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20代の終わりの夏に、東京都の端っこの町田市鶴間から、神奈川県小田原市の小田原駅まで歩いたことがあります。
今Googleで見ると最短で46kmくらいですが、途中で厚木と大磯を経由するルートで行っているので50kmですね。
「東京から静岡まで歩いたぞ」と言いたくて、彼女(現在のパートナー)の住んでいる静岡県三島市を目指して歩いて行ったのですが、今測ると80kmくらいあって、途中に箱根もあるので、私では絶対に1日では行けない距離でした。
朝出発したのですが、小田原に来た時午後8時くらいになっていて、周囲が暗い上に、足がもう全く動かなくなり、残りは新幹線に乗って三島まで行きました。彼女の家に着いた時に足を揉んでもらいものすごく気持ちよかった記憶があります。歩きながら英文を暗記したりしようと思いましたが、夕方を過ぎるとそんな余裕はなくなりました。
田んぼや海沿いを歩くときは風景が美しかったのですが、そういうところは足場が悪く、地味に体力を削られました。軽犯罪法にある34のリストは、すぐ近くに「軽くない犯罪」としてカテゴライズされています。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039
例えば「人が住んでおらず、且つ、看守していない邸宅、建物又は船舶の内に正当な理由がなくてひそんでいた者」は、建造物侵入罪・住居侵入罪、「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」は銃刀法違反・凶器準備集合罪、「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」は性的姿態撮影処罰法・迷惑防止条例違反などです。
軽犯罪法は、こうした重い犯罪に至る前に「そんなことしたらダメだよ」という程度のものなので、警察がリソースを割くほどのものでないなら、一般市民はあまり躍起にならず、それほど気にしなくてもいいのではないかと思います。それに、例えば上記の軽犯罪1条1(人が住んでおらず…)についていえば山の中などの人が住んでいない住居に、ホームレスが住んでいたりしてもその人の生存に役立っているなら大目に見てあげて良くない? という気持ちになります。
「いまは帰宅時に定物定位置を徹底することで回避しています」で解決策なわけですが、「でもあんまりスマートではない」と認識してしまっていますね。
「定物定位置を徹底」という方法のスマートさを徹底的に再認識することで解決すべきです。
そもそも「手袋、どこに置いたっけ?」「昨日はこの辺だったような……」「バッグの中かな?」「いや、玄関かもしれない」と毎回捜索するアホみたいな不様さと比べ、「帰宅したら、手袋は必ずここ」と決めてしまうその知的さ!
「頑張って覚える」というクソのような根性論ではなく、そもそも覚えなくていい環境をつくっているという、システムを新たに構築している開拓者精神に感動すら覚えます。
しかも手袋のようなものは、「なくしたことに気づく」のが遅れやすいもの。家の中のどこかに紛れ込んでしまうと、探す時間も意外にかかります。だったら、「探す」という作業そのものを生活から排除する——技術思想の革新、イノベーションです。これらは手袋だけでなく、メガネ、リモコン、財布などあらゆる重要物に応用が可能です。その分の時間が全て人生に有益に生かされるのですから、1日平均30分、その捜索に費やすとすると、あと50年生きるとすれば0.5h×365×50=9125時間もの有意義な時間を創出できるのです。外国語を使えるレベルに習得するのに必要な時間は「実用的に使える」レベルまでなら、学習時間はおおむね600〜1,500時間程度と言われるので、今からその時間を生かして9ヶ国語を話せるようになります。すごくないですか?
「定物定位置」は、几帳面だからやるものではなく、几帳面でなくても困らないようにする仕組みなんです。だから「でも、あまりスマートではありませんね」ではなく、「いや、それこそスマートなんですよ。自分の弱点を精神論で克服しようとせず、仕組みで解決しているんですから」と言っていいと思います。
「美味しい」の概念に食い違いがあるのではないか。
「美味しい」でなければ「美味しくない=まずい」という前提に立っていると思うが、「美味しい」「普通」「まずい」という区分けがされる場合、「美味しくない」には「普通」と「まずい」の二つのグループが入っているはずである。
「そう書いてないポテトサラダは芋が美味しくないということになるがいいのか?」という問いには「はい、そう書いてないポテトサラダは普通のお芋のポテトサラダか、まずいお芋のポテトサラダか、どちらかです」と答えるのではないだろうか。
したがって「不用意」とまでは言えないのではないだろうか。実際、じゃがいもの状態を特別に美味しく仕立ててあるものは、「普通のじゃがいもではない」「まずいじゃがいもではない」「マヨネーズやたまご、胡瓜部分では勝負していない」というアピールになると感じる。おそらくスレッド主の言った「不用意なコピー」という点で私が思い出すのは「故障中」という張り紙である。
「故障中」というからには、「故障前」「故障後」という概念があるかのようで、普通の自動販売機に「故障前」とか貼ってあったら笑えると思う。うなぎの開いたものをよく頂き物でもらいます。その際うなぎの頭がついてきます。今まで捨てていたんですが、ある日友人と一緒にうなぎを調理していて、うなぎの頭を捨てようとしたら「それを捨てるなんてもったいない!」とびっくりされました。あまりに当然に捨てていたのでネットで調べると「『半助(はんすけ)』と言ってお鍋のダシ取りや酒のおつまみとして、昔から慣れ親しまれている」などという記述があり驚いています。
https://www.kawasui.co.jp/blog/2020/01/11/%e3%81%86%e3%81%aa%e3%81%8e%e3%81%ae%e9%a0%ad%e3%81%ae%e8%aa%bf%e7%90%86%e6%96%b9%e6%b3%95/