id:SaitoAtsushi
AIの限界
AI (LLM) が成功したのは理論の大きな躍進があったわけではなく、むしろ理屈としては単純化した Transformer をすごい規模でやったら上手くいったという経緯があります。 すごい規模の計算量を支えるにはすごい規模の電力が必要です。
しかし投資すればしただけ電力生産が拡大するというわけではありません。 金を出しても無理なものは無理という限界がどこかにあるはずです。
AI商品
有限の能力をどのような形で商品化するかということを考えたときに、超高性能モデルを超高額 (数億円から数百億円くらいのプラン?) で売るのが経済的合理性のある選択だと私は思います。
百人分の仕事を出来る AI 商品があったとしても、それは百人分の給料に相当するより高額で売ることが出来ないからです。 それらの計算能力を束ねて人が何人寄っても出来ないことを出来る AI を用意できれば値段は青天井です。
一般人が安価で使える AI は実験場か情報収集の場になるでしょう。 (あるいは今でもそうかもしれません。)
バブル
超高性能モデルにまで至れないか、超高性能モデルの買い手 (国家や大企業) を捕まえることが出来ない企業は潰れるでしょう。
しかしおそらく上手くいった企業に買収されることが多いと思います。 穏当な形で業界は整理されてバブル崩壊というほどの経済的ショックは起こらないと私は楽観視しています。
もしどの企業も超高性能モデルに至れなかったとしたら崩壊するかもしれないですね。
もし実験するとしたら言語を学ぶ最初の段階 (乳児期/幼児期) から制限する必要があるでしょうし、そんな実験を公然と出来るはずがない (やったとしても表に出せない) のできちんと解き明かすことは出来ないと思います。 人間の活動には交絡因子も多いので統計的分析も難しいです。
AI (LLM) の存在を根拠として言語と知性の強い関連性を言う人もいます。 LLM は言語処理なんです。 しかしその結果として知性のような振る舞いが見えます。 言語の仕組みそのものが思考を内包しているのではないかと想像するには充分な理由でしょう。
現時点ではわからないと言うほかありませんが、 LLM の研究が言語と思考の関連性を解き明かす材料になるかもしれません。
ひとつの正解があるわけではないというのは大前提としてお断りしておきますが、やりやすい方法論のひとつとして追体験させることを意識するとよいというのがあります。
つまり、自分がそこに至るまでを順序良くストーリーにしてその間に感じたことを挟み込むということです。
たとえば何か料理を食べておいしかったのなら事実と感想を交互にするとストーリーの流れが出来ます。
- 料理を知ったきっかけ → その料理はたぶんこんな感じだろういう空想、食べてみたいと思った理由
- 店の場所 → 店の外観にこんな印象を受けた、内装が落ち着いているとかテンションが上がるとか
- 注文をどんな風にやり取りしたか → 愛想がよかったと感じたとか、手順が面倒と感じたとか
- 料理の外観の説明 → それに対して食欲をそそるとか懐かしいとか丁寧とかの印象
- 料理の食感 → それが食べやすいと感じたかどうかなど
- 味の説明 → おいしいか
個々の要素に対して感想をつければ全体の結びは単に「よかった」程度で充分です。
私が最初に利用したはてなのサービスははてなダイアリ―です。 私の投稿内容を見ると最初は 2003 年なので初期から使っていることになります。
記憶は曖昧なのですがおそらく tDiary 関連の情報を探していて知ったような気がします。 色々なブログシステムを試している中で tDiary を知って、 tDiary とテーマを共有できるブログサービスとしてはてなダイアリ―があることを知ったというような経緯だったはずです。 ブログシステムを自分で運用するのが面倒になって最終的にはてなダイアリ―を使うようになりました。