id:qwerty86
まず、労働者保護と企業保護は基本的に逆方向に行くのは自明では?
それこそスウェーデン・モデル的な産別労組を徹底する方式だと
業種一律の高い賃金を払えない企業はすぐに潰れて労働者が放出されるから、労働者間で平等を達成しつつ産業サイクルが早くなって生産性が高いって話ですよね
で、そこについていけないけど必要な業種は公的セクターにしてしまうしかない
そこは正直いまさらすぎて議論の余地はないでしょうで、問題はそこじゃなくて、理想的なモデルのためには、失職者に対して強い社会保障や、とくに給付付きの再訓練システムが必要だってことで
日本の問題はそれがないことでしょう
日本は労働の継続性を身分制のように捉えて離職は絶対悪、訓練は学生時代に終わらせるか、企業に所属して受けるもの、という図式に固執しすぎて狂っている面が強すぎるんですよ
失業率を低く抑えてるせいもあり、基本的に傷病者かすごく運の悪い人間しか長期離職しない社会モデルにしてるから一度年単位で離職するとその後も長期的には働けない人と推定されてしまう仕組みになっているのと
ハロワやら職業訓練校が形骸化して単なる失業保険を受けるためにアリバイ作る施設化しているのがあわさって
産業間の移動をものすごく阻害しているが、これは「能力的に転職できない人が多い」とかいう話ではないと思いますよ
産業間の調整という全体最適で得するのは国なのだから国が訓練費用を負担すべきなのに企業や個人に丸投げしているから全体最適にたどり着けない
派遣社員のような「調整用の雇用形態を身分制にする」みたいな本末転倒なことをやってしまう
いつまでもそんなことをして斜陽産業や中小企業を保護するより労働者を保護するべきだと思いますがねそもそも日本においては「正規」のアートカルチャーという概念が非常に希薄なので
アウトサイダーという概念を持ち出す意味が難しくなる
アウトサイダーって、ようするにスタンダードなアートカルチャーからみてっていう話で
スタンダートとは要するに美大出て歴史と理論と技術学んで
まずその業界内で評価されてからさらに広い世に出るっていう構造のことだが
日本はその手の構造はほぼ成立してないマンガ・アニメ・サブカル音楽、すべて正規の経歴全く必要なく売出し一発勝負
大企業のデザイナーやらは多少経歴いるが、新卒入社歴が最も重要であり
五美大を出ようが、アートを正式に学んだという経歴が明確に使える場面は新卒以降では限られる
そしてそもそも日本の場合ファインアートですら
日本画・陶芸・書・工芸といった西洋型の大学教育に組み込まれていないタイプの比率も高く、それと西洋美術はまた別軸の評価マーケットがあり
さらに障害者福祉とかの変奏という別の文脈でアウトサイダー・アートが輸入されたりして
本来のアウトサイダー・アートではない
というかむしろキッチリ芸大で院まで美術教育うけましたみたいな人とか
そういう作品を政治的・美学的に批評して売り買いしてますみたいな人は
むしろ変わり者の経歴として扱われて決してスタンダードではない
哲学や神学や政治的なバックグラウンドと同列に"美学"を並べる西洋のスタンダートがあり、そこから逸脱や無視されてきた人々という文脈自体が不成立なわけであるまあ要するに、それが悪いというわけではないのだが、むしろ日本ってアウトサイダー・アート的な方向性がむしろヘゲモニーを握っているというか
理論とか文脈とか作意とかあまり気にしないで、いいと思うものをひたすらノージャンルで愛でる、それが"美"への基本的な向き合い方になっており
その愛で方が非凡な蓄積を見せたときにいきなりバズってアートとして発見されるというのはむしろ当たり前、普通の話として認識されてるので
それをわざわざアウトサイダー・アートと言ってもなんか違うんじゃないかと人口減少と労働力不足自体は既定路線な上で
日本はまだ活用の余地がある老人と女性、微妙な規模の半非正規移民で耐えているが
いよいよ30年代には労働者不足で日本がヤバいことは確定している
日本はAIブーム以前はIT設備投資をケチって移民と老人活用でしのいできたわけだが
しのぐ、としか言いようがない場当たりっぷりであり
諸外国に比べても全く移民統合が進んでいない、見ないふりをしてきたツケはたまりつつある
IT投資遅れはデジタル赤字という形で日々支払っているそんな中、AIブーム以降、反移民と+AI投資推進が急激に勢力というか
特定の政治組織に依存しないナラティブ的な存在感を確立しており
政治の潮目が変わりつつありマネーも動いている
とはいえどちらかというと日本においてはまだまだ低生産労働集約的な各種国内産業の発言権も強く
また日本は大型国策投資をいきなりやーめた!しちゃう過去の実績もあるので
某高市さんが失脚したら一気に別の方向にふれる可能性もありよくわからない状況といえるそれで本題としては、ぶっちゃけどっちがいいですか?
