(以前書いた小説です)(カクヨムにも同じものが投稿してあります)
*〇プロローグ
長保五年夏水無月二十三日、大きなる星、巳の方より亥の方角へ空割り流れたり。音ありて雷鳴のごとく。奥の山落ち天地鳴動せり。国司の藤原某曰く、流星にあらず。是天狗なり。天狗、落ちたる後数日、人里に降り来たり。
(N県天番町大船神社に伝わる縁起より)
*○1,セロリ×教室×視聴覚室
【井村美香】
夏はセロリ。
6月のころは更なり。ひるもなほ、マルチシートが細く敷かれたる。また、ただ一つ二つとうえマクール君が種を植えていくのもをかし。
……全然をかしくない。
をかしくない、をかしくない、をかしくない、つまんない。
私の住む天番町は山の中にある県のさらに山の中にある。
教室の窓から外を見ればそこは一面のセロリ畑た。朝の湿った草の匂いが2階の窓辺にいる私のところまでじんわりと漂ってくる。
今はセロリの苗植えの時期だ。道と垂直になるように畝を作り、その上に黒いマルチシートを張る。黒いじゅうたんのように整然とマルチシートが張ったら、その上を『うえマクール君』というトラクターに腕の生えたような機械でトントンとリズミカルに苗を植えていく。セロリ畑から少し視線を上げるとそこには黒々とした山々。この町はすっぽりと山に囲まれている。
この町には中学校が一つしかない。そいてこの町では幼稚園小学校中学校とメンツは殆ど同じ。つまりこの町にいる限りその人間関係がずっと続いていく。どうしようもない閉塞感。
もう駄目だ。どこにも逃げ場がない空気がこの町には漂っている。
「ねえ、美香ちゃん、おばけ屋敷に誰か引っ越してきた話知ってる?」
後ろの席から声をかけられる。音羽だ。高くて細くて、今にも消えてしまいそうな声だ。この声は別におどおどしているというわけではなく普段からこんなか細い声なのだった。切りそろえられた前髪を揺らしながら机に身を乗り出して話しかけてくる。腰まである髪がサラサラと揺れる。。
「おばけ屋敷って、あの三軒坂の?」
興味を持ったような声をわざとらしく出して、音羽が話しかけてきた話題に乗る。
この町には都会と違って娯楽が少ない。面白い出来事もそんなに起こることもないので、どうでもいいようなことでも話題になるし、乗れるならそれに積極的に乗っていく。毎日の退屈を乗り切る知恵、というやつだ。
「そう、この町に引っ越してくるってだけでも不思議なのに、この6月の中途半端な時期に、ってなんかおかしいよね」
「まあ、そういう人もいるんじゃないの?最近Iターンでこの町に来る人多いじゃん」
そう、過疎化と高齢化の進んだこの町だが、最近は年に10人くらいIターンで都会からこの町に移住してくるという変わり者もいる。市役所のそういう課が、すでにこの町に引っ越してきた移住者と一緒になって人口を増やそうと頑張ってるらしい。生まれてからずっとこの町に住む私は、なんで好き好んでこんな町に引っ越してくるんだろうと思う。
「それがね、どうも女の子ひとりで引っ越してきたらしいの。なんか怪しくない?」
音羽が誰かから聞いた移住者の情報を耳打ちで伝えてくる。もうすでに尾ひれ背びれがついてるっぽい。
「それは……、ちょっと怪しいかも」
「おばけ屋敷に引っ越してきたんだから幽霊とかお化けだって話もあるんだけど、私はねちょっと違うと思ってるんだ」
「なに?」
音羽が声を細めて、さらに耳元に唇を寄せて深刻そうに言う。
「私はね、宇宙人だと思う」
「はあ?」
変な声がでる。
「宇宙人なんているわけないでしょ」
「そんなことないよ、宇宙人って本当にいるよ、人間社会に紛れ込んでるんだよ。youtubeでもそういうチャンネルがたくさんあって」
「音羽、宇宙人なんているわけないよ、全然科学的じゃないし。それに宇宙人がいたとして人間社会に紛れ込む理由は何?」
「それは…地球侵略とか……?」
「宇宙旅行できるような科学力があれば潜まなくっても侵略完了できるでしょうが」
「うう……それは確かにそうかもしれないけど……」
私たちはそうやって意味のないたわいのない会話を毎日繰り返し、退屈な日常を切り抜ける。音羽だって本当に宇宙人を信じてるわけじゃない、多分。ただ、そうやって日々をやり過ごしていくのだ、私たちは。
ガラガラガラ!
そんな会話をしていると、騒がしい音を立てて教室の前の扉が開く。髪の色を派手に染めたりピアスを開けたりしてる3人組が入ってきた。緒方千草、藤谷京子、泉野耕治。このクラスで目立つ三人。リア充だ。
「だからさぁ、耕治、夏休みさぁ、どっか行く?って聞いてんの」
「俺、マック行きたい」
「ちゃんと考えてよ耕治、マックなんてどこにでもあるじゃん」
「ねえなあ、この町にはようマックなんてよお!」
緒方千草の金髪に染め上げた髪をふわふわと揺れる。髪がゆらゆらと揺れるたびに甘ったるい臭いがあたりにこぼれる。何か香水をつけているのだろう。あいにく私はそれがなんの匂いかわからないけれども。いつも楽しそうに笑っていて、少し羨ましい。三人は夏休みにどこかに旅行に行く計画を立てているようで、緒方千草が提案しては泉野耕治がボケて、それに藤谷京子が突っ込む、ということをさっきからやっている。
「俺、国技館でコンサート観たい」
「国技館じゃなくて武道館だろーが、相撲みてどうすんの」
「そういやなんでコンサートするところなのに武道館なの?」
「故事とかにちなんでんじゃね?しらんけど」
「普段は剣道の試合とかやってんだよ。コンサートが特別なの」
「ほぼ毎週コンサートとかしてるよ…コンサートが普段だよ……」
「うっさい、あたしに言うな!」
藤谷京子は黒髪ののショートベリィショートで、ワックスで頭をツンツンにしている。、まつ毛もバリバリで、そして耳にはいくつもの小さな穴が開いている。学校にはつけてきていないのだろうけれどもピアス穴がゴロゴロと開けているのだった。もうじき夏だというのに真っ白な肌をしていて、日に焼けないように十分な対策をとっているのだと思う。藤谷さんはちょっと怖い感じがして、私は苦手だ。
「東京ディズニーランドって東京にないんだぜ、知ってた?」
「有名でしょ?その話」
「じゃあ東京ドイツ村も東京にないって知ってた?」
「東京ドイツ村自身知らない。どこにあるのその村」
「千葉県袖ケ浦市」
「村じゃないじゃん!市じゃん!」
「ていうかなんでそんなにドイツ村に詳しいんだよ!」
三人の中のボケ役の泉野耕治は180近くある長身で、茶色に染めた髪を後ろで一つに束ねている。中学に入ってから急に背が伸びて髪も染めるようになった。ボケを突っ込まれながら顔をくしゃくしゃにして笑う。人懐っこい笑い方をするところは昔と変わっていないと思った。
「ちょっと、後ろ行こ、音羽」
「あ。うん」
居心地の悪さを感じて、私たちは教室の後ろの方に移動する。
全校生徒が100人に満たないようなこの学校でもクラスの中にはカーストのようなものが存在する。不可侵の透明な壁。そしてその壁は陽キャ陰キャ以外にも存在する。
教室の後ろ側、壁際にひとりきりの男子がいる。
一ツ橋学。
彼は椅子に座り、イヤホンを嵌めながら机の上に広げたノートになにかを何かを書き留めていた。
少し眼鏡にかかる髪、その眼鏡の奥の黒々とした目。薄い唇。もともと白いだろう肌が薄く日に焼けていて、それが逆に、彼がこの町に似つかわしくない存在だということを強く主張しているようにみえた。
「ねえ、美香ちゃん、学くんまた一人だね」
「うん、…そうだね」
「1ヵ月前まではこんなことなかったのに…」
「仕方ないよ、だって、もうじき選挙だもん」
今月は、4年ぶりにこの天番町の町長選挙がある。
選挙といっても今までは対立候補もなく現職の町長の信任投で決まっていた。
その様子が変わったのは1か月前。一ツ橋くんのお父さんが町長に立候補したのだ。
一ツ橋家は、3年前Iターンでこの町にやってきた。彼はこの町に移住してきたが農業をするのではなく、農産物を直売する事業を立ち上げた。私にはよくわかんないけれども、付加価値をつけて高値で販売するという仕組みを作ったらしい。他にも、市役所の人と協力して移住者を増やしたり、農地を集約したりと色々としているということだった。ただそれでめでたしめでたしというわけにはいかず、それで潤ったひとたちと、そうでない人との間に軋轢が生まれているということだった。そして、2か月前、一ツ橋くんのお父さんは町長選挙に立候補した。町長選に対立候補が出ることなどこの町始まって以来のことだったので、予想外の出来事に町はざわめき、それぞれの陣営にわれ、一触即発の事態となっている。
そんなこんなで、今、その一ツ橋英雄の息子は、このクラスで微妙な立場にいるのだった。
「…私の、お父さんの、せいなんだよね」
と、音羽が泣きそうな声で言った。そう、その現職の町長というのが、この音羽のお父さん、国府田幸三さんなのだった。音羽の家は先祖代々この町が村だったころから村長を務めてきた由緒ある家柄で、だから選挙で負けるわけには絶対に行かないのだった。
「わかんない。でも少なくとも音羽のせいじゃないよ」
「うん……ありがとう……」
それで少し会話が止まる。静かになると前の方で騒いでる3人の声がよく聞こえるようになる。
「秋葉原いってさ、もえもえきゅん、とかしてもらいたくね?一回、こんなふうにさ、もえもえ、きゅん」
「うわ!キモ!止めろ!犯罪だぞ!」
「もえもえ、きゅん、おいしくな~れ」
「ねえ!止めて、!キモい!キモい、あははははは!」
……楽しそうだな、って思う。彼らは私たちみたいなのと違って、悩みとかないんだろうな。そう思う。
一瞬。緒方千草がと目があう。目が合ったまま、彼女は目の端で私に軽く笑いかけてきた。突然のことに驚いて、私は合図を返すことができなかった。そして、それが誰にも気づかれていないか、そんなことを気にしていた。
◇ ◇ ◇
視聴覚室は旧校舎の西の果てにある。私が入学する遥か昔は、映像を伴う授業で頻繁に使われていたらしいが、それぞれの教室に大型モニターが設置されるようになった今は滅多に使われない。床に固定された机はうっすらほこりをかぶっている。一応掃除当番が掃除をする場所にはなっているのだけれども、掃除に入る生徒は床は掃くけれども机の上は拭かないのだ。一応視聴覚室には貴重品としてプロジェクターとスクリーンがあるが、随分型落ちのそんなものを盗む人間はいないので鍵の管理も適当だ。掃除当番が鍵を持ったまま翌日に帰しても特に問題にならない。そんな殆ど誰も訪れることのない視聴覚室だから、放課後に誰にも気づかれずに待ち合わせをするの場所としては最適だ。
西日がさして暑い部屋でハンディの扇風機をかけながら私は人を待つ。6月だというのにもうこんなに暑い。今年の夏は暑くなりそうだと思った。水筒を鞄の中から取り出す。カラカラと音がする。朝に入れた氷がまだ解け残っている。水筒からコップに中身を注ぎ飲む。冷たい紅茶、砂糖とミルク入り。本当は校則違反だけど今日みたいな日は別にいいって自分に許している。ちょっとした不良行為だ。
ふと、扉の前に気配を感じる、息を殺して扉を注視する。
コン、と扉を叩く音がする。
足音を立てないようにゆっくりと鍵をかけた扉の前まで近寄る。
「私は誰?」
扉をノックした人物から問いかける声。
「誰?」
私は問いかけに問いかけで返す。
「ハルカナ!」
扉の外からの声が答える。
その答えを聞いて、私は引き戸の鍵を開ける。
ガラガラガラガラガラ!
