id:cider_kondo
Wikipediaへのリンクはそれぞれ17エントリと33エントリ。
そちらを見ると、どちらも字面としてはいずれもマエケナスに由来すると思われる文字列が大半であり、一部の言語ではパトロンに類する文字列も見られます。
これが別々になっている理由は正直よく分からない。あと、
ノート:メセナ - Wikipediaで指摘したのですが、カタカナ語「メセナ」は限りなく和製フランス語に近いものなので、おそらくこのウィキデータ項目のどちらとも縁切りする必要があるように思われます。本来、対応させる単語としては「パトロン」が近い気がするのですが、現在、日本語版のWikipediaの「パトロン」に対応するウィキデータ項目はで、ここからリンクされてる各国語版Wikipediaを見ると、日本人がパトロンと聞いたときに漠然と連想する芸術家等に対する援助っぽいものもあるのですが、そうでなく、より原義のpatronageに近い事が書いてあったり、こちらもはっきり定まらない感じに見えます。
「Wikidata項目の疑問点」とどちらに立てるか迷ったのですが、問題があるのはWikipediaの項目の立て方だと思えるので。
はWikidataとしては
になってるのですが、多分これはミスで、本当は中文版https://zh.wikipedia.org/wiki/Realのように「Real」という文字列にのみ対応した曖昧さ回避を立て、「リアル」はそれとは別の曖昧さ回避にすべきなんでしょう。
ただそれを言い出すと、他にも怪しい項目がたくさん気がします…。日本語版Wikipediaでのリンク項目はアジアにおける宇宙開発 - Wikipediaで、これは削除依頼(翻訳元だった英語版記事の削除による)を経た改名の結果です。
本来はウィキデータの処理もラベルを書き換えたら終わりの筈なんですが、なぜか説明が「ウィキメディアの一覧記事」になっています。
また、他国語版だと、「競争」が記事名に入ってたままだったもします。
個人的には英語版の削除議論
Wikipedia:Articles for deletion/Comparison of Asian national space programs - Wikipediaで指摘されていたとおり、項目自体が独自研究であり、「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」なので、本当はそれらの言語版での削除か改名提案を働きかけるべきなんでしょうけれども。いろいろ条件変えながら検索したのですが、スニペットで「言語生活 第 142~147 号」に
『ヤンキースの 2M―マントル、マリスのイニシャルを見出しに使ったのがタネ本になっているらしい。(「スポーツ紙記者の『見出し奮戦記』」「週刊現代」 6 月 27 日号 7 ージ参照)大洋の桑田・森を KM 砲、国鉄の豊田・徳武・宮本を T TM 砲と ON 砲にまねて』
という部分が拾えました。言語生活は1号が1951年10月なので1963年の7月~12月号のどこかに掲載されていることになります。言語生活は大学図書館レベルなら収蔵されてるのでなんとかなりそうです。ベスト週刊現代の該当号を直接確認することですが、
まあ当然というか限定公開でした。遠隔複写サービスという手もありますが、それを使うにしてもまずは言語生活の実際の誌面を確認してから、が無難に思えます。
Googleブック検索するとスニペットですが每日新聞の縮刷版が出てきます。第 215 号とあり、毎日新聞 縮刷版 1967/1 昭和42年1月号 怪獣 アポロ1号炎上 by メルカリを見ると1967年1月号が205号なのでつまり11月号に掲載されているようです。ある程度の図書館であれば所蔵されてるので確認は可能でしょう。
ウィキデータIDがないのでこっちを。
もともとこの項目はWikidataメインディッシュhttps://www.wikidata.org/wiki/Q772630からリンクされていたのですが、私が主菜 - Wikipediaをリダイレクトおこししたときに、Q772630のjaリンクをそっちに書き換えたので、セコンド・ピアットの方は浮いた状態になってます。普通に考えられる解決策としてはQ772630とは別のウィキデータ項目を立てることですが、jawpのセコンド・ピアットとitwpのSecondo piattoが別項目、というのも直観に反する気もします。かといって、勝手にQ772630のitリンクを外して良いのかというと、それも判断が難しいところです。
一番スッキリするのは、itwpでSecondo piattoとは別の、一般的な主菜概念について記述した項目を立てる事なんでしょうけれども、流石に手に余ります。どうしたものか。
Measuring spoonで雑にググって見て回りましたが、料理で量をきっちり定義することについては
『The Boston Cooking School Cookbook』
が重視されているようであり、本の現物見ても
「3 teaspoons =1 tablespoon」
「16 tablespoons =1 cup」
「2 tablespoons butter =1 ounce」
みたいな換算表が載ってますね。1オンスは28gなので、ほぼ大さじがテーブルスプーン、小さじがティースプーンだと考えて良さそうです。で、これを参考にした「欧米料理法全書(高野青楓)」にも、
「チースプーン三杯はテーブルスプーン一杯」などとそのまま載ってます。
国立国会図書館デジタルコレクション
(増補5版となってるけど、原書由来だからたぶん初版(1905年)から入ってたはず)軽量容器の内側に目盛を刻むという発想だと、こちらのブログFrom Past to Future: Measuring Spoonsに載ってるのがなかなか強いですね(これ液体はともかく粉は計れないんじゃ・・・?)