AI or 移民
どっちにせよコストもかかるし10年20年単位の話になるでしょう
やったところで別にバラ色の未来は来ないが
労働力が足りないんだからやらざるを得ないというのはほぼ既定路線と言える
こういう話が自民内の勢力争いに吸収されてしまい
対立軸を建てられないのが日本の政党の変なところとも言えるのだがそれは別の話かどっちも絶対嫌!という人はその他のビジョンを熱く語ってください
ただし労働力不足についてどう考えているかは書いてねまあそもそも論で言うと、テーマパークって単体ではもはや無理があるというか
成功してるところは基本的に誰でも知ってる超大人気の既存IPを
ファン向けにリピートさせて金を落とさせているところしかなく
普通の遊園地とかはどんどん閉まっている
アトラクションという一回やったらもう十分な体験で人を誘引するのがもうキツイということ
気球とかどこでも乗ったら普通にに面白いとは思うけど
皆わざわざ乗りに行ったことないでしょう
だからよくわからないキャラですら無い恐竜とかのオリジナル世界観の時点でね
USJ運営してた会社だろうになぜそれがわからなかったのだろう
真面目にコンサルティングできてるとは思えないな
ちいかわランドのほうがいいとか言っているネット民のほうがよほどわかっている
いまのままどれだけ改善しても売上は上がらないでしょう
巨大IPと組まないと逆に言うと質は言うほど悪くないだろうし行ったらそれなりに楽しめるとは思う
空いてて並ばずに見れるなら子連れで行けば楽しいんじゃないのかね
暇だったら行くんだがなあそもそも情報の囲い込みvs自由市場による流通のような描像はあまりに古典的すぎて的外れに思える。
自由に任せててもネットの大半は人間のドーパミンが出るジャンク情報が百倍出回るだけであり
囲い込み以前に興味を惹かない大半のマイナー情報は公開だろうが非公開だろうが実質的に死蔵され続けるだけである以上
個々の情報はもはや本題ではない
本が分解され裁断されるという話がショッキングなのかもしれないが、仮にその1冊が消えたら断絶する程度の書籍は企業が学習しようがしまいがたいして価値のある情報ではないだろうし、LLM学習に回収されるだけまだマシとしか言いようがないのではないだろうかどちらかと言うと危機に瀕していていて対応が必要なのは普通に手に入る現代新刊の物理・電子書籍の出版流通体制や読書文化の方だと思うのだが
物理書籍の扱いという方にアテンションを引っ張られてしまうのはいかにも書籍業界らしい態度という他ない書き方が悪かったかもしれないが、不毛な議論というのは対象が予測不能な対象や経済的な議論一般に関する話ではなく、マクロ分析によって全体最適化を目指す方向性の話ですね
もちろん経済の諸現象はある程度の因果関係を分析できるし、不確実であろうとデータを集めてミクロの利益を最大化することには十分使えるだろう
しかし合成の誤謬的な政治的デッドロックが背後にある現象(それこそ労組問題であったり、雇用流動性や日本経済の正規・非正規二重構造、社保問題や人口問題など)は原因がまったくわからないから起きているわけではなく、むしろ初めから原因はなんとなくわかっているわけだが、政治的に解決策が実行不可能だから残っているわけであり、ある視点でいくら分析を精緻にしてマクロな解決を実行しようとしても、その解決策がミクロに不利益な人間は些細なデータ不足や不確実性を指摘していくらでも別の観点を持ち出せるため一見論争的な構造が生み出せる。しかし結局その議論はある種の擬似問題というか、ここの議論は無価値ではないにせよ、結論として何を引き出したいかは各人のポジショナリティの単なる引き写しになっているわけである