鍵が開いた途端、視聴覚室の入り口の引き戸を勢いよく開け、彼女が廊下から踊るように飛び込んでくる。長い金色のふわふわの髪と太ももギリギリまで折り曲げたスカートが翻る。あたりに軽く香水の匂いを振りまいて。彼女が入ると同時に急いで扉を閉め、ガチャリと鍵をかけた。
緒方千草。
目立つグループの女子。教室では私とは不可侵のカースト。
「ごめん待った?美香」
「待った。遅いよ」
「ごめん、京子とちょっと話が長くなってて」
「さ、準備しよ」
教室の隅に立てかけてあるひっかけ棒を使い天井からぶら下がってるプロジェクター用のスクリーンを引き下げる。最初のころは降ろした後止めるのに戸惑ったけれども今ではなれたものだ。教壇の下にある操作パネルからプロジェクターの電源を入れる。窓を閉めて暗幕を兼ねているカーテンもしっかりと閉じる。真っ暗な部屋の中にスクリーンの青い画面が大写しになる。
「今月ちょっとギガがもう苦しんだ」
千草にそう素直に言うと、
「じゃ、私の使う」
そういって千草はプロジェクターの外部接続コードに彼女のスマホをつなぐ。彼女のスマホの壁紙が大写しになる。彼女の壁紙はテレビでも人気の韓国グループだった。
「ちょっとみないでよ、恥ずかしい」
「好きなの?」
「ポーズ」
千草の手がアプリのアイコンを探る。youtubeのアプリをタップする。youtubeのアプリ画面ががスクリーンに大写しになる。そこからさらにチャンネルに入り、動画を選択して再生する。CMが再生され、5秒待ってCMをスキップ。モデリングされ表面をテクスチャで覆われた仮想のステージが現れる。そして、そのステージの上に一人の少女が立っていた。
彼女もまた生身ではない。ポリゴンとテクスチャで作られた体だ。腰まであるピンク色の髪に、黄色のインナーカラー。90年代をモチーフにした衣装。彼女が軽く体をゆするたびに、物理エンジンが設定された重力を計算して彼女の髪や服が左右にゆっくりと揺れる。この電脳上に作られた体が彼女の入れ物。でも、それがすべてではない。彼女には、魂が宿っている。
彼女が問いかける。
「私は誰?」
春が始まる前に水面に張った薄氷のように澄んだ声。その声が、静かに、響く。
画面の隣にあるコメント欄が、『誰?』『誰?』『誰?』という言葉で覆いつくされる。いつもの決められたプロトコル。
「ハルカナ!」
右腕を強く突き上げて、彼女が自分の存在を定義する。
ピアノの音。曲のイントロが始まる。彼女がその音に合わせて体を揺らす。微笑む。彼女が歌いだす。彼女の歌声が二人しかいない視聴覚室に響いた。
「やっぱり大画面はいいねえ。うちじゃあ、テレビで見れないから。家族にばれたら死ぬ」
横を見ると千草が狭い視聴覚室の椅子に体育すわりになって画面をみていた。
「うちは、家族にばれても大丈夫だけど。というか全部バレてる。でも、一人で見るより千草と一緒に見れた方が」
「なに私のこと好きなの?」
「ちげーし。好きなものが一緒の人間がいるって、それだけで嬉しくなる。ていうか、千草がハルカナ好きだったって意外」
「動画共有snsで偶然流れてきて、それで、もう、一気に落ちた。持ってかれた」
「持ってかれるっていうのわかる。歌に、命が入ってるって、みんな、そういってる」
「Vなんだけど、存在感がすごいっていうか、そこにいる、そこで生きてるっていう感じがする」
Vの歌い手。
ヴァーチャルシンガーと言われている人たちがいる。
仮想現実の肉体を着て、人間の魂と声を持った彼、彼女たち。彼らは現実にはいない。でも存在しないわけじゃない。仮想世界には確かに存在している。確かにここにいる。命がある。そう強く思える。春が叶う、と書いてハルカナ。ハルカナは、そんなVの歌い手の一人だ。そして、私と千草にとっては特別な一人だった。
◇ ◇ ◇
およそ1か月前のことだ。
視聴覚室での時間は、私一人の物だった。
誰もいないのを確認して、一人でスクリーンを下げ暗幕を引き、プロジェクターの電源を入れて、携帯を入力端末に差し込む。お菓子と紅茶とペンライトを用意して、お菓子と紅茶で動画配信を楽しみながら、ライブではペンライトをゆっくりと振る。誰にも秘密の、私ひとりだけの時間だった。いつも鍵をかけて誰も入れないようにしていたのに。よりによってその日、私は鍵をかけ忘れていたのだった。
「だれかいるの?」
ガラガラと扉が開く。入ってきたのはよりによって緒方千草だった。クラスでも陽キャのグループの一人。その彼女が視聴覚室で誰にも秘密の時間を過ごしている私の前に現れた。
スクリーンに映るハルカナの電子の肉体。教室に流れるハルカナの歌声。そしてこともあろうに私はペンライトを振っていた。一瞬の空白、そして状況を理解して顔が真っ青になる。次の瞬間、頭で考えるより早く体が思考し最適な行動を選んでいた。即ち、窓から飛び降りる。私は窓に向かって全力で走り、窓から飛び降りようと暗幕に全力でジャンプした。そして、その裏側にある窓ガラスに全身を強かにぶつけた。目の前が真っ白になった。ガラスは割れず、私は視聴覚室の床に転がり落ちた。全力でぶつかったので全身が殴られたように痛い。もんどりうって倒れていると、上から緒方千草が話しかけてきた。相変わらず画面からはハルカナの歌が流れている。
「あの…、これ、ハルカナだよね…?」
返事ができない。しかし緒方千草は続けて言った言葉は、ちょっと信じられない言葉だった。
「あの…私も、ハルカナすごく…好きなんだ…、今日、視聴覚室にきたのは、こんな風に、映像大写しにできないか、って思って……。あの、あなたもハルカナ好きなんだよね。もしよかったら、友達にならない?」
「え?はあぁ?!」
何言ってんの?ねえ?
「あの、ところで」
「なに?」
「名前、なんだっけ?」
体の痛みが引いて、自分の名前、井村美香を名乗ることができたのは、それから10分後のことだった。
◇ ◇ ◇
そんな千草は今、私の隣で目を輝かせて動画を見ている。手元には小さくペンライトが揺れている。
「尊い……」
「尊いって…」
「美香が移った。ハルカナが、困ったときにする鼻の両側から押さえて、ぷう、ってなるの、あれすごい好きかわいい」
「かわいい」
千草が鼻の両側を人差し指で抑えて、ハルカナの真似をする。
「ハルカナ、一四歳って噂本当なのかな。どんな一四歳なんだろう。私たちと同い年だよね、ねえ、美香、会ってみたい?」
「ハルカナはハルカナだよ。中の人なんていないよ。こうして、ここで、こうやって歌ってるハルカナが全てだよ」
「ライブチャットもいつも聞いてる、水曜日の夜の。きっといい子だよ」
「それだけじゃわかんないでしょ」
「まあ、それは、そうかも、だけど」
視聴覚室の中は暗くてよくわからなかったけれども、時間をみるともう5時。結構いい時間だった。カーテンを開けると夕焼けの赤い光が差し込んでくる。外と違う時間の流れの中で酔ってしまいそうになる。この感覚がちょっと好きだ。千草がスマホを回収して帰る準備をしている。
「じゃ、わたし、先出るから」
「うん、私時間差ででる」
「…ごめんね」
「いいよ」
視聴覚室の窓から眺めていると正面玄関から出た千草が校庭を横切っていくのが見える。
十分な時間と距離がとれたことを確認して、私も視聴覚室を出た。
この学校には、いや、この町には。見えない壁がたくさんある。その壁の中では許された振る舞い以外は認められない。その壁を越えて友達になるとか一緒に遊んだりとか、そういうことをするととても目立つ。目立つことは、よくない。だから、私と千草はこんな秘密の行為をしている。誰にもばれないように、気づかれないように気を付けながら。
ハルカリの曲の一節を思い出し、そっと口ずさんだ。
誰にも、誰にも聞かれてはいけない歌。
『見えない、聞こえない、あなたを見つけられない』
『だれか私を見つけて、私はここにいないから』
『助けてっていっても、いつだって誰にも届かない』
千草もどこかで、同じ歌を歌っているだろうか。
*○2,朝ご飯×シャケ×選挙対策委員会
【藤谷京子】
寝起きでぼさぼさになった髪を軽くワックスで整える。暗めのアイシャドウを塗って軽くラメを入れる。ビューラーでまつ毛をバリバリにする。色付きのリップを適当に引いて、まあ、こんなもんだろ。
台所に行くとビニールのクロスを引いた6人掛けのテーブルの上に私の分の茶碗と焼いたシャケ。パンでいいっていつも言ってんのに。パパはもう仕事に出かけたようだった。現場の仕事は朝が早い。直接現場に出ることはないが、連絡事項だったり色々な用事があったりで同じ時間に出社する。建設会社の社長も板についたものだ。
「京子ぉ、おっきりやすか?あんなへんな頭せって。はよめしゃな」
奥の部屋からばあちゃの声が聞こえる。
「はーい」
適当な返事を返す。
「京子、茶碗かして」
「私パンがいいって言ってるのに。ママもそっちの方が楽でしょ?」
「5人分用意するんだったらおんなじ。別にパン用意する方がめんどくさいよ。いいから食べてさっさと出てく」
「はいはい」
シャケでお茶づけにしてさっとかき込む。廊下を抜けると無駄に広い玄関がある。廊下と土間の段差にちょっとよろめきそうになりながら靴を履き、引き戸をガラガラと開ける。家の周りは背の高さより少し高いくらいの垣根に覆われて、きちんと刈りそろえられている。玄関の脇に置いた自転車に乗り、学校へ向かう。
「おう、京子、今日も頭すっげーな、寝ぐせ?」
「うるせえよ、そうだよ、寝ぐせだよ」
「どんな寝方したらそんなんなるの」
学校についてそんな軽口で話しかけてきたのは、耕治と千草だ。
耕治は背が高く、細くもなく太くもなくそれなりに筋肉のついた体つき。顔は少し鷲鼻だけど、全体的にホリが深くて、まあ、及第点だ。ちょっと空気を読まないところがあるけど、コミュ力は高い。千草は、髪を染めたり、パーマをあてたりして頑張っているけれども、顔つきの幼さが隠せてない。でも、笑うと顔がくしゃ、ってなって、そこがすごいかわいいと思う。耕治も千草も、この町ではそれなりに結構いけてる方だ。
この町に引っ越してきて5年になる。
5年前までパパは東京でサラリーマンをしていた。パパはもともとこの町の出身だったけど就職のために東京に出た。そしてそこでママと出会った。5年前まで父と母、そして私の家族三人は、東京の郊外のマンションで暮らしてて。でも5年前にじいじが急死したことでそれまでの生活ががらりと変わった。じいじはこの天番町でそれなりの規模の建設会社の社長をしていたので、じいじの急死に伴って誰かが跡を継がないといけない。パパには他に兄弟がなかった。色々あった末、結局パパがその跡を継いで社長をすることになった。そしてパパについて私とママもこの町に引っ越すことになった。今はパパの実家で暮らしている。パパと、ママとアタシとばあちゃの4人暮らし。
千草と耕治と夏休みの予定の話をしながら教室に入る。どっか旅行でも行かないかとかそんな話。耕治がマクドナルドに行きたい、って話をして笑わせてくるけど、そういえばこの町にはマクドナルドないな。車で2時間くらい行かないとマクドナルドにつかない。教室の中では井村美香と音羽がおばけ屋敷がどうの宇宙人がどうのという話をしていた。子供だなあ。ほほえましい。音羽はいつまでもそのままでいてくれよ。
旅行の話やテレビの話、最近のyoutuberの話。そういう話をだらだらと話す。けれども、決してそんなに楽しいわけじゃなくて。時間をつぶすためにそういう話をしてる。そしてそういう話題もなくなってちょっとした沈黙、退屈な時間が流れる。こういうのを海外では『妖精が通る』というそうだ。そうだなずっと喋ってたら妖精が通れないもんな、たまには通してやんないと妖精が大渋滞だ。
ぐるりと教室の中を見渡すと、後ろの方の席で、一ツ橋学が、イヤホンで何かを聞きながらノートに書き留めてる。孤立してる。皆があいつを遠巻きに見てる。でも、それも仕方ない。あいつは、一ツ橋英雄の子供だし、私にパパにとっても敵の息子だ。
と、その時、耕治が何を思ったか、一ツ橋の方に向かってずかずかと歩いていった。
机の上に肘を置いてしゃがみ込むと、
「なあ、一ツ橋、お前、何聞いてんの?」
と話しかけた。
一ツ橋は一瞬びっくりした顔をしたけれども、イヤホンを外して耕治に何をしていたのかを説明し始めた。
「町の、お年寄りの人たちにこの町の伝承とか言い伝えとか、あと、若いころにあった出来事とかを聞いて回ってるんだ。ほら、僕、郷土史研究会だから。今はその聞いた話を文字起こししてた」
耕治が一ツ橋の渡したイヤホンを耳にはめる。
「え?なにこれ?何ってるかわかんねえんだけど、日本語?」
「方言がきついからね。慣れると聞き取れるようになるよ」
「おもろいの?こういうことして」
「面白い、っていうのもあるけど。なんか誰かがしないといけない義務感みたいなのもちょっとあるよ」
「なんかよくわかんねえなあ、まあ、でもなんか面白そうじゃん」
耕治が仲良く一ツ橋とお話をしている。
「ちょっと!耕治!何してるの!」
