には身動きもできないほどの重みがのしかかり、このままでは足が折れてしまうと感じ始めたところで突然その重みがふっと消え、そのあとは朝まで眠れたそうです。
あれはなんだったんだろうと思いながら出勤した彼女は、次の晩にも同じ経験をしたそうです。真夜中に目が覚める。
足元に重みを感じる。
重みが増大していき、足が折れそうだと感じる。
そのタイミングで重みがふっと消え、朝まで安らかに眠る。
そのような体験が、毎夜繰り返されるようになりました。
彼女は不可思議な体験に思い悩み、一緒に住んでいる同僚に相談してみました。
すると同僚は顔色を変え、話し始めました。
同僚も数日前から、真夜中に目が覚めるようになっていたのです。
夜中に目が覚め、周囲を見回すと布団のすぐ横に白い着物の女性が座っていたそうです。
着物の女性は同僚の顔を覗き込むようにして、ぶつぶつと何かを話しかけてきました。
囁くような声は小さく言葉は不明瞭でしたが、悲しみや恨みがこもった口調であることは感じ取れたそうです。
同僚は強烈な恐怖を味わったそうですが、一切身動きがとれず、じっとその着物の女性の声を聞き続けていたとか。
そしてある時突然ふっと着物の女性の姿が消え、手足に自由が戻り、強烈な眠気がさしてきて、同僚はそのまま眠りました。
この着物の女性も、それから毎夜同僚の布団の横に現れるようになりました。目が覚め、着物の女性の声を聞き、突然女性が消えることが、やはり繰り返されるようになったのです。
二人の女性は話し合い、自分たちの奇妙な経験がほぼ同時に始まっていることを知りました。
彼女たちは怯え、出勤するとすぐに二人で一緒に会社の上層部にこの奇妙な体験について相談しました。
あの集合住宅には何か因縁があるんじゃないか、会社で対応してほしいと、訴えたのです。
会社としては彼女たちの訴えに戸惑いましたが、もしもこの話が他の従業員に広まるようなことがあれば、社内の士気にも関わるだろうと判断しました。
そして上層部は半信半疑のまま、とにかく従業員の訴えを放置せず対応したという実績を作るために近くの神社に依頼して神職の方を呼び、お祓いをおこなったそうです。
お祓いの翌日、二人の女性は
「昨夜は二人とも一度も目を覚ましませんでした」
と会社に喜びの報告をしたそうです。その後数日様子をみたが、二人の女性が深夜の目覚めに悩まされることはなく、事態は無事解決した、お祓いはうまくいったのだと、会社はそう判断したのだとか。
「なんかなー、気のせいとか集団ヒステリーとかそういう話のような気もするんだけどな。とにかく会社としては対応策がうまくいって落ち着いたからよかったよ」
と父は話を結びました。
私は内心非常に驚きながら、父に尋ねました。
「ねえお父さん、お祓いがあったのっていつなの?」
父が答えた日付をきいて、私は
「やっぱり」
と呟きました。自分が夜中に目が覚めなくなったのもちょうどそのお祓いの後からだったのだということを、私はその時知ったのです。
それから私は、父に自分の身に最近起きていた妙な経験について話しました。
父は目を見開いて、
「こりゃあ……本当に妙なことがあるんだなあ……」
と唸りました。もしかすると毎夜目を覚ましていたあの数日間、私の横にも誰かがいたのかもしれません。ただ私には、その人が見えなかっただけで。