そして現状変更をしたい側がなんとか話を詰めようとして情報を集めたり議論している間に時は過ぎ、マクロの挙動が大きく変わるような国際現象やら技術革新が起きてしまい今までの話がひっくり返ってまた別の状態になって前の理解は使えなくなる
……というのがここ数十年の日本の、とくに労働問題周りの話に見えるのでそれだったら初めから自己利益を最適化するために必要なミクロな情報を集めることに注力してポジションを改善したほうがずっとマシなのではないだろうか?特に自己の労働環境に不満がある人間は、と思ってしまう
もちろん、学問的興味としてやっているなら意味はあるのだろうが、原理的に議論の目的であったはずの方向性に進むことはありえない、不毛な構造に見えてしまう。冷笑したつもりはないのであしからず
確かにAIが本格的に大企業に組み込まれると、流動性に関する今までの経済学の理屈が一気に変わる可能性は高いと思われる。安穏としていた日本の大企業ホワイトカラーの流動性も強制的に上がるかもしれない。しかしこのあたりの議論にどれくらい価値があるのかよくわからないですね
そもそも論として言えば日本の労働者の流動性に関する話とか、産別労組がほとんどない問題とか、20年前には指摘されていたが、全く状況は変わらずに現在まで来ているわけである。マクロの正しい理屈に興味があるのは一部の議論好きや経済学者だけであり、大半の人間は自分の死ぬまでの短い期間のポジションと利益にしか興味がなく無根拠に騒いでいるだけだろう。いや正しい理屈をわかっている側もそれをうまく出し入れして小銭を稼ぐことにしか興味がないのが大半だ。経済学の教授だって別に日本の経済的な問題点を解決しなければ失業するとか、予測を外したら大損するというわけでもなし。細かい実証的な話をやってもそこまで精度は出せないし、政治が正しい方向に行くわけでもなく、そうこう言っている間にAIが来て前提がひっくり返されるわけで
AI普及後に何がどこまで代替可能になるかは今後フロンティアモデルの性能やコストがどうなるかが予測できない以上、当たるも八卦当たらぬも八卦でしか無い。まあ、ホワイトカラー総合職が完全に没落してAI化した大企業vs底辺労働者9割みたいな世界観にならないとも限らないが、そうなったらなったでもはや経済的な予測を云々することにはやはり意味がないように思われるし、そこまで威力がなかったら現在の延長上の合成の誤謬のもと守られた人々は気楽に議論してその他は自分の苦境の答えがわかっていても救われるわけではない世界観が続くわけであり、どちらにしろ分析は不毛な気もする
賃金に不満があっても転職しない、ストもしないからでしょう
とくに正社員の賃金というのは辞めたり、ストで事業停止されることに対するヘッジコスト
日本人の底辺労働者はちょっと異常なほど我慢強かった
一度定着すると低賃金だろうがそもそも他を探すことをしない
ストなんかも滅多に起きない
人間関係とかで我慢の限界になってからやっと検討を始めたりするわけで
普通に働けてる状況ではもっと高い枠があってもそもそも応募すらしない
これでは賃金が上がるわけがない
まあ今の若手は転職エージェントとかに常に登録してる目端の利くやつが多いようだ
最近の大手メーカーの賃金が若手だけ急に上がったのは第二新卒でコンサルに逃げるやつが増えたからだ
こういう層が主流になると賃上げは定着するのか
コンサルごとAIに潰されるのか
それはわからないが、みんなで職にしがみついていたら賃金がそのままなのは当たり前の話でしか無い好対照な2つを紹介
「ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」
https://www.amazon.co.jp/dp/404107620X