「方言の録音を聞いてる」
「そうじゃなくて!」
といって、耕治を教室の前の方まで引っ張っていく。
「わかってんの?あいつは、敵、だよ」
「それってあいつだってあいつの父親の話だろ?大人の問題じゃんか」
「アタシは関係あるの。アタシのパパと音羽のお父さんが仲いいの知ってるでしょ?」
「仲いいっていうか、ああ、うん」
耕治が少し言いよどむ。そう市長と建設会社の社長の関係だ。そういう仲良しだ。公共事業を回してもらったりと、そういうのは子供でも分かる。だからこそ、一ツ橋には負ける訳にはいかないんだ。
一ツ橋は、公共事業に頼った現在の市政を改革し、新事業の開拓を政策に掲げている。この町には現在、少なくない数の人間が外から引っ越してきている。もちろん人数が多いといってもこの町にもともと住んでいる人間の数に比べたら圧倒的に少ない。しかし、一ツ橋が市や県と一緒になってやっている事業がいくらかうまくいっていることもあり、一ツ橋派に寝返る町民も少なくない。実際の票が読めない状態なのだ。今年の選挙は荒れている。
パパだけじゃない。この町の少なくない人間が公共事業で生活をしている。町長が変わったり、政策が変わったりしたら困るのだ。
「音羽だって困るよ。それでもいいの?」
「それは、困るな」
耕治が耳をほじりながら言う。こいつと音羽は幼馴染だって聞いてる。
「みんな、仲良くできたらいいのにな」
耕治がいう。でも、それは、無理だ。
◇ ◇ ◇
音羽の家はとにかくでかい。
屋根の乗った白い漆喰の塀がぐるっと建物を囲っていて、でっかい門扉にも瓦屋根がかかっている。100坪くらいある屋敷は茅葺きでその上に銅板の屋根が乗っている。古くて恥ずかしいから…って音羽は言っていたけれども、すげー家だっていうのはもう見てわかる。今日は家の前にいくつものセダンが止まっていて、門をくぐるとさらにたくさんの車がアプローチのギリギリまで止まっていた。屋敷の中からの騒がしい声がここまで聞こえてくる。いつもは正面玄関から入るのだけれども、今日は屋敷の周りをぐるっと回って、裏の勝手口から中に入った。
「こんにちはー手伝いに来ました」
「あ、京子ちゃん、ありがとう」
音羽のお母さんと挨拶を交わす。
やたらと広い三和土を上がる。あたりを見渡すと、近所の手伝いに来たおばさんたちが慌ただしく料理を作ったり、仕出しできた料理を皿に盛りつけたり、運んだりしていた。私を見つけた音羽がトコトコと私のところまで駆けてくる。
「あ、京子ちゃん、ありがとう、来てくれたんだ」
「うん、音羽、なに手伝ったらいい?」
「それじゃ、ビール出したり、空になった瓶を下げてきてもらっていい?」
「了」
エプロンをつけながら音羽にするべきことを教えてもらう。
「悪いね、手伝ってもらって」
「お互い様」
廊下を歩く。よく掃除された板の廊下はキュッ、キュッと音を立てる。廊下に、いや、この家中に騒がしい声が響いている。広間の襖を開けるとぶわっとさらに声が大きくなる。今、この家は“選挙対策事務所”であり、今行われているのは“選挙対策会議”のはず、だけど。これでは宴会とかわらないね。8畳ほどの部屋4つの襖を全部外して、大きな部屋にして使っているみたいだった。会議に参加している全員が赤ら顔で、一ツ橋陣営の悪口やら、最近の娘の態度がどうやら、結婚相手がどうやら、どうでもいいことで盛り上がっている。パパは『選挙対策会議』と広げられた横断幕の下で、音羽のお父さんと隣り合って酒を注ぎあっていた。
「ビール、どれくらいからが空なの?」
「三分の一くらい。あと、ぬるくなってたら下げちゃっていいから」
「わかった」
音羽、こういうの手慣れたものだな、と感心する。
音羽と、パパたちのところのビールを交換しに行く。去り際にパパに呼び止められた。
「京子、京子、まあ、お前もこっちに来て飲め」
「京子ちゃんか!久しぶりだなあ、ずいぶんおっきくなって。いやあ、べっぴんさんになったなあ」
「普段はこんなんじゃなくて、爆発したみたいな頭しとるよ。今日だけ」
「まあまあ、座んなさいよ」
断ろうとしたが、音羽が二人の前に座ったので、自分も一緒に座ることになった。ビールを勧められたが、断って麦茶にしてもらった。やたら泡の多い麦茶のような気がしたけど気のせいだろう。
「しかし、本当なら今頃は祭りの準備をしてるころなのに、まったく、あの一ツ橋のせいで」
「そういや、今年の神楽、音羽ちゃんと泉野のところの耕治が舞うんだろ?いやあ、楽しみだなあ、音羽ちゃんの舞。耕治も、背ェ高いし、天狗にぴったりだ」
「いやあ。まだまだ、全然練習してる風もないし、とちらんか心配だぜ」
神楽か。
毎年、7月の頭に私たちの町では大きなお祭りがある。大船神社の例大祭で、この町に伝わる天狗伝説にまつわる神楽が舞われることになっていた。踊り手はこの町の子供たちから選ばれるが、大体旧家の家の子供たちが選ばれることになっている。
神楽の話がでたその後はアタシたちの学校の話になった。そしてさらに話があっちこっちいった後、選挙の話に戻っていった。
「あの、よそもんの一ツ橋が、大きな顔をしやがって!町長選挙に立候補と来た!あいつは町のルールってやつをわかってない、だから、よそもんをうちの町にいれるのは反対だったんだ!」
「こーちゃん、今そんなこと言っても始まらない。今はとにかく選挙戦しよう。よそにもんには負けるわけには行かないからな」
パパは、酔ってくると音羽のお父さんのことを“こーちゃん”と呼ぶ。二人は子供時代からの友人らしかった。
「負けるわけないだろう、一体どうやってまけるんだ。いくらよそものが増えたって言っても、200人もいないだろう」
「それが、上谷のところは一ツ橋に寝返ったらしい。他にも影響されとるのも出てる」
「町おこしとか新事業とかっていうが、そんな霞みたいな話信用できるか。20年前にも町おこしをして失敗しとる。仕事っていうのは地味で堅実なものだ。県や、国や、政治家の先生に頭を下げて、工事を取ってくる、補助金をもらってくる、そういう地味な積み重ねが、町長に求められる」
「そりゃそうだ。こーちゃんがいないと、うちの会社も立ち行かん」
「そうだろ」
二人が、ちりんと、コップを合わせる。こういうのをみると本当に仲がいいんだな、って思う。
「今、念願の国道につながるバイパスの話がうごきそうなんだ。道路先生にも話が通ってる」
「パイパスってあれか?20年前の町おこしの時に途中まで通ってそのままになってる」
「あれが通れば、今みたいに山を回る必要がなくなる。町まで2時間も走らんでもよくなる。便利になれば人だって入ってくる。まずは道路だ。一ツ橋の奴はそれがわかっとらん」
「しかし、よく通ったなあ、そんな話」
「引き換えにゴミ処理場をつくる。あの池を埋め立てる」
「あの池か?」
「あの池だよ」
「まあ、仕方ないよな、こーちゃん」
「俊二。それが俺たちの仕事だよ」
私たちがいないかのように二人の話は盛り上がっていっていたので、音羽のすそをそっと引いて、大広間を後にした。裏方はやることがいっぱいあるのだ。
◇ ◇ ◇
「こちらが樋口さん、こちらが長谷さんで、こちらが弟の方の長谷さん。こちらが大石さんの妹さんで……」
「どうも、藤谷の娘です」
「いつもお世話になってます」
「え、あ、いやこちらこそ」
宴会…選挙対策会議の跡片付けが終わった後の台所で、音羽に近所のおばさんたちを紹介してもらった。でもこんな人数一度に覚えられないぞ。ああ、というより、これはアレか。アタシが紹介されてるのか。
「それじゃあ、お疲れ様!」
そういっておばさんたちが、手に手にキンキンに冷えたビールを持って乾杯する。私たちは冷たいサイダーだった。今度は普通のサイダーだょ。おばさんたちの話題は、夫の愚痴とか、子供たちの中二病を心配する話ばっかりで、選挙のことはどうでもいいようだった。おばさんたちの打ち上げも終わって、お土産といってちらし寿司を渡される。さっき、お父さんたちも持たされてたものだ。なるほど、これが今日の晩御飯になるのか。おばさんたちが家に帰ってもご飯作ったり何もしないで済むように。この町では、こういうことを何百年もやってきたんだろうなあ、って思った。
家の玄関の先まで音羽に送ってもらう。あんなにたくさんあった車は1台もなくなっていた。あんなにみんなしたたかに飲んでいたのにどうやって帰ったんだろう。あんまり考えないことにした。
「ねえ、京子ちゃん」
「何?」
「一ツ橋くんのことどう思う?」
「どうって…敵でしょ?」
「私、もっと仲良くなれたらいいのに、って思う」
音羽が少し寂しそうな顔をする。黒くて長い髪が揺れる。なんで音羽はこんなことをいうんだろう。少し不思議に思った。
「それは、無理だよ」
アタシが、そう答えると、音羽は、そうだね、また明日学校でね。といって微笑んだ。夕日に、音羽の輪郭が滲んでみえた。
*○3,雷×神楽の練習×図書室
【国府田音羽】
人を好きになるということを、雷に打たれることと例えた人がいる。
いやいや、それはおかしいでしょう。と私は思う。
だって、雷に打たれるって大けがじゃん、事故じゃん、死ぬじゃん。
恋っていうものは、もっと、柔らかで、暖かくて、春の兆しのように訪れるものだと思っていた。
―――自分が恋をするまでは。
3年前。その雷は急に私の前に訪れた。
「国府田さん、初めまして。この町に引っ越してきました一ツ橋です」
「いやいや、これはご丁寧に。別にこんなこと結構ですのに」
「いえ、これから私はこの町で事業をさせてもらうのですし、よろしくお願いします」
「そちらのお子さんは」
「私の息子で、学といいます、5年生です」
「5年生ならうちの娘と同じ年ですわ。9月から同じ学校に通うことになるでしょうから。音羽、挨拶しなさい」
玄関の外に陽炎が立つ、夏蝉のうるさい8月のある日。その陽炎の前に彼は立っていた。彼の父親が父に菓子折りをわたし、それを父が受け取る。その隣に彼がいて、その彼を私は父の後ろから見ていた。物憂げな目、夏なのに白い肌。彼が口を開く。まだ声変わりのしていないピアノのような声。
「はじめまして、一ツ橋学です。よろしくお願いします」
「こら、音羽、ちゃんと挨拶しないか。…すいません、人見知りみたいで」
何か言わないといけない、と思いながら、喉に紙が張り付いたみたいに声が出せない。私は玄関の衝立の後ろに隠れたまま何も話せずにいて、そして、彼は玄関を出て去っていった。
雷だった。
彼と再会したのは9月。話そうと、なんとか近くに行きたいと思って、でも、何もできないまま時間は3年が過ぎてしまった。その間に彼の背は伸びて、眼鏡をかけるようになり、声もピアノではなくなった。それでも私の気持ちは変わらなかった。
そして、2か月前。彼の父親が選挙に立候補して私の父の敵になった。雷が、私の内側を焼いている。
◇ ◇ ◇
多目的室のドアを開けると、換気されてない部屋独特の熱気がむわっ、と襲ってきた。教室のドアと同じの引き戸の奥に三和土と障子でできた戸があり、その奥が畳の部屋になっている。
「うへえ、あっちいなあ!」
そういって耕治くんが率先して部屋の中に入り、窓を開けていってくれる。すべての窓を開けて空気が入れ替わった後、また窓を閉めて今度はクーラーのリモコンを入れる。涼しい空気が流れ、やっとひと心地つける。
「じゃあ、ま。そろそろ練習始めますか」
「うん」
そういって私と耕治くんのふたりは神楽の舞の練習の準備を始める。
舞台の四隅がわかるように、カバンやノートを置いていく。かわりばんこに外に出てジャージに着替える。借りてきたラジカセをコンセントにつないでテープレコーダーをセットする。再生ボタンを押すと、お囃子と笛がゆっくりと流れ始める。
お祭りが近いので、私と耕治くんは放課後の時間を使って練習をすることにした。本当は学校行事ではないので学校の施設は使えないのだけれども、お祭りの神楽の練習だと言ったら快く貸してくれた。
耕治くんが画用紙で作ったお面を被る。お面といってもちゃんとしたではなく、まっすぐな紙に目のところに小さい穴を開けただけのものだ。お面は視界がすごく悪いので、それに慣れる必要がある。けれども本物のお面は本番前の練習でしか使うことができからこうやって工夫しているのだ。でもその光景がシュールでつい笑ってしまう。
「音羽、笑ってね?」
「笑ってない笑ってない」
声に笑い声が混じってしまった。しまった。
そんなことを言いながらも練習は真剣に。囃子と太鼓で構成される音楽は慣れるまで拍子が取りにくい。耕治くんとあわせられるようになったのはつい最近だった。摺り足で上半身を固定して動く動き、くるくるとよどみなく回る動き。去年まで舞台の下で見てた時は静かでゆっくりな動きで、そんな大変に見えなかったのに、実際にやってみると信じられないくらいハードだった。すぐ動きがヘロヘロになるしクーラーが効いてても汗だくになる。一時間も練習したら手もあげられないくらいへとへとになった。本番の衣装は結構重いっていうの本当?