複数容量の計量スプーンセットがいつ出現したかは突き止め切れてないですが、1900年のアメリカ特許
がある(新規性は上でリベット止めして、自由に使い分けできるようにしつつ、ばらけないようにもしてる点だと思われる)ので、それ以前なのは確実でしょう。
西洋料理の料理人がそれらの革新を日本に持ち込んでなかったとも考えにくいし、セットになってる計量スプーンがあったときにその中の大きい物を「おおさじ」小さい物を「こさじ」と呼ぶのは誰でも思いつくようなことで発明発見命名として成り立つとも考えにくい。ちょっと今のWikipediaの記述は疑問に思えますね。
『American Tuna』は引用されていた部分の同じページの下の方、脚注12(マグロ缶を売ってから2年後にハーフヒルさんが小売店に行ったら全く売れてなかったとかなかなかのエピソード)の直後に「The cannned tuna was just too oily, strong tasting, and it was an off-putting dark brown color.」とあり、赤身のマグロをそのままオイルサーディンと同じやり方で缶詰にしたらそらそうなるよなと思える記述でした。
前に貼った博物館ブログThrough the Viewfinder: Panoramic Photos of the Southern California Fish Company, Terminal Island, ca. 1912-1914 -The Homestead Blogでもツナがスポーツフィッシングの対象としか看做されてなかったとあるので、
「デカくて釣られるときに必死に抵抗するから釣りの対象としては面白い=でも大暴れしてヤケが起きてるので身は食えた物ではない、が常識だった」
と解釈すれば辻褄は合いそうです。『American Tuna』の次ページを見ると、アルバコア缶を作る時は暴れてヤケが起きる網漁でなく日本人移民の竿釣りで原料確保したと書いてありました。
脂っこさの解決策は、原料を下処理した後で蒸して、さらに缶詰にした後で再加熱することだった、とあるので、基本は今のシーチキンと同じ作り方のようです(蒸した後で蒸気抜きのために穴開けてたとかは今はやってないと思いますが)。
だいぶいろいろ書いてあり、鉛中毒説を否定した Montreal Gazette の記事はリンク切れですが、一応アーカイブはありました。
The Right Chemistry: Tomatoes were once considered deadly
「ピュータから溶出した量の鉛で死ぬ可能性は、巨大化したトマトが人間を襲う可能性と同じだ」となかなかに強い表現。具体的な致死量が知りたいので検索。
「鉛の毒性に関する知見についてhttps://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/06/dl/s0613-7l.pdf」を見ると、
「動物での短期間の経口投与による致死的な影響の最低濃度は、塩の違い(酢酸塩、硝酸塩等)による吸収率等の違いに影響を受け、300~4000mg/kg体重/日とされている。」
とありました。
この数値を機械的に体重50kgのヒト成人に当てはめると15~200グラムを1日で摂取する必要があるので、これを自然に摂取できる確率は、トマトに襲われる確率と大差ない気はします。ピュータでトマトを食ったら死んだ、というのは、アタック・オブ・ザ・キラー・トマトと同様のホラ話と退けてよさそうです。
19世紀イタリアのマグロ缶はクロマグロ缶だと断じて良さそうです。
マグロを連続性のある伝統的漁法Tonnara - Wikipediaで獲っていて、流石にこれは特定魚種を狙うために特化しすぎてるように見えます。漁法名を冠した缶詰ブランドが現存しているのですが、Tonnara - Carloforte Tonnare、検索して画像を見る限り、身はかなり赤く、見た目的にはツナ缶というよりはマグロステーキ缶といった印象です。なので、「American Tuna」に書いてある(アルバコア缶に挑戦する前の)ツナ缶が売れなかった理由とも噛み合うように見えます。
フランスはどうなんだろうと思ったのですが、私はフランス語での検索は得意ではなく、とりあえず見付かったブルターニュのマグロと缶詰について書いてある文章La pêche et la conserve du thon dans la Bretagne de l'Atlantique - Perséeを見ると、最初は1891年にマグロ缶詰が作られたが失敗に終わり、1906年のイワシの不漁で復活したとありました。
フランス語での調査は不足してる感じですが、現状だと、ハーフヒルさんがイタリアのマグロ缶を参考にしていたとしても、それは現在のツナ缶とは相当に異なったもので、みんなが連想するシーチキン的な形を確立したのはハーフヒルさんの缶詰会社だ、とするのが座りが良さそうに見えます。