ガチすぎる異種族言語学?コミュニケーションもの
異種族は発音体系も価値観も認識能力もそれぞれ違うので
身振り言語を含むピジン語みたいなのを常用しており現地人同士すら会話が怪しい
死生観すら違うので常に危険
食い物もなく文明も未発達で常に飢えと渇きと体調不良に苦しみながらのフィールドワーク
とにかくわかり合えないというのがテーマみたいで
主人公はなんとなく陰鬱な雰囲気だが、それすら誰とも共有できない感じが唯一無二
文系の院生とかは好きかも「なにも理解らない」
https://www.amazon.co.jp/dp/B0FS1L2214こちらは異世界言語ものだが、作者がアルファベットから独自言語を作っているガチなやつ
comic fuzはきらら系のweb雑誌らしいが、こんなにガチでやるのかと初見では驚いた
やはり単語の意味すら理解に苦しみ、発音も難しいのだが
言葉がわからなくてもヒロインを初めとして皆友好的でなんとなくコミュニケーションでき
主人公は魔法か何かで肉体的にも無敵で
わからなくても楽しく進む事自体がテーマになっている独自言語はファンタジーでは素人小説家がこだわって爆死しがちであるが
メインテーマに据えてこれだけのものが創れるようになっているのは漫画文化の成熟を感じる結局のところSNS一般に、広告か有料コミュニティ以外の出口戦略が存在していない。
かつてのツイッターが良かったとかいう話も、あれは将来のexitを見据えて赤字を垂れ流していたから成立していたわけで
その後に出てきたXのevilな世界は真空からいきなり出てきたわけではなく、時間的に離れているが
誰かが食べたフリーランチの帳尻を合わせているに過ぎないのだ。
noteも変な情報商材が売られている横で価値のある記事がたまにバズっている。
それらのevilなSNSがそれ以外の社会的機能を担えるというのは、それはスケールメリットから出てくるオマケのようなものであり、それだけを切り出そうとしても持続可能性がない。
もちろんそういったモノを作りたいという純粋なエンジニア精神は理解できるし応援したい気持ちはあるのだが
なかなか難しいと思われる。意義がないとまでは言わないけど、煽り記事やその害を減らす目的にファクトチェックにはそこまで効果無いと思う。
ライターはリテラシーが根本的にない訳ではなく、ビューを稼ぐための最適化の結果あえてそういう記事を書いていることが多い。
アテンションを稼げた時点で勝ちだし、後から間違いだと検証されようがビューが減るわけではない。
逆にファクトチェック記事をちゃんとフォローする人間は初めから懐疑的に見ているわけであり、そういう人間だけが後の議論や相互批判をやったところで、世論に与えるインパクトは最初の記事のアングルから変更されるわけではない。
結局のところ現状のwebメディアにおける「一般向け科学記事」は単におもしろ豆知識でアテンションを稼ぎたいという
以外の動機では作られていない・読まれていないのだから、科学的な相互批判の枠組みの中に入れるのは難しい。イナダシュンスケさんが、洗う必要のある動作は片手で行ってもう片手は常に乾燥状態にして周りのものを濡らさないで済むようにしつつ、逆に肉などを触って手を洗う必要がある手は毎回いちいち手を拭かないというスタイルを提唱していましたね。
むしやしないの焼きビーフンを作りながら、めちゃくちゃ重要なことに気がつきました!… https://t.co/iXBwojJPFJ pic.twitter.com/qlK6FKdSgK
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) May 11, 2026