「大変だけどさあ、俺、天狗に選ばれて結構嬉しいんだ。ずっと舞台の下から見ててかっけーって思ってたから。音羽は?」
「私は、踊るのが決まってたから、ほら。楽しいとかあんまりわかんなくて」
「そっか、国府田の家だもんな」
大船神社の例大祭は七月の頭にある。この町一番のお祭りで近所の町からも多くの人たちがくる。その中の一番の目玉はこの天狗神楽だ。言い伝えによると1000年続いているらしい。
大船神社に、そしてこの町に古くから伝わる天狗の伝承。その伝承をもとに舞われる神楽で、曰く千年の歴史があるらしい。その物語は要約するとこんな話だ。天狗が空から降りてきて、村の娘に恋をした。村の娘も天狗のことを好きになったが、天狗と人間なので結ばれない恋だった。村の人々は強く反対したが、二人の説得に負けて二人の結婚を許すことにした。その後、天狗の持っている神通力でこの村は末永く栄えたという。
ロマンチックじゃないか。少し身に染みる。
「今日はこれくらいにしようぜ、俺も疲れた」
そんなに疲れた様子でもない耕治くんがいう。感謝。
「じゃあ、俺帰るけど、送ろうか?」
「ちょっと図書館に本を返すようがあるから、後で一人で帰る」
「そっか、じゃ、あんま遅くなんなよ」
「うん」
◇ ◇ ◇
多目的室で少し休憩してから、着替えて廊下に出る。図書室へ向かう廊下は夕暮れの光も届かず少し気味が悪い。やっぱり本を返すの明日にすればよかったかな、と思いながらもここまできてしまったので仕方なく図書室へ行く。明かりが消えていて、そういえば木曜日は図書室放課後やってない日だっけ、と気づいて気持ちが落ち込む。未練がましくもしかしてと思って図書室の扉の取っ手を引くと、ガラリと音がして扉が開いた。鍵を閉め忘れたのか、このまま本を置いて帰ってしまおうか、そう思った時、部屋の奥の方でガサリ、と人の動く音がした。心臓が跳ね上がる。
「だ、だれかいるんですかぁーーーーー」
よせばいいのに声を出してしまった。こういうわかんないことを私はよくしてしまう。
「その声、国府田さん?」
あ。
よく知る、でも最近はあまり聞くことのできなかった声が返ってきた。もうピアノではない声。弦楽器のような、響く、優しい声。
「ごめん、驚いた?資料を探して読んでて。ちょっと暗いね、ごめん」
一ツ橋学。彼が本棚の後ろから歩いてきた。私の方へ近寄ってきて、そして脇を抜けて部屋の明かりをつける。チカチカと音をたてて蛍光灯が付き、夕闇を窓の外へ押し返す。
「どうしたの?」
「あ、あの、本を、本を返しに」
「ああ、じゃあそこに置いといて。後で返却手続きしておくから」
「ま…ひ…一ツ橋くんはどうしてここに?」
「地元の歴史でちょっと知りたいところがあって。禁持ち出しの本だったからここで読んでたんだ。ほら、僕、郷土史研究会だから。部員僕一人だけど」
「く…暗いと、目に悪いよ」
「ああ、そうだね。気を付けるようにするよ」
違う、そんな話をしたいんじゃないのに。うう。手に汗をかいてきた。ていうか、さっき練習ですごい汗かいたのに。汗臭くないかな。わかりませんように。
「ひ、一ツ橋くん、今大変だよね?だ、大丈夫?」
一ツ橋くんは、一瞬、何のこと?みたいな顔をして、そして、ああ、と気づいて。優しく微笑みながら。
「大変だけど、でも、大丈夫。一人でも。僕は、僕で自分の好きなことができるから、そんなに大変じゃないよ。この町の人全部が僕を嫌ってるわけじゃないし、話せばわかってくれる人も多い。そもそも父と僕は別の人間だから。自分のすることは自分で決められる」
「そ、そうなんだ」
そうなんだ。やっぱり一ツ橋くんは偉い。自分で自分の立ち位置をちゃんと決められるんだ。誰かに影響されることなく。孤独になるのが怖くないんだ。
「それよりも、国府田さん。国府田さんこそ大丈夫?」
「え?」
「僕には、国府田さんも大変そうに見える」
と、言った。
そして気づいた。
ああ、私は、大変だったんだ。
私は、この町で。お父さんの手伝いをして、お父さんのいうことを聞いて、それが当然だと思ってた。国府田の家の娘として振舞わないといけないし、それが当然だと思ってた。お祭りの神楽のことだってしなきゃいけない当たり前のことだと思ってた。私が、何をしたいとか、何になりたいとか、好きなことって考えたこともなかった。私には、自分自身で望んで手に入れたものが一つもなかった。怖くて、そういう“あるべき自分自身”から外れるのが怖くて。
「こういうこというの、ちょっと違うかもしれないけど。僕と国府田さん、少し似てると思う」
「そんなことないっ!」
声が大きくなる。違う、そういう風に言いたいんじゃないのに。
「わっ、私よりも、一ツ橋くんの方が頑張ってるし、私よりも大変だし、私よりも偉いと思う」
「ありがとう。僕、ずっと、国府田さんに嫌われてると思ってたよ」
その瞬間、駄目だ。涙が溢れそうになった。
駄目だ。胸の奥がドロドロで、空っぽで、ぐちゃぐちゃになる。もう無理だ。これ以上は無理だ。この感情が何なのかもわからない、もしかしたら劣等感なのかもしれない。視界が歪む。気づいたら私は図書館から駆けだしていた。胸の奥の穴を強い何かが焦がしていく。雷だ。これ以上はこの雷を一人で抱えられそうになかった。
下駄箱で靴を履き替える。涙で顔がぐちゃぐちゃだけどもういい。学校の玄関を飛び出したところで、見知った自転車があった。
「おう。俺もついさっきまで寝ちまってて、今から帰るんだ。送ってく…てどうしたんだよ、その顔」
耕治くんが私を待っていた。こういうやつなのだ。
彼になら話せる。私のこの胸を焼く何かを話せると思った。
「耕治くん、実はね、私好きな人がいるんだ―」
*○4,宇宙人×追跡×麦茶
【緒方千草】
「雪待遥子です!転校生です!白い素敵なお屋敷に住んでます!みんな!遊びに来てね!ところで、UFOって信じる?」
◇ ◇ ◇
三軒坂におばけ屋敷と言われている家がある。
20年前の町おこしの際に別荘地として建てられたが結局うまくいかず、ずっと借り手のいない状態になっていた。聞くところによるといまだに別荘地として貸し出しはされているらしい。まあ借りる人間は誰もいないが。
ちなみに三軒坂というのはそこに昔三軒の家が建っていたということからついた名前らしい。今は解体されて何もなく、その上のちょっと開けたところにそのおばけ屋敷といわれる家が建っているのみだ。白くて板張りの洋館で2階建て。素敵なおうちではあったのだろうけれども、20年放置された結果あちこちペンキは剝げ白かった壁のくすみ、おばけ屋敷というにふさわしい風体になっている。
そんな三軒坂のおばけ屋敷に引っ越してきた人間がいるという。その引っ越してきた人間は何者か、というのが町でちょっとした話題になっていた。私は、まあそんなこともあるのね、そんなどうでもいい噂話で盛り上がれるなんてお暇でいいわね。なんて思っていた。……つい昨日までは。
いつもの朝のホームルーム前の時間。いつものようにそれぞれのグループがそれぞれの場所でそれぞれの時間を過ごしている。チャイムが鳴って先生が教室へ入ってくる。出席をとる。いつもと同じ朝の風景。ただ一つ違ったのはその後だった。
「えー、今日は転校生の紹介がある。えー、なんというか。まあ、東京から来たっていうしな……。東京ではよくあるんだろう、多分」
なんか歯切れ悪い。
「まあ、とりあえず紹介する。入ってきなさい」
「はーい!」
一瞬、脳がバグった。
初めに目についたのは、ふわふわと翻るピンク色。
腰までの長さのピンク色の髪を翻しながら彼女は教室に入ってきた。制服は前の学校の制服なのか、やたら襟が大きい、そして腰の上まであるプリーツの多いスカート。まるでアニメで見たような服を着ている。手には30センチくらいの大きさのクマだかネズミだかのぬいぐるみを抱え、トントンとつま先で飛ぶように教室の中に入ってきて、そしてくるっと一回ターンして教壇の前に立った。
「雪待遥子です!転校生です!白い素敵なお屋敷に住んでます!みんな!遊びに来てね!」
体の前にぬいぐるみを抱え、体を傾げてポーズをとる。
ここまでギリ普通の自己紹介。だけどこの後がもっとひどかった。
「ところで、UFOって信じる?」
あちゃー………。
◇ ◇ ◇
朝のホームルームで先生が出て行った後のわずかな時間。転校生は新しく用意された自分の机に座り、目の前のぬいぐるみとニコニコと何か話をしている。誰かが話しかけるべきなんだろうな。誰が話しかける?という空気の中、京子が私に“いけいけ”とアイコンタクトを送ってくる。助けを求めるように美香の方に目をやると、手をフルフルと振って拒否。この薄情者。仕方なく、やるか、と重い腰を上げようとしたら、頭の上に影が落ちる。なんだ?と顔を上げたら目の前に転校生、雪待遥子がいた。
「こんにちははじめましてお名前は?」
「お、緒方千草…」
反射で名乗ってしまった。いや、クラスメートに名前を知られて困ることなどないのだが。
「そう、緒方千草さん。ねえ、ちぐさちゃん、って呼んでいい?おともだちになりましょう?」
「え?あ、はい」
雪待遥子に顔を覗き込まれてそういわれる。とっさにはいと返事をしてしまった。突飛な髪色で気づかなかったが近くでよく顔を見ると目が大きくて顔が小さい。肌もきめが細かくて白い。結構な美少女だ。美少女なのに。かわいそうに。
顔を寄せられてリアクションに困った、どうしようと思ったら、ふいに身を翻して私の前から去っていった。なんだと思ったら次は美香の前に顔を寄せて、
「こんにちははじめましてお名前は?」
「い、井村、美香です……」
もしかしてこいつクラス中の全員にやる気か?
◇ ◇ ◇
クラス中の全員にやりました。
終わった後、クラス全員、デスゲームに巻き込まれた参加者みたいな顔してた。貴重な体験だ。…したくない体験ではあるけど。そして、全員に強制的におともだちになった後、雪待遥子は教壇にのぼりこう言った。胸にはぬいぐるみを抱きかかえている。ピンク髪がゆらゆらと揺れる。インナーカラーの黄色が踊る。
「それじゃあ、クラスみんなおともだちになったところで、教えてほしいことがあるんだけど」
はいはい、なんでしょう。
「昔、この町にUFOが落ちてきたこと、ない?」
ないなあ、ねえなあ、ってみんなが口々にボソボソという。
「あの、昔ってどれくらい前ですか?」
一ツ橋学が質問をする。偉いぞ。
「う~ん、ざっと1000年くらい前?」
教室がざわつく。う~んちょっと桁が違いすぎる。
「おりなさい」
いつの間にか先生が入ってきていた。普通こういうことをしてる生徒がいたら物凄く起こるだろうが、淡々と注意するだけだった。仕方ない。先生だって人間だ。むしろ気の毒に思うよ。
はーい、と返事をして教壇の上から飛び降り自分の席に着く雪待遥子。
その日の授業はもう全く頭に残らなかった。とにかく大変のことが始まった。そう思った。
◇ ◇ ◇
「あれ、なんだと思う?」
と京子。
「やっぱり…宇宙人じゃないかな…?」
と耕治。なんか面白がってない?あんた。
「いやいや、何言ってんの?頭おかしいの?」
と私。
放課後の教室で顔を突き合わせて話しをしていた。
転校生は学校が終わったら飛ぶように帰り、残されたクラスメートはみな、今日の転校生についての話題でざわざわとしていた。ふと、耕治が何かを思いついたような顔をした。
「もし、アレが宇宙人だとするなら、これはこのクラスの、いや、この町の問題だと思うね俺は。これは、みんなで力を合わせて解決する問題じゃないか?」
「いや、何言ってんのアンタ」
「おーい、音羽~!井村~!」
そういって耕治は音羽と美香を引っ張ってきた。続いて。
「一ツ橋、お前も来いよ」
といって、一ツ橋も引っ張ってくる。え?何々?って顔をしてる三人。そりゃそうだ。美香がちらちらなにこれ?って顔で見てくる。私も知りたい。
「えー、みんなも知ってる通り、今日、うちのクラスに宇宙人が転校してきました」
え?確定?
「宇宙人が地球にきてやることといえば?はい、井村さん」
「え?侵略?」
耕治が美香に話を振った。その後に国府田音羽の方を向いて今度は国府田音羽に話しかけた。
「他には?音羽さん」
「えっと、アブダクション?」
「なにそれ?」
と京子。それに国府田音羽が答える。
「えっと、肉をえぐり取ったり、血を抜いたり……」
「何それ、激ヤバじゃん!」
次に耕治は一ツ橋にも話を振る。
「他には?一ツ橋くん」
「えー、現地調査とか……」
「普通じゃん」
と京子。
「でも、昔のアフリカでは文化人類学の調査で入り込んだ調査員の持っていたウイルスが現地で広まって数十万人が病死したっていう出来事もあって」
「超激ヤバじゃん!」
「他には?千草さん」
え、次は私か?
「え?私面白いこと言えない…」
「いや、そんなんじゃないから」
京子に突っ込まれた。
「とにかく、彼女が宇宙人だった場合、激ヤバな事態になりかねないっていうのは皆さんわかってもらえたでしょうか」
耕治が芝居がかった声でそういう。なんか、騙されてるような気がしないでもない。
「つーわけで。彼女、宇宙人の目的が何か、何をしようとしているのか、監視することが必要だと、思うわけですよ、僕ぁ」
はあ。
「なので、ここにいる6人で彼女を尾行して見張る、ということをしましょう。それがいい」
「でも本当に宇宙人かもしれないよね、宇宙人でなくても謎がすごい多いし気になる!」
国府田音羽はちょっと乗り気だ。
「あの、みんな忙しいんですけど」
と京子、まあそうだ。
「なのでチームを組んでかわりばんこで。それなら時間の融通もつくだろ?んで、ほら。クジを用意するから」
といって、耕治は机の中からノートを取り出し、それに定規を当てて細長く切っていく。6本の細長い紙ができたら、それに、ペンで赤、青、黒で2本ずつ塗分けた。
「これで同じ色を引いたら、その二人でチームを組むってことで。まずはじゃあ、井村さんと音羽から」
美香と音羽が引く。美香が赤色、音羽が青色。
「次に千草と京子」
私が引く。赤色だった。京子が引くと黒色。
「じゃあ、一ツ橋、引いて」