ハーフヒルさんのページの削除理由はCopyright problemsとなってますが、削除理由(Wikipedia:Copyright problems/2023 March 17)に出て来るDCとはUser:Doug Coldwellのようで、真偽不明の記述を得意とするユーザー(婉曲表現)のようです。記述を信憑するには厳しい気がします。
一応トークページを見ると「Sardinia, Italy around 1860」でツナ缶作られてたという指摘があり、
Talk:Albert P. Halfhill - Wikipedia検索するとサルディニアでなくシチリアの近所(世界史オタ的にはアエガテス諸島)に最古のツナ缶工場があり、19世紀半ばから創業していたとあります。
ヨーロッパ方面の話はこのぐらいで終えて、Albert P. Halfhill さんについて書かれた博物館(会社があった場所から車で小一時間ぐらいなので準地元ぐらいの感覚か)のブログ。
もともとはイワシ缶やサバ缶を作っていたようです。ざっと読む限り、当時のアメリカではスポーツフィッシングの対象たるツナ(クロマグロ)とか食い物じゃねえだろと思われていたようであり、ハーフヒルさんの革新はアルバコア(ビンチョウマグロ)を使い、チキンサラダだと言って出せるレベルまで味を仕上げた点にあるとしているようです。
実際問題、現在の「ツナ缶」の正体はビンチョウ缶・カツオ缶・キハダ缶なので
19世紀ヨーロッパで作られていた「マグロ缶」がクロ缶だったとすると(検索結果を漠然と眺めるかぎりはそのように読めるが、魚の呼称の雑さ加減はたぶん世界中どこでも同じだろうし、詳しい調理法も未調査なので、なんとも言えないところです)、「ビンチョウ缶の発明者はハーフヒルさん」と言える気はします。
あと本題じゃないですが、「カツオのシーチキンが市場では最上級品とされる。」という記述は疑わしいのでとりあえず要出典範囲つけときました。
規模の問題は、戦域全体でなくウィンゲート旅団(Chindits)だけ切り出せばいいのでは。
- 別の戦場で功績を挙げた英雄が、大侵攻を受けて崩壊寸前の戦域に派遣されるが現地の状況改善に興味なく、後日の作戦準備だけ考えて現地を見て回った後はさっさと引き上げる
- 野心的な侵攻計画を立案、「精鋭部隊で長駆し、敵の後方で妨害工作すれば勝てます」
- 遠隔地で補給をなんとかする方法(魔道具?)を用意し、長距離侵攻開始
- 最初は陸路補給を受けていると思われた敵軍を出し抜くが、補給のタネが割れてからは、一転して狩られる側に
- それでも補給限界までは進むが撤収開始。なお負傷兵を後送する方法はないので略
- 部隊は大損害を受け、生存者も多くが健康を損なっていたがなんとか帰還。指揮官は失敗は誤魔化しつつ、成果を強調した報告書を出すと、首脳部にそれが届いて気に入られる
…こうして書き出すとウィンゲート(仮名)本当に碌でもない奴だな…。
第二次作戦(1944年)も大概ひどい(特にラスト。モガウンで大損害を受けたのに、さらにミイトキーナに向かえと言われたので、「命令無視して無線封止して勝手に撤退する」という佐藤(仮名)っぽい動き)。
スリム(仮名)「確かに卓越した勇気と不屈の精神の発露であった。だが、この作戦がある種の浪費であったとも確信している。そこに投じられた人員、物資、そして時間に見合うだけの戦果は得られなかった。部隊には最良の兵士達が集められた。その結果、他の全軍の質の低下を招いたことに疑問の余地はない」
「さてみなさま、前回はさぞ驚かれた事でしょう。なにせあのガンダムファイト優勝者、アルプスの少女ことアーデル・ハイドがロッテンマイヤーの手先だったとは。クララ・ゼーゼマンで無くとも信じられない事でした」https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20150514200211
もともと増田以前から釣り鑑定を娯楽として楽しんでいたので真贋はとても気になる。雑な釣りはつまらないという謎のワガママはある。
件の増田はタイトルだけで釣りの確率100%超えてそうだと思ったので本文どころかブクマすら見てない。それとは別に、ボスニア紛争体験談釣りスレが許せないの言う『さらに卑劣な行為』が許せないというような感覚もある。
それとは別に、荒唐無稽なほら話でも放置しとくと教科書に載ってしまう事もあると江戸しぐさで学習したので、嘘を嘘と指摘することも必要だとは思っている。
ほかにも色々と真贋に拘る理由はあるけど、大きいのはそのあたりか。
あまり関係ないかもですが、Googleブック検索だと雑誌の太陽(平凡社に非ず)の第三巻(第 14~19 号)
https://books.google.co.jp/books?id=RCpBAQAAMAAJ
が読めて、新高山と命名されたとの報道(3834ページ)と、齋藤音作による登頂記(3849ページ~)があり、富士山との比較について、新たな日本一である新高山と旧日本一である富士山が対照的であるようすを男女に比し、台湾の獲得を婿取りであるように描いていました。