id:usomegane
このスレ、ネオジオ経験者がけっこういるんやなあ。
ワイは大学以降ゲームから遠ざかって大きな空白期間があり、今もあんまりやってないので、ブコメでは前世紀のゲームの話ばかりしがちなジジイ。
ドリキャスは大学時代に実家に帰省すると妹がサクラ大戦3をやっていたりしたが、ワイ自身はプレイしていない。新海誠の「ほしのこえ」のDVDを買ったがDVDプレイヤーを持っておらず、友達が持っていたPS2で再生させてもらったりしたが、ゲームはプレイしていない。ハードとしてのDSに触ったことはないが、3DSでDSのゲームをプレイはした。ここに載っていない古いものではセガマーク3が家にあり、小学校の同じクラスになぜか同じくセガマーク3を持っている友達がいて、ワイの家にはファンタジーゾーンとスペースハリアー、友達の家にはアレックスキッド、北斗の拳、忍者プリンセス、があって、互いに持ち寄って遊んだりした。
別の友達がカセットビジョンを持っててプレイさせてもらったことがあるが、そちらはそれほど語るべきことはない。私の好きな『ふつつかな悪女』についての話が盛り上がってるようなのでちょいと参加。
黄玲琳の完璧な善人ぶりはあまりにもフィクションだと思うが、朱慧月の「不幸な生い立ちからの卑しい精神」が志の低い設定とは思わない。現実でも、許せないような犯罪をした者に不幸な生い立ちがあることは少なくない。
私は本作は「良家の人間は心も優れているが、育ちの卑しい者は何をやってもダメ」では終わらない作品だと思っている。アニメEDの映像を見ると、身体黄玲琳・魂朱慧月が身体朱慧月・魂黄玲琳に心を開いたような表現で終わっている。これは、最終的には朱慧月の魂も救われる物語になることを示唆しているように見える。
そこからの私の解釈は「悪人がそうなってしまったのは生い立ちに原因があるが、良い出会いによって人間は変われる」である。
良い出会いなどなくとも自分で気づいて変わることも現実ではあり得るだろうが、それを描くのは別の作品にやってもらうということで。私は原作・コミカライズ未読であり、以上の感想には推測が含まれており、もしかしたら的外れかもしれない。
余談だが、朱貴妃が慧月を引き取ったのは慈悲深いことではあるが、朱貴妃がもっと慧月に愛情を与えて慧月の心を満たしていればと思う。もっとも、朱貴妃が朱慧月を幸せにしていたら、この物語自体が始まらなかったのではあるが。