一ツ橋が引く。青色。
「じゃあ、俺が黒色だな」
といって、手のひらに残っていたクジをくちゃくちゃと広げずに丸めた。あ、これ、何かやったな?隣で京子がすごく怖い顔をしてみている。国府田音羽はなんかすごい挙動不審になってるし。さっきまであんなに乗り気だったのに。
「じゃあ、井村さんと千草、京子と俺、そして一ツ橋と音羽がチームってことで。毎日交代で順番にあの転校生の尾行をして何をしてるのか探るようにしようぜ。決まり!」
決まってしまった。
「じゃあ、とりあえず、明日から千草のチーム頼む。明後日は俺と京子、しあさっては一ツ橋音羽チームで。そのローテーションで頑張ろうぜみんな!宇宙人のしっぽをつかもうぜ!」
そういって、耕治がみんなの輪の真ん中に右手を出す。一瞬して、アレをやろうとしてるのに気づいた。耕治の右手の上に右手を重ねる。それをみて、しぶしぶ京子が右手を重ねる。美香、音羽、そして、一ツ橋。一ツ橋の手が音羽の上に乗るとき音羽が一瞬ビクンと震えた気がした。そして、耕治の掛け声。
「UFOって信じる?」
「信じる~!」
なんだこれ。
◇ ◇ ◇
翌日。
同じように朝、学校に登校してきた雪待遥子。昼休みいなくなったと思ったらよそのクラスにも同じようにUFOを知らないか聞きまわっているようだった。学校中の生徒と友達になる気だなあいつ。ちょっとした災害だな。手にはずっとクマかネズミかわからないぬいぐるみを抱えたまま歩き回るその姿はやはりちょっとした実在する怪異に見える。この世の物でなく妖怪だといってもみんな信じると思う。耕治は宇宙人だというけれども、それも当たってるかもしれない。
放課後になった。雪待遥子はやはり昨日と同じように飛ぶように教室から出て行った。美香と合図をして教室を飛び出した遥子を追いかけるように教室を飛び出す。教室を出て行った雪待遥子は、三軒坂の方には帰らず、町の畑のある方へ歩いていく。
「どうしよう千草、尾行っていってもここじゃ隠れるところないよ」
「あんた真剣に尾行するの?」
「え?」
「これ、耕治の考えたなんか遊びでしょ?」
「え?そういうことなの?」
「男子って小学生の時から進歩しないからね~なんか面白そうなことあったら勝手に盛り上がっちゃって」
「……そうなんだ……」
「だから、まあ、適当に後ろついてくくらいでいいよ。どうせあの転校生も気にしないだろうし」
「そうなんだ」
ふと、あのピンクに黄色のインナーカラーの入った髪の色に見覚えがあったことに気が付いた。
「ねえ、美香。そういえばさ、あの子の髪色、ハルカナと同じだね」
「まあ、色は同じかもしれないけど、中身は全然違うよ。中身は違う」
「中身ねえ」
「ねえ、ちょっと千草、みて、なんかやってる」
「え?」
見ると、雪待遥子はどこからか棒みたいなものを取り出して空に掲げていた。先端から緑色の光を放っていて、明らかに怪しい。そして、空に掲げたその棒を、畑のそばの地面に突き刺しては、ここでもない、というような顔をする。それをあちこちで繰り返している。
「ね、ね、あれ何?」
「わかんない、なんかすごく怪しい!」
気が付けば私たちは雪待遥子に見つからないように道祖神の祠の陰に隠れていた。さっきまで、見つかってもいいやって思ってたのに、今は、見つからないように必死で隠れながら、雪待遥子の後を追っている。
「ね、誰かいる」
美香が、雪待遥子の前に誰かいるのを見つけた。電動カートに乗っているおばあさんだ。直線の農道の端の方に止まっている。他には人影が全くない。
「転校生、何か話しかけてるよ」
見ると手に棒とぬいぐるみを持った転校生がおばあさんに話しかけている。ここからでは会話の内容は聞き取れない。何を話してるんだろう、何をする気なのか。セミが鳴いて夏の日差しが照りすごく暑いはずなのに、冷や汗をかいていた。
「もしかして、アブダクションとか…」
美香が国府田音羽みたいなことをいう。でも、もしかして…。ここは出て行った方がいいのか、そう迷っていると。
「お~い!みかちゃ~ん!ちぐさちゃ~~ん!」
雪待遥子から大きな声で呼びかけられた。
「こっちきて~~~!たいへんなの~~~~~!」
雪待遥子に呼ばれるまま、出ていく。
聞くと、おばあさん、電動カートの電池が切れて立ち往生してどうにもならなくなっていたところだった。そこに、雪待遥子に声をかけられたということらしい。そして、雪待遥子は、一人では電動カートを押していくのが大変なので、私たちに一緒に電動カートを押してもらおうと呼んだということだった。私たちがつけていることは気付かれてたのだ。まあ、気づくわな。
電動カートは100キロほどある。電池の切れたカートはとにかく重い。それを三人がかりで1キロ近く離れたおばあさんの家まで押していった。
「やっぱり私も降りて歩いていくわ」
「いえ、足が、おばあさん、足が、悪いので、載っててください」
「これくらい、大丈夫、なので」
「そう!みんなで力を合わせればできないことなんてない!友情パワー!」
友情パワーだか何だか知らないが、汗でだらだらになりながらおばあさんの家まで電動カートを持っていくことに成功した。最後、おばあさんの家の前が坂になっていて、気が遠くなりそうだったが、何とか運びきった。もう、全員汗でびしょびしょで、もうこれ以上歩けないってくらい疲れ切ってた。運びきった後、雪待遥子が「やったね」と言って微笑むので、私も美香も、「やったやった」って言って笑い返した。遥子のピンク色の髪が、汗で額に張り付いていた。
「ありがとな、麦茶でものんでけ」
とおばあさんがいうので、上がって麦茶をごちそうになった。汗をかいてからからになった体に麦茶が染みる。縁側で扇風機を浴びながら三人で並んで座っていた。
「そういえば、なんでおばあさんに声掛けたの?」
と美香が遥子に聞く。すると。
「困ってる人がいたら助けるのは当たり前でしょう?」
ああ、なんだ。こいつも同じ人間じゃないか。なんか面白くなって、ちょっと笑った。
「なんで私たちに声をかけたの?」
「だって友達でしょ?」
「あー、そうか、雪待さん的にはそうなんだね」
「それでね、この子も友達なんだ」
そういって、手に抱えた人形をこちらに向ける。
「名前はネイ」
「わたしの秘密、教えるね?」
ぬいぐるみを見る。茶色いクマかネズミに似たぬいぐるみ。クマだとするとちょっと耳が大きい。額のところに小さな角が生えていて、架空の生き物がモデルになっているっぽい。全身にふわふわの毛が植えられていて継ぎ目が見当たらないところをみると、多分それなりに値段がするんだと思う。黒く深い瞳、まるで本物の目のようだ。
「ねえ。よく見て。この子の名前はネイ」
美香と二人、ぬいぐるみの目をのぞき込む。
「ネイ。ネイ。ネイ」
雪待さんが人形の名前を繰り返す。人形の目が光ったような気がした。何かがグラリ、と揺れたような、不思議な感覚。雪待さんがぬいぐるみの背中のチャックを開ける。ぐにゃ、と目の前の景色が歪む。
◇ ◇ ◇
「私たちは友達、だよね。ね、一緒にUFO探すの手伝って」
そうだ。私たちは友達だもんね、友達が困ってたら助けるのは当たり前だ。
「いいよ、一緒にUFOを探そう」
私と美香はそういって、遥子のUFO探しを手伝うことにしたのだった。
*○5,ステッキ×ロボット×天狗川
【泉野耕治】
音羽に、好きな人がいると相談を受けたとき、なんだよそれと思った。
なぜって俺も好きだったからだ。ずっと、ずっと前から。でもいうタイミングがなくて、そのまま時間が流れて、結局言い出せないまま、こんな状態になってしまっていた。それでも少しずつ距離を縮めてずっと友達でいれればいい、そう思っていた。そう思っていたのに。
「私、一ツ橋くんのことが、好きで、もう、どうしようもない」
なんで俺にそんな話をするのかねえ。恋敵じゃねえの。でも、音羽が顔をぐちゃぐちゃにして、やっと紡いだ自分自身の言葉だ。幼馴染として音羽をずっと小さいころから見てきた。自分の欲しいものを欲しいっていえない音羽が、やっと言えた自分の欲しいものだ。これは、もう、応援するしかないじゃねえか。応援するぞ。音羽。頑張れ。その恋が叶うように俺は何でもしてやる。
そして、誰にも秘密の俺の恋は、秘密のまま終わるのだ。
◇ ◇ ◇
「あんた、何考えてんの?ぶっ殺すよ」
俺の隣で京子が言う。殺気を隠さずに。ちょっと答えを間違うと本気で殺されそうだ。
今俺と京子は学校帰りにあるバス停のベンチに座っている。バス停の隣には俺と京子の自転車がそれぞれ立てかけてある。俺のママチャリと違って、京子の自転車には籠がついていない。かっこいいかも知んないけど日常生活には不便だろ、って思う。木造で屋根付きのバス停は年代物で、あちこちの板がささくれだってしまっている。そんなバス停だが夏の日差しをよけるのには十分に役に立つ。昨日の予定では今日は俺たちが雪待をつける日だったが、それをせずに、くたびれた座布団に腰かけ吹き出す汗をそのままにして水筒のお茶を飲みこうして二人座っている。京子のぶっ殺すよ、にどう答えていいのかわからず、沈黙が続いていた。
「……宇宙人の正体を突き止め―」
ガシッと、肩に強烈な痛み。
最後まで言い終わる前に京子の右ストレートが思いっきり左肩に入った。
「お前、舐めてんのか!なんで一ツ橋に構うの!しかも音羽と近づけるようなことして!音羽だって迷惑してるよ!」
ポリポリと頭を搔く。どこから話したらいいものか、そしてどこまで話していいものか悩む。京子が怒る理由もわかる。一ツ橋の父親が今回の選挙で音羽のおじさんの敵になってるっていうこと。俺は親は親、子供は子供だって思うけれども、そう思わない人も多いし、京子がそうだからっていってもそれを責められない。京子はただ真面目なのだ。京子はおじさんの会社のことを思って京子は一ツ橋と敵対してる。そして音羽のこと。音羽の恋は秘密の恋だ。誰にも言わずにずっと一人で抱えていた恋だ。その気持ちはすげーよくわかる。それを俺にだけ打ち明けてくれた。これを京子に言ったら、もしかしたら協力してくれるかもしれない。でも、その俺だけに話してくれた秘密を俺が人に話していいものか。いやよくない。それに、京子に話して、京子がその恋を否定したら?そしてそれを誰かに話したら?音羽には味方がいなくなってしまうし、二人は引き離されて全てが終わってしまう。
だから、このことは全部俺の中にしまい込まないといけない。しまい込んだ上で、なんとかしないといけない。せめて、少しの時間でも一緒にいられるように。そして、音羽が一ツ橋の心を確かめられるまで。
「…なんかさー。やじゃん。大人の都合でさ、自分たちの行動とか考え方まで縛られるの。だからさ、一ツ橋と仲良くしたいんだよ。反抗期ってやつ?」
「そんな反抗期なら別のところでやりなさいよ、バイク盗むとか」
「犯罪だろ。盗まれた人のこと考えたらとてもできねえよ」
「なんでそこだけ優等生なのよ」
「おれ優等生だから。ほら、みんなで仲良くってもの優等生だろ」
「……あんたが一ツ橋と仲良くすんのはもう別にいいけど、音羽巻き込んだら許さないから」
噂をすればだ。遠くから自転車をこいでくる一ツ橋の影が見えた。
「へいへい。それじゃ、宇宙人の観察に行きますか」
そういって俺はのっそりと立ち上がる。
◇ ◇ ◇
今日の放課後。教室にて。井村と千草の報告。遥子はもう教室を出て行った後だった。
「変な奴だけど、そんな悪い奴じゃないと思うよ」
「私も。おかしいのは頭と格好だけで、そんなに変な子じゃないと思う。いい子だよ、実際」
うん、頭と格好が変だったら変ですよね。
京子が千草に聞く。
「その子自身は百歩譲って変な子じゃないとして。じゃあ、変な行動、怪しい行動はしてなかった?」
「してない」
「なんか、光る棒をあちこちに刺して回ってるって聞いたんだけど?それ何なの?」
「えっとあの……自由研究、だって、夏休みの」
「えっと、地質調査とかなんとか」
「………」
沈黙が流れる。
いや、もうそれ嘘だろう。絶対に。そして、もっとおかしいのが、それに対しておかしいと思わない千草と井村さんだ。しかもこの後、彼女たちの口から予想外の言葉が発せられることになる。
「それでね、私たち、遥子の自由研究?を手伝おうと思って」
「今日の放課後、一緒に探しに行こうって約束してるんだ」
「だから、今日は私たち先に帰るね」
唖然とする俺らを置いて、千草と井村は鞄を持って教室を出ていってしまった。取り残された俺たち4人。とっさに状況を判断することができず、二人をそのまま行かせてしまった。
「これ、宇宙人に洗脳されたってやつじゃない…?」
音羽が心配そうに真顔で京子に話しかける。音羽の顔にはうっすらと恐怖が浮かんでいる。
昨日までの俺だったらそんなことあるわけないと笑い飛ばすところだが、こんなふうに井村と美香がおかしくなってしまったのを見た後では全く笑えない。雪待遥子は面白半分で関わっていい相手ではなかったのかもしれない。どうする、どうすればいい?
「2つの可能性があると思うんだけど」
俺がどうすればいいのかわからないまま悩んでいると、一ツ橋が口を開いた。
「1つは、本当に雪待さんと、井村さん緒方さんが友達になったっていうパターン」
「そんなわけあるわけないでしょ、あの様子をみて。おかしいじゃん」
と京子。うん、俺もそう思う。
「じゃあ、本当に洗脳されたパターンだけれども、洗脳されているとしてどうやって二人を助ける方法を考えてみよう。洗脳をされて操られてると仮定する。普通、洗脳された場合は無理やり対象から引き離し隔離して洗脳が溶けるまで待つか、脱洗脳っていう処置をほどこなさないといけないんだけど。ただこの場合、彼女が宇宙人だと仮定して、そして宇宙の不思議な技術を使って洗脳をしてるとしたら一般的な方法で洗脳が溶けるかどうかわからない」
「え?じゃあ、千草ずっとあのままだっていうの?」
京子が一ツ橋につかみかかる、おちつけ、といって引き離す。気持ちは分かるけど、一ツ橋は何も悪くない。
「それで、考えたんだけど、直す方法は多分あるよ」
「どうやって?」
