議論とは情報を共有しつつ、それを多角的に検証したり方針を決定したりするもので、そうでない会話は親密感を確かめたり威嚇をしたりという動物にひろく共有されている交流形態を言葉を使ってやるものじゃないかな?
議論らしい議論が成立するためには参加者がそれを通じて視界が拓けることに期待していることや、自身を含めすべての参加者には見落しや誤りがあり得、相互補完するものだという認識があることが重要ではないかな?
性癖としてそういう議論としての交流こそが最も親密感を高めるというタイプ相手なら成立しやすいと思う。