「もし、宇宙の不思議な道具を使って井村さんや緒方さんを操っているなら、その操ってる道具を手に入れることができれば、その道具を使って元の状態に戻すことができると思う」
…感心した。このどうしようもない状態で、そういう発想が出てくる一ツ橋は本当にすごい奴なのかもしれない。頭の出来がちょっと違うんだろうな。
「本当に?ほんとにできるの?」
「わかんない、もしかしたら解除する機能はないのかもしれない」
「はっきりしなさいよ!」
京子が食い下がる。
「でも、今、他に考えられる方法はないんでしょ?」
と、音羽。
「警察とかにいうとか…」
「多分信じてもらえねーぜ、一ツ橋の案が一番現実的だと俺は思う」
「でもどうやってそれ、あいつから手に入れるの?友達をおかしくした道具を渡してください、って本人に頼むとか?馬鹿じゃないの?」
「あー、もう、わかんねえ!一ツ橋!なんかいいアイデア思いつかねえか?」
「……おとりを使うっていうのは、どうかな」
「おとり?」
「おとりが雪待遥子に一緒に協力してUFOを探すふりをする。それ以外の人間は気付かれないように周りで待機している。そして、おとりが洗脳するための道具で洗脳されそうになった時にみんなで飛び出していって、その道具を確保する、というの何だけど」
「なるほどな」
「で、問題は誰がおとりになって、そして、雪待遥子がどこにいるかっていうことなんだけど……」
プルルルル、と音がした、音の方に目をやると音羽が誰かに電話をかけている所だった。呼び出し音が止まる。相手が電話に出たようだった。
「もしもし、美香ちゃん?うん、私。美香ちゃん今どこにいるの?そっか。山手の方の林の中で調査をしてるんだね。大変だね。うん。うん。それでね、ちょっと思ったんだけど、私も一緒にその自由研究手伝おうかな、って思って。美香ちゃんが頑張ってるから、私も。うん、友達だから。うん。わかった。そっか、今日はもう遅くなっちゃうもんね。じゃあ、明日。うん、土曜日だもんね。天狗側の上流の方だね。それじゃ、朝の9時に、うん」
電話を終えた音羽は俺たちの方を振り返ってこういった。
「私が。私がそのおとりになるよ」
京子がつかみかかりそうな勢いで音羽に言う。
「何言ってんの?こんな危ないこと!もしかしたら音羽も洗脳されちゃうかもしれないんだよ!それだけじゃなくって宇宙人に連れ去られちゃうかも、連れ去られたらもう帰ってこれないんだよ!解剖だってされるかもしれないし、止めなよ!」
「でも、このままだったら美香ちゃんと緒方さんがそうなっちゃうかもしれないんだよ?それに、この中だったら、一番おとり役に向いてるのは私だよ?小さいし、力もないから相手も油断するだろうし。それに周りで待機して飛び出す役は同じ理由で私には向いてないと思う」
京子が何とか音羽を説得しようとするが、音羽は頑として聞き入れない。こうなった時の音羽は絶対に引かない。俺はよく知ってる。結局京子が折れた。ただしもし危ないことがあったら、道具が見つからなくても飛び出していく、という条件付きで。
◇ ◇ ◇
「遅い!」
京子が一ツ橋に怒鳴り散らす。
「でも、時間通りだと思ったんだけど」
「30分前行動!」
そう、俺と京子が早く来ていたのは、一ツ橋と音羽のことについて京子が話したいといったからだ。でも俺が話題をのらりくらりとかわして、それで京子は苛立っていた。そしてその苛立ちを一ツ橋にぶつけているのだった。すまん、一ツ橋。俺が悪い。
「取り合えず行こうぜ、天狗川の上流結構距離あるけど二人とも大丈夫か?」
「まあ、なんとかなるでしょ」
「僕も結構町の中自転車で距離移動してるから大丈夫だと思うよ」
そういって俺ら3人は自転車で天狗川の上流を目指して走った。
天狗川はこの町の南西から北に向けて流れる小さな川だ。俺は行ったことはないが山の中から湧き出る水が源流になっていて上流の方はかなりきれいな水が流れているらしい。地面を削り取りながら谷を流れていき、いくつか滝になってるところもあるという。
自転車を漕ぎながら天狗川について話す。
「あのさ、天狗川の上流に行くって言ってたけど、それってさ、宇宙人の道具とかそういうのよりも、その場所自身が危なかったりしない?」
「だよなあ」
「道具を出したり、そんなことをする前に、強引に4人を止めることも考えないとね」
「4人?」
「雪待さんも併せて」
「一ツ橋、宇宙人も数に入れるのかよ」
「ああ、そっか。特に考えたこともなかった」
一ツ橋のそういうところ好きだぜ。
一時間近く自転車を漕いでようやく天狗川が山に入っていく場所についた。そのころにはみんな汗だくになっていた。軽口をたたいていた京子は肩で息をしている。みんなそれぞれ水筒のお茶で喉を潤す。天狗川にそう山道、その入り口の脇には大きな石碑があった。表面に文字が掘ってあるがずいぶん古くて読み取れない。雪待たちが来たときに気づかれないように、自転車を石碑の後ろの藪の中に隠す。しばらく待っていると、雪待たち4人が自転車でやってきた。俺たち3人は石碑の陰に身を隠す。
雪待は真赤な自転車に乗っていた。前の籠にはいつも雪待が抱えているぬいぐるみと、そして美香たちが言っていた謎の棒が入っている。美香がいうにはあの先端が光るらしい。美香も井村も音羽もゼイゼイと息を切らせているのに宇宙人は結構平気な顔をしていて、宇宙人は体力も違うのかと思ったが、自転車をよく見ると電動自転車だった。ずりい。
雪待が前の籠からぬいぐるみと棒を取り出して「さあいこう!」と声をかける。続けて美香と井村が、「おーっ!」と声を上げる。少し遅れて、音羽が小さい声で「おー…」と続ける。美香と井村はなんだかすごい楽しそうだ。これも洗脳されてるからなんだろうか。
雪待たち4人が天狗川に沿って作られた登山道を登っていく。登山道は天狗川のそばを離れたり近づいたり、橋を渡ったりしながら源流近くまで続いている。一本道である上、曲がりくねっているから身を隠す場所もあるということで、気づかれれないように後をつけるのは簡単だった。しかも、4人は、時々立ち止まっては地面に棒を指して、棒の先端の光の色を確認しているようだったので、登山のペースはとてもゆっくりだった。
「あの4人、一体何話してるんだろう。わからないかな」
「わかるよ」
一ツ橋の問いに京子がこともなげに答える。
そして京子はポケットからスマホを取り出し、通話をオンにした。呼び出し音。呼び出し音が終わり、相手が通話に出る。
「もしもし音羽?そっちの話してることが知りたいから、この通話オンにしたままポケットにしまって。それじゃ、うん、よろしく」
そして、音羽はスマホをスピーカーホンの状態にする。
「これでよし」
「頭いい…」
「あんまり大きな声出さないでよ。こっちの声もあっちに伝わってるんだから」
俺ら3人、声を殺して向こう側の通話に聞き耳を立てる。
◇ ◇ ◇
雪待『うーん、どうもここも違うなあ』
美香『それ、真上に来たら色が変わるんだよね』
雪待『うん、今緑色でしょ?これは、半径5キロの距離で緑色になるの。だからこの近く、この町にあるのは間違いないんだけど』
千草『この町っていっても広いよ?この町中に突き刺して歩くつもり?』
雪待『歩くつもりだったんだけど、今までもそうしてきたし、この棒、探し物との距離が半径50キロで青。半径20キロで黄、半径5キロで緑。そうやってあちこちに棒をさして、そうやって距離をつめてこの町までたどり着いたんだ。でも次の色の赤になるのは10メートル以内なんだよね』
千草『10メートルごとに棒を指して回るの?気の遠くなるような話ね』
雪待『だから、誰かどこかにUFOが落ちたっていう話を知ってないかなーって思って聞いてたんだけど』
美香『聞いたこともないし、UFO落ちたの1000年前なんでしょ?そんなの誰も覚えてないよ』
音羽『ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、今してるのって自由研究の地質調査じゃないの?UFOってなに?』
千草『え?あれ?美香、話してないの?』
美香『私は、千草が話してると思って、で、それをわかって音羽も手伝ってくれてるんだと思ってた』
千草『しまった秘密だったのに』
音羽『あのっ!雪待、さんは、そうやってUFOを探してるってことは、宇宙人なんですか?』
雪待『ちがうよ』
音羽『え、あ、あの、じゃあ、なんで、UFOを探してるんですか?あと、本当にUFOってあるんですか?』
雪待『あるよ』
音羽『じゃ、じゃあ、宇宙人だっているんじゃないんですか?』
雪待『いるよ』
音羽『でも、雪待さんは宇宙人じゃないんですよね?』
雪待『ないよ』
千草『ねえ、こうして話しててもキリがないから、アレ、やっちゃいなよ』
雪待『そうだね、ねえ、この子みて』
雪待『この子の名前は、ネイ』
雪待『ネイ、ネイ……』
◇ ◇ ◇
そういって、雪待が音羽に向かってぬいぐるみを向ける。ヤバイ、多分あれが千草たちを洗脳した道具だ。どうする?と俺が逡巡してた一瞬に俺の後ろから一つの陰が飛び出した。
「国府田さん!」
一ツ橋だ。続けて京子も飛び出す。
「音羽!」
二人の後を追って俺も飛び出す。4人がいるところまでは20メートルくらい距離がある。洗脳にはどれくらいの時間がかかるんだろう。間に合うか?と思った俺の目の前に、さらに信じられない光景が広がった。
「ちょっと!これ!光ってる!すごい光ってるよ!真赤!これどうなってんの?遥子!」
変な棒を地面に突き刺していた井村が棒を抱えたまま絶叫していた。手に持っている棒の先端の石の部分から赤い光が溢れてあたりを照らしている。
「ねえ、これ、もしかしてあたり?」
井村が雪待に向かって叫ぶ。
「えっとね、えっと」
雪待がぬいぐるみの背中を見つめながらいう。
「あたりだけどハズレみたい。なんか別のものが出てくるよ!」
4人のいる位置までたどり着いた。音羽を3人から引き離して京子に預ける。ズシン、と一瞬地面が揺れた。地震?でも今はそんなことを考えている場合じゃない。
「泉野君!あのぬいぐるみ!」
「わかってる!」
雪待が手に持っているぬいぐるみ。アレが多分二人をおかしくした洗脳装置だ。雪待が胸に抱きしめているそれを強引に奪い取ろうとしたその時、ズンッ、ドドッと、さっきの地震の数倍の揺れが俺たちを襲った。グラグラと足元が揺れて立っていられない。地面にしがみつくようにして倒れ込む。
「なによっ!これ」
俺の後ろで京子が悲鳴を上げる。同じように地面にしがみついている。京子の方へ手を伸ばそうとしたその時、京子と俺の間の地面に大きくひびが入った。京子の足元の地面が崩れ、京子が崖下に落ちていく。慌てて手を伸ばそうとしたが、俺の足元の地面も同じように崩れる。ふわりと体が浮く感覚ような感覚。でも実際はすごい勢いで自由落下していってるのだった。あ、死んだな。こんな感じで人生って終わるのか。そう思った時。
「ネイ!ネイ!ネイ!」
雪待が胸の前にかざしたぬいぐるみ。そのぬいぐるみをもって、雪待がネイ!と叫ぶと、そのぬいぐるみの鼻からシャボン玉のような透明な玉が何個も飛び出した。その玉はぐんぐんと膨らんみながらすごいスピードで俺たちの方へ飛んできて、ふわり、と俺たちの体を包み込んだ。その瞬間、さっきまで感じていた落下感がなくなった。ふわりふわりとそのシャボンに包まれて俺は空中に浮かんでいた。周りを見回すと、俺以外のみんなも同じようにそのシャボンにつつまれているようだった。人数を数える、全員無事だ。
さっきの崖崩れが起こった場所を見る。相変わらず崖崩れが続いて、ゴロゴロと大きい岩が沢の方へ落ちていっている。その奥、岩の割れ目の奥に、何か赤いものが見えた。
ドン!とひときわ大きな地響きがして、広い範囲で崖の法面が滑落する。そして、同時にその赤い色の正体が分かった。この場所に似つかわしくない金属的な表面、円盤型をした中心から横に二本、下に二本太い突起のようなものが突き出している。全長が10メートルくらいある、それは、人型からは少し外れているが、紛れもないロボットだった。
円盤型の中心にあるライトのような部分が緑色に光る。コーン、コーン、とフライパンを叩くような駆動音を出しながらロボットが動き出した。緑色のライトが俺たちを探っている。まずい、これ、俺たち狙われてるんじゃ?ロボットはゆっくりと歩きだし、その手を持ち上げて、一ツ橋の入っているシャボン玉を叩き落そうとした。
「一ツ橋!」
俺が叫ぶが、それで何かができるわけでもなかった。
「ネイ!ネイ!ネイ!」
その時、雪待の声が響いた。雪待は崖の上に立って、ぬいぐるみの背中のチャックから、何かを取り出しているようだった。大きなハンコのような形をしたそれに、何か文字のようなものを書いて、そして自分の手の甲に思いっきり押し当てた。
「30!」
そう叫んで、雪待が崖の上から飛び降りる。赤いロボットの手にしがみついて、そして体を回転させると、そのままの勢いでなんと、
<傍点>空中で、赤いロボットを投げ飛ばした。 </傍点>
「25!24!」
雪待が数字を叫ぶ、どうやら何かをカウントダウンしているようだった。ロボットを投げ飛ばした雪待は、そのまま赤いロボットの腕をつかみ、2度、3度と、地面に、崖の側面に投げ飛ばす。合気道の達人の技をアニメにしたみたいな、そんな無茶苦茶な動きだった。
「2!1!おわり!」
強かに体を打ち付けられ、沢に転がったロボットから、コーンコーンという起動音が消えた、同時に緑色のライトも消える。どうやら、壊れたっぽい。雪待がなんかよくわかんない技でやってしまった。あいつ、やっぱり宇宙人だ。それもサイヤ人とかじゃねーの?
雪待が沢の小石がたまってる平坦なところにたって、得意そうに腰に手を当てている。俺たちのシャボン玉もゆっくりとそっちへ流されるように降りていき、地面に降り立ったところで、割れた。
「ちょっと?説明して欲しいんですけど?」
京子が雪待に向かって声を荒げる。ああいうことがあった後でよくそんな態度をとれるな。鉄の心臓か?相手はサイヤ人だぞ?俺ら戦闘力5だぞ?ゴミだぞ?
「えっと、さっきのシャボン玉みたいなのは、バルーン宇宙服っていって、宇宙空間でも耐えらえるし、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないようになっててね」
「そうじゃなくて」
「これは、達人スタンプっていうの。これに文字を書いて押すと30秒間だけ、武術の達人にになれるの」
「そうじゃなくて!いったいこれ何なの?あんたいったい何しようとしてんの?この赤いロボットはなんなの?あんたいったい何者なの?宇宙人なの?」
「ちがうよ」
そういって、雪待はぬいぐるみを目の前に掲げる。
「宇宙人は、この子」
「ネイ、ネイ、ネイ」
「出ておいで」
ぬいぐるみの目が光ったような気がした。ぐらり、と何かが揺れるような感覚。ぬいぐるみを中心に、空間が歪んでいるのだと、なんとなく察せられた。そして、ぬいぐるみの背中のチャックの中から、ズルリ、と手足のようなものがはい出てくる。それは人間の形をしていた。全身がぬいぐるみから出終わった後、どちゃ、と地面に転がり落ち、そして、立ち上がった。身長は150センチくらい。浅黒い肌。手足の長さのバランスは俺たちと同じくらい。顔はホリが深いが、外国人だといえば納得できるくらいの容姿だ。ただ、決定的に違うのは、両側の額のさらに外側に、黒い、二本の角のようなものが生えていることだった。
「どうも、初めまして。ネイといいます。宇宙人です」
そして、流暢な日本語でしゃべり出した。
「宇宙に帰るために、UFOを探しています。皆さんには、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と頭を下げた。
「いいよ、いいよ!みんな友達だから気にしないで!」
「って遥子!あんたは気にしなよ!」
と雪待(とそれに突っ込む千草)。おい、宇宙人の方が礼儀正しいぞ。
◇ ◇ ◇
「え?耕治、あんた私らが洗脳された、ってそういう風に思ってたの?」
「だって急にあんな風になればそう思うだろ」
「私たち、遥子に、ネイのこと打ち明けられて、なんか、それまでに、ちょっと遥子と仲良くなってたから、なんていうか、勢い?みたいな感じで一緒にUFO探すの手伝おうと思って」
「なんで私たちに秘密にしてたのよ」
「…秘密にするでしょ、こういうこと、普通」
「まあ、それはわかるかもしれない」
「音羽!ここはしっかり怒るところ!」
雪待を中心にして、喧々諤々としている。みんな感情的になって話しているので、話がちっとも進まないでいる。言葉の端々をつないで、状況を理解していくと、以下のようなことらしい。
井村と千草が雪待を尾行していた日、ふとした出来事から3人は仲良くなった。そして、雪待は自分の秘密を打ち明けた。ネイという宇宙人といること。ネイは雪待が持っているぬいぐるみの中に隠れていたこと。そして、ネイが宇宙に帰るためのUFOを探していること。それを聞いた千草と井村は、雪待を手伝って、一緒にUFOを探すことにした。それを俺たちに秘密にしていたのは、とてもこういうことを信じてもらえないと思ったのと、こういうこと(宇宙人がいるということ)は秘密にした方がいいと思ったからということだった。
そして、その不自然な態度を、俺たちは勝手に彼女たちが洗脳されたと思い込んでしまったというわけだ。なんだ解きほぐせばただの誤解だった。
ともあれ。
こうやって、俺たちのUFOをめぐる怒涛の7日間は幕を開けたのだった。
*6,旧家×喧騒×軋轢
【一ツ橋学】
崖の下での言い争いが一通り落ち着いた後。
泉野くんの提案でひとまずここから離れることにした。ここにいていつまたがけ崩れが起きるかわからないから危ない、というのと、もし大人たちに出会ったら説明が大変だということ理由で。
ネイがぬいぐるみの中からライトを取り出して巨大ロボットを照らすと、ゆっくりとロボットが地面に沈んでいった。不思議な道具を宇宙人は持っている。
泉野くんは金髪を撫で上げながら、藤谷さんに「これまた親父さん大忙しだなあ」とつぶやいている。それをめんどくさそうにあしらう藤谷さん。藤谷さんの家はこの町で一番大きな建設会社をやっていて町長とも仲がいい。なので、僕のことを嫌っているようだった。町長選挙に僕の父が立候補したからだ。僕と父は違う人間だが、この町ではそうではないらしい。
山を下りる。時計を見るとまだ昼前だ。結構な大冒険だったと思ったのに思ったより時間が経ってない。ああ、これなら間に合いそうだ。
「さて、これからどうする?カラオケでも行くか?親睦会しよーぜ」
「いや、アタシ今日はちょっと疲れた。ピンク髪、あんたにはまだ色々聞きたいことあるけど明日にする。逃げないでしょ?」
「誰にも言わないって約束してくれるなら」
「こんな話したらアタシが頭おかしいって思われるよ」
そういって、藤谷さんはゆっくりと自転車を漕いで去っていった。
「私と美香は遥子に付き合ってもう少し探してみる」
「つーことは今日はもう解散ってことか。一ツ橋はこれから暇だったりする?」
「いや、僕も用があって」
「何?」
「郷土史研究会の活動…になるのかな。僕一人だけど、下郷の津村のお爺ちゃんのところにこの町の話を聞きに行く約束をしてるんだ」
「話を聞くって、前聞いたなんか聞き取れねえしゃべってたやつ?なんか面白そうじゃん、なあ、俺もいっていい?」
「え…?泉野くん?……別に構わないけど……特に面白くないと思うよ?」
「行ってみねえとわっかんないじゃん、俺ちょっとそういうのに興味あってさ、学くんとも仲良くなってみたいんだよ。さっきみたいなことがあってさ、人っていつ死ぬかわかんないじゃん、そういうこと考えたらできる限りみんなと仲良くしといた方がいいと思ってさ」
……なんか怪しい。強引に肩に腕を回してくる。なんかこういうこと始めてだからうまく距離感がつかめないな。
ぐっと後ろに首を伸ばし、国府田さんに何かひそひそと話してるようだった。
そして、経緯はともかく、僕は泉野くんと下郷のお爺さんの家まで自転車で行くことになった。一人残された国府田さんが、なぜか不安そうな顔で僕らを見てた。
◇ ◇ ◇
「どうせだったら国府田さんを誘ってもよかったね」
自転車を漕ぎながら泉野くんに話しかける。さっきの不安そうな顔がどうにも気になったのだ。
先日、夕方の図書館で国府田さんと会った。その時の国府田さんの様子がすごく変で、そしてそれから、どうにも国府田さんのことが気になってしまう。
「まあ、音羽も忙しいしなあ、仕方ねえよ。まあ男ふたりだし、男同士でしかできない話しようぜ」
「例えば?」
「クラスの付き合うなら誰女子ランキングとかさ、あと、エロ本どこに描くしてんのとかさ、入手経路、俺はさ、先輩から代々引き継いだ秘蔵のがあって。泉野は?」
「……ネットで……」
「照れんなよ!ていうか学くんもそういうの興味あんのな、そういうの全然ないタイプだと思ってた。胸派?尻派?」
「お尻の方が……」
「そっかあ…背は小さい方がいい?大きい方が?」
「ちっさい方かな……」
「そっかあ……」
こういう話をするのは照れ臭いけれども、答えないのも変かな、と思い、正直に話してしまう。それにしても何かこう、調査するような質問の仕方だな、って思ってしまうのは気のせいだろうか。
「……あのさあ、好きな奴っている?」
「……いないかなあ」
「じゃあさ、気になってる奴とか、なんかつい考えちまうやつとか」
「………いるかもしれない」
「誰?」
「国府田さん」
ガシャーーーーーーーーーーン!ドダーーーーーン!バーン!
僕がそう答えたその瞬間、物凄い音を立てて泉野くんが自転車から落車した。
「だ、大丈夫?」
「へ、平気平気、ちょっと驚いたっていうか、石につまずいた、そう、大丈夫」
「血が出てる」
「大丈夫大丈夫オーケー問題ない」
「いやでも」
すりむいて血は出てるけれども、ねん挫とか骨折は無いようだった。
「さ、行こうぜ、下郷のじいさんところ行くんだろ?」
泉野くんが自転車に乗る。漕ぎ始める。
漕ぎだした自転車が自然に左側に曲がっていく。泉野くんが大丈夫でも自転車は大ダメージのようだった。
◇ ◇ ◇
下郷の集落は天狗川と他の小さな川とが交わる場所のほど近くにある。山すそから少し入った場所にありそこに行くにはゆったりとした坂が延々と続いている。他の集落も大体山のすそにあったり、または山間部にあったりで、この町に来て郷土研究をするようになってから、ずいぶん足腰が鍛えられた気がする。
「おまえ、はあ、はあ、結構、はあ、体力、あるのな、俺はもう、はあ、限界、だぁ」
そりゃあその自転車じゃね、といいたいのをこらえて、あともう少しだから、と言って泉野くんを励ます。確かに山と坂道が多いこの町じゃ、車がないと移動するのはすごく大変だ。
泉野くんを励ましつつ少しづつ自転車を転がして、とうとう下郷の集落についた。集落といっても、茅葺き屋根が寄り集まってるというようなことはなく、建売でも見るような普通の住宅がそれなりの距離を置いて立ち並んでいる。ただ、今日話を聞かせてもらう下郷の津村さんの家は古い茅葺きの家に近代的な住宅を横から無理やり差し込んだような家の作りになっている。家の敷地も広く由緒正しい家なのだとわかる。
正面には仰々しい門があった。ピンポンを押してしばらくすると女の人の声で返答がある。正面の隣の小さい門からくぐって裏手の勝手口の方へ回って欲しい。ということだった。言われるとおりに隣の小さい門から家に入る。正面玄関と思われる扉と通り抜けて、教室が1つくらい入りそうな大きな農具置き場と屋敷の間をすり抜けて勝手口を探す。ふと、どこからかダシをとるいい匂いが流れてくる。その匂いに釣られるようにいくと、勝手口があった。
「ごめんね~今手が離せなくて」
年のころ 50代くらいの、少しやせ型の女の人がエプロンをして夕食の準備をしている所だった。聞くと、今日話を聞く津村のお爺さんの息子の嫁にあたるらしい。
「おじいちゃんずっと暇してるから、こういう風に遊びに来てくれると本当に嬉しいわあ」
「おじいちゃん、おじいちゃあああん!」
そういうと奥から津村さんがビーズ細工ののれんをくぐって顔を出す。そして満面の笑みで僕らを歓迎してくれた。
「今日は、この町の昔の話を聞かせて頂けるということで、本当にありがとうございます」
「よく来たね、まあ、ここまで来るの大変だったろう。ほら、サイダーでも飲みなさいな、エミちゃん、サイダー」
「はいはい」
そういって、エミさんが冷蔵庫を開いて僕らにサイダーを入れてくれる。暑い中、自転車を漕いで漕いできた僕らに、サイダーはとても滲みた。
◇ ◇ ◇
応接室でお爺さんは僕らに昔の話をしてくれた。
曰く。
「戦争中は空襲で逃げてくる人たちが何人もいて、着物と食料を交換した。ガリガリに痩せて今にも死にそうだというのに、これだけは交換できないという着物があって、それは母の形見だという~~」
曰く。
「戦争が終わったら今度は材木不足がやってきたので、その機会に乗じてたくさんの木材を売って儲けた~」
曰く。
「ここら一体桑畑で、明治時代は奉公人をいっぱい雇って養蚕をしていたが、それも昭和に入ると衰えてしまったらしい~」
曰く。
「これは下郷に出る妖怪の話、山の中で枝打ちをしていると~」
などなど。
話に興が乗ると方言が強くなる。聞き取れない部分が多くて、録音したデータを後で聞きながら少しずつ解読していく。ずっとそういう作業をしているとある程度聞き取れるようになってきた。知らない話を聞くのは楽しい。どんな場所にも人がいて、その記憶が残っているというのが嬉しい。そしてその記憶が失われてしまうのが悲しい。
だから、僕はこういう風にこの町に生きた人の話を聞いて記録に残していく。
今、僕らがこうしていることも、いつか誰かが書き留めてくれるだろうか。それとも、今こうしてる思いと一緒に失われてしまうのだろうか。
ふと、隣をみると泉野くんが完全に舟を漕いでいた。
「そっちの子はちょっと眠そうだな。じゃあ、ちょっと面白いものをみせてあげよう」
そんな泉野くんをみて、津村さんが何か思いついたみたいだった。ついてきなさい、と言われて廊下を何回か曲がっていった先はこの家の蔵だった。蔵の扉を開いて中に入ると土の匂いがする。
「これだこれだ」
物々しい箱を取り出してきた。ゆっくりとその包みを開いていく。古びた細長い1メートルくらいの木箱が出てきた。
「まあ、一応、うちの家宝なんだが」
と前置きをして。
「君たちは、この町につたわる天狗伝説は知ってるかな?天狗神楽にもなっている、この町に天狗が落りてきて、娘を恋をしたという」
「はあ」
「そしてこの町には天狗にまつわるものが多い天狗のまな板とか天狗川とかな。で、これもそれの一つだ。まあ、見なさい」
津村さん、ニヤニヤと笑いながら木箱を開く。木箱の中から出てきたのは、1メートルくらいのごつごつと突起のついた金属の黒光りする棒だった。
「なんですか?これ」
「天狗の珍宝。まあ、つまり、天狗のチンポだな。立派だよなあ、こりゃあ娘さんも大変だったろうなあ」
……下ネタだった。
◇ ◇ ◇
「今日は貴重なお話ありがとうございました」
「ううぉ、えと、ありがとうございました!」
「うん、また来なさいね」
お爺さんの話を聞き終えた後、ちょっと休んでいきなさいな、と言われて、冷たい麦茶を出されて、縁側の部屋へ案内された。午後の風が気持ちいい。
「お前、いつもこんなことやってんのか。すげえな」
「面白いよ。でも、泉野くん、途中で寝てたよね」
「いや、頑張ってたんだけど、全然聞き取れなくて。すげえな方言。わかんのか?」
「ずっとこういうことしてると、ある程度」
麦茶が空になったころ、おばちゃんがお代わりを持ってきてくれた。ちょっとした茶菓子と一緒に。
「今日はありがとうね。おじいちゃんあまり話相手いないから、来てくれて嬉しかったみたい」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「また来て頂戴ね」
「また来ます。お姉さんの話も聞きたいですし」
「ありがとう、あと、お姉さんだなんてもう!」
泉野くんが『やってやがる…』みたいな目でこっちを見てる。社交社交。僕はこんな風にあちこちの家を回っているんだよ?
ふと、玄関の方が騒がしくなっているのに気が付いた。
「なんでですか?理由を教えてくださいよ、国府田じゃなくて一ツ橋に投票する理由を!」
「さっきもいったとおり、下郷は一ツ橋に投票をする。その理由は、学くんがおるからや。彼が私たちの話を聞きに来てくれる。この村の記憶を残そうとしてくれている。彼は、私たちの村の出身ではないかもしれないが、この村を愛してくれていると私は感じる。彼の父親も、この町の出身ではないからといって、拒絶するのは間違っていると思う」
なんだろう?僕の名前が出ているがあまり良くないことのような気がする。
「藤谷の親父さんだ」
泉野くんがいう。
「なに?」
「選挙で、ここの集落がお前の親父に投票するとか言ってもめてる」
縁側にあったサンダルで玄関の脇へ向かう。そっと、建物の陰から玄関の様子を伺う。今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな勢いだ。
「一ツ橋、帰るぞ」
「帰るって、あんなになってるのに」
「俺たちには関係ない」
泉野くんが、目を伏せて言う。
その時、油断していたのか、僕は体を建物の陰から半分以上出してしまっていた。そして、京子さんの父親にみつかってしまった。僕に気づいた藤谷さんが血相を変えて僕の方へ駆けてくる。
「おい、お前!一ツ橋の息子だな!なんでこんなところにいるんだ!」
そのまま胸倉をつかまれる。
「子供を使うとか汚い手を使いやがって!」」
「やめろ!学は関係ねえ!」
「耕治、お前どっちの味方だ!」
泉野くんが引きはがそうとするがすごい力で引きはがせない。
「やめろ、俊二!」
ひときわ大きい声が響く。藤谷さんの手が止まる。津村さんだった。津村さんが藤谷さんを下の名で呼んだ。
「俊二。お前は昔からそうだ敵か味方かだけで物事を判断する」
「……」
「よくないぞ」
藤谷さんは僕から手を放し、にらみつけるような顔をして、「また来ます」といって去っていった。車の音が遠のく。
「大丈夫かね」
「はい、別に、怪我もしてないですし」
「あの、そろそろ僕らも帰ります」
「そうだな、それがいい」
自転車にまたがる。津村さんは玄関の外まで見送ってくれた。
「難しく考えないで、自分が正しいと思うことをしなさい」
最後にそういわれたけれども、まだ子供の自分には正しいことが何なのかわからなかった。
父さんが正しいのかどうか、それもわからないままだ。
◇ ◇ ◇
三軒坂の手前で泉野くんと別れる。
昼間のうだるような暑さはなりをひそめ、濡れたシャツを撫でる風も涼しい。6月にもなるとさすがに日も長くなり、6時前だというのに空はまだ明るかった。
家に帰り着いたのは6時少し過ぎだった。ほんのついさっきまであんなに明るかったのに、一瞬で日が陰りあたりは薄暗くなっている。秋ではないけれどもつるべ落としだな、と思う。あちらこちらの家では明かりがつき始める。夕暮れの、この町の景色だ。
僕の家の明かりは消えたままだ。合鍵を使い中に入る。居間の電気をつけ、適当にテレビをつける。台所へ行き、少し大きめの冷凍庫から冷凍の夕食を取り出す。これは両親が通販で頼んでいるもので、1か月分が毎月宅配便で送られてくる。電子レンジで温めてる間、お湯を沸かしてみそ汁の準備をする。
ご飯の後、汗で気持ち悪いシャツを脱いでシャワーを浴びる。そして居間でテレビをつけながら宿題をする。いつもならその後は通信の宿題をするのだが、なんだかやる気が出なくて、部屋に戻って布団の上に倒れ込んだ。色々なことが起きすぎて思考があちこちに飛ぶ。
今日の昼の藤谷さんのお父さんのことを思い出す。大人があんな剣幕で怒鳴るのを久しぶりに見たし、ああいう風に胸倉をつかまれたのも初めてだった。実際すごく怖かったし、泉野くんがいなかったら泣き叫んでいたかもしれない。泉野くんがいてくれてよかった。泉野くんといえば、彼もなんだか変だ。今までずっと距離を置いていたのに、急に距離を詰めてきたというか。以前は時々からかいにくるくらいだったのに。何か理由があるのだろうか。そして、雪待遥子さんと宇宙人のネイ。まるでライトノベルみたいだ。
僕の周りで現実と、不思議と、物語みたいな出来事が一緒に起こってる。考えなきゃいけないと思いながら、その全部が考えたってどうにもならないことだって気づいた。僕にはどうにもできないことだ。親のことも、この町で起こってることも。ふと、あの図書館のことを思い出した。国府田音羽さんのこと。
その時、玄関から音がした。父と母が帰ってきたのだ。
階段を下りて両親を迎えに行く。
「なんだ、学、寝てたのか」
「いや、ちょっと疲れて。横になってたとこ」
「そうか、なんかあったか?」
「いや、別に、なにもない」
今日の昼の下郷での出来事はいわない方がいいだろうな、と思った。
父はそこそこ酔っていた。酒に強い父がここまで酔うのはそれなりに飲んでいた証拠だ。今度の選挙の寄り合いであちこち回ってきたのだろう。母は、その父のドライバーとしてついていっていたのだった。
「どう?父さんの方は?」
「うん、まあ、最初に一緒に選挙に出ようって話をしてた人たちはもうわかってくれてるけれども、それ以外はもやっぱり一緒に食事してお酒を飲んで話して、ってしないとダメだな。というか、それが必要なんだな。東京でもそうだった。根回しは大事だよ。田舎も東京も変わりない、一部の偉い人間だけが色々ルールを決めて、それでそのルールに従う人間だけが利益をえる、そういう風にできてるんだ、けど、父さんはそれが嫌なんだよな」
今日の父は少し饒舌だ。お酒が回っているからだろうか。父は東京では広告代理店に勤めていた。色々あって辞めたらしいが、そこらへんの話は話したがらない。あまり面白い話でもないのだろう。
「父さんはな、この町を変えたいんだよ。この町には何もないっていうし、実際なにもないけれどな、それは価値を見つけられてないだけなんだよ。モノにはいろんな見方がある。見方を変えるとかそういう話じゃないんだ。価値というのはプリントするものなんだよ。ウォーホールのキャンベルのスープはわかるよな。あれは、キャンベルスープの価値を“みつけた”んじゃなくて“はりつけた”んだ。強引に。みんなで嘘をついてみんなで騙されたんだ。
この町に物語を作る。保守退嬰のこの町に、Iターンでやってきた若い人間が町長選挙で選ばれて、新しく町を作り直していく。そういう物語ができればそれに夢をみた人間がまたこの町にやってくるし、霞が関から補助金だって貰うことができる。霞が関にはまだ、人脈が残ってるからな、テーブルさえ整えば料理をお願いすることだって、まあ、難しいことじゃない。だからそのための物語だ。この町の、伝統と、景観と、自然を守りながら、新しい街づくりを始めるっていう。
実際に問題はあるよ。世代交代がうまくいかないとか、土地の問題で農業への新規参入が難しいとか、大規模集約が必要だけど山間部だから難しいとか。どうにもならない問題でそれは、おそらく解決できない、どちらにしろそういう問題は、見ない振りをするしかないのさ。それはあっちの陣営だってそうだ」
「でも、お父さんの仕方だと、以前からの、例えば建設会社とかは仕事なくなるんじゃないの」
「それは仕方ないだろう。ルールを作れる方が偉いんだから。それに今までルールを作って自分たちにいいようにゲームをしていたのはあっちのほうじゃない」
「それは…そうかもしれないけど……」
「ヒデ、飲みすぎ。ほら、お水。早くシャワー浴びてもうねちゃいなさいな」
母が、父に水を差しだす。
なんだか、これ以上話しても無駄なような気がして、お休みを言って2階に上がる。布団の中に潜り込む。なんだか、言葉にならないモヤモヤが、胸に。
うとうとと、眠りかけたとき、目の端に光が入った。誰かが扉を開けて立っているようだった。
「学」
父の声だ。
「下郷の津村さんのところで聞いたよ。今日は大変だったらしいな」
父は知っていたのだった。
「ありがとうな」
胸の奥が熱くなる。血管が沸々と音を立てているのがわかる。ああ、わかる。この感情は。
怒りだ。
◇ ◇ ◇
夢を見た。
夢の中で、僕は学校の図書館にいる。暗闇の中で本を探している。ガラリ、と音を立てて、図書館の扉が開く。そしてそこには国府田さんが立っている。ああ、これは、あの時の夢だ。
夢の中の僕は、あの夢を再現して勝手にしゃべる。そして、その言葉を言ってしまう。
「こういうこというの、ちょっと違うかもしれないけど。僕と国府田さん、少し似てると思う」
同意が欲しかった。
同じように強い父親の下で、どうにもならない毎日を送ってる、国府田さんもそうだと信じたかった。同じ辛さを共感できる仲間が欲しかった。でも、国府田さんの答えは。
「そんなことないっ!」
大声で、否定された。
ああ、そうか。国府田さんは僕とは違うのか。違うんだ。彼女は、ちゃんと、この町で、この世界でうまくやっていけてるんだ。
その後の会話の記憶は曖昧で、何を言ったか覚えていない。
ただ、気づいたことがある。その時まで、僕は、国府田さんに勝手なイメージを押しつけていたこと。そして、多分、好きだったこと。
そして、その時本当の彼女をしって、分かったこと。
僕は、彼女が、嫌いだ。
*〇7,カラオケ×ハルカナ×フリードリンク
【井村美香】
町で唯一のカラオケボックスは今日も大賑わい!
…時間帯に寄るけど。
昼間は暇な老人たち、夜は暇な大人たちで、大賑わい。で、夕方の時間帯は暇な若者たちで賑わうはずなのだけれども、若者の数が少ないのでガラガラなのであった。
そして、今、私は、千草と音羽、そして遥子とネイと一緒にそのカラオケボックスに来ているのだった。
昭和に建てられたのかとも思う古いセンスの壁紙とあちこちガムテープで補強されたソファ。それでもカラオケの機材は最新のものでボカロやVの曲も殆ど歌える。やるなJ-S●UND。遥子とネイと千草を部屋に留守番させて私と音羽はフリードリンクに4人分の飲み物を取りに来ているのだった。みんな、とりあえずウーロン茶でいいよね。
今日、朝の天狗川上流でのロボット騒ぎの後、もう少し他の場所も探してみようということでこの町の中をうろうろして調べていた。なんかちょっと行き場なさげにしてた音羽も一緒に誘って。でも、結果はなしのつぶて。何も発見できずに徒労感だけが残った。今日は終わりにしようとなった。でもこのまま解散ってのも味気ないね、っていうことで、今カラオケボックスに来ているのです。
「それにしても、今日、本当に大変だったね、ていうか最近驚くこと多い」
音羽が言う。
「そういえばさ、美香ちゃん、いつの間に緒方さんと仲良くなったの?」
「え?」
「ほら、なんかいつの間にか、千草、美香、って呼び合ってて」
「え~あ~え~…あの…何となく、急に友情が芽生えて……」
「ふーん?まあ、仲がいいことはいいことだよね」
危うい危うい。こういう小さいところから秘密というものは決壊するものなのだ、今後気を付けないと。仲良くなったっていうのがばれちゃった以上、仲良しっていう設定で行こう。
5人分のウーロン茶を持って、個室に戻る。
「おそーい!美香!もう曲入れちゃったよ~!」
千草が人懐っこい笑顔で話しかけてくる。やっぱり設定忘れてるよね。そのままマイクをとって、最近の流行歌を歌い始める。千草、そこそこうまい。
「これって、歌を歌うための機械と、それを提供するための場所っていうこと?」
とネイが聞く。そうだよ。っていうか歌ってわかるんだ、宇宙人。
「歌は殆ど全ての知的文明に存在するからね。歌の価値はその文明それぞれだけど。神様への捧げものだから1年に1回しか歌われなくて勝手に歌うと死刑とかってところもあったよ」
「ほえええ」
と音羽が間抜けな声を出す。
「この星の歌は、楽しみのために歌われているんだね。いいね」
「あー!97点!もう少し行けたと思ったのに!全国12位かあああ!」
歌い終わった千草が採点を見て一喜一憂する。
「これは、歌のうまさを採点してるの?歌の上手い下手で順位が付くんだ。歌が上手い方が偉いの?」
「まあ、偉いっていうか…かっこいいじゃん」
「歌の上手い下手ってどうやって決めてるの?」
「それは、原曲とどれだけ同じかどうかで…」
「原曲?」
「その歌を歌った人の、オリジナルの歌い方」
「オリジナル、があるんだ。歌に。歌う人は、その、オリジナルになるのを目的として歌を歌うの?」
「いや、なんかすごい難しいこといってない?なんか、概念?私そういうのよくわからない!」
千草とネイが禅問答をしている間、ソファに座った音羽はタブレットを操作して次々に自分の曲を入れているようだった。
「ねえ、美香ちゃん、美香ちゃんはなにか曲入れないの?」
「いや、私はいい」
「美香ちゃん、カラオケに来ても殆ど歌わないよね、歌うの苦手?」
「苦手っていうか……、私、歌えないんだ」
「美香ぁ!歌おうよ!一緒に歌お、なんならハルカナでもいいから!」
「ハルカナ?」
ああ、千草、ばれるばれる。そういう針の穴から秘密は決壊していくんだぞ。もう針どころか五円玉の穴くらい開いてる。ヤバイ、空耳でハルカナの曲のイントロが聞こえてくる。
……空耳じゃなかった。
スピーカーからはハルカナの曲のイントロ、そして、遥子がモニターの前にピンクの髪を翻しながら立っていた。黄色のインナーカラー。その姿はまるで。イントロが終わり遥子の口から歌声が響く。
「……ハルカナ……?」
私の隣にいた千草の口からため息のように声が漏れる。
遥子の歌は、音程が、音の伸びが、息継ぎの場所が、歌声が、そのすべてが。ハルカナそのものだった。
「終わりでした」
歌い終わって遥子がいう。私たちはみんな言葉を失っている。
モニターの採点が終わり、100点を表示する。
「すごーい!すごいすごい!まるでプロみたい!」
最初に口を開いたのは音羽だった。素直に、ただ感心している。
千草は完全に硬直して、目から涙がこぼれそうになっている。それはそうだろう、まるで、目の前に、本物が……。ヴァーチャルでない、ハルカナ、が現れたのだから。アレを聞かされた後では、その黄色のインナーカラーのあるピンク色の髪もその瞳も、その服も、全部違うものに見える。
「ねえ、美香……?」
千草が、期待と恐怖が混じったような顔でこちらを見る。
「違う!そんなことない!」
「ねえ、なんの話してるの?」
「雪待さんって、もしかして……ハルカナ?」
千草が、聞いた。
「ちがうよ」
「中の人?なの?」
「ちがうよ」
「じゃあ、あの、えっと」
「あなたにとって、ハルカナってなんなの?」
焦れて私が聞く。即座に遥子が答える。
「憧れ」
満面の笑顔で、彼女はそう答えた。
◇ ◇ ◇
「だから、ハルカナは、私の憧れで、それ以上の関係はないです」
「どうして私がハルカナの曲をこのように歌えるのかは、練習したからです」
「この髪も、ハルカナに憧れて染めました」
「私が、どのように、ハルカナを好きになったのかは、秘密です」
散々の押し問答で遥子から聞き出せたのは結局以上の情報だけだった。その間、音羽はずっとぽかーんとしてた。勘のいい子だったらもう完全にばれてたな。っていうか勘が悪くてもばれるだろうけどあんまりそこらへん気にないタイプの人間だからよかった。というか、もう、色んなものがどうでもよくなってるな。特に千草。
押し問答の末、一応納得という形で落ち着いた後。
千草は遥子にハルカナの曲を歌ってくれるように強請っていた。遥子が歌うたびに今にも泣き出さんばかりの顔で口を押えて、うそ、私の年収?のポーズだった。
音羽は、まあ、理解できないことは理解しない、聞かない方がいいことは聞かない、というスタンスなのか、気にせずに自分の曲を入れているようだった。ネイは、フリードリンクでいろんな飲み物を試したいらしく、私はフリードリンクと部屋の往復をしていた。
◇ ◇ ◇
日が暮れかける時間になったので解散とあいなりました。
遥子はぬいぐるみの中に入ったネイを持って三軒坂の方へ自転車で。音羽も自転車で家の方へ。私と千草はちょっとふたり残る形になった。うん、話あるもんね。
「美香、私ね、遥子の、アレ、嘘だと思う」
「千草」
「遥子、本物の、ハルカナ、だと思う」
「…私は、違うと思う。だって、ハルカナは、あんなふうに変じゃないし、自由じゃないし、バカみたいじゃないし」
「でも、外側と、中の人は違うし…」
「中の人ってなに?!」
大声が出た。
「どうしたの美香?」
「中の人が本物なの?本物って何?ハルカナは、そこにいないハルカナが本物でしょ、実際に、目の前に、立って、あんなの、あんなの…ハルカナ、じゃない、よ」
くやしい。全部奪われた。そんな気持ちだった。
日が暮れる。夜の帳が下りる。明滅する街灯の下、私と千草だけが取り残された。
*〇8,おばけ屋敷×ネイ×天狗の記録
【藤谷京子】
ヤバイ。ヤバイヤバイ。ちょっと情報の整理が追い付かない。問題を整理しよう。
目下、問題となっているのは以下のこと。それとアタシのできること。
1,町長選挙。
アタシのできることはない。ただ、音羽のお父さんが負けるとうちの家とかうちの会社の従業員の人たちが大変なことになる。
2,耕治がなんか一ツ橋学と仲良くしようとしてること。
理解不能。あいつも裏切者か?なにか理由があるなら、それを聞いても…、と思ったけれどもどんな理由があろうと許さないぞ。
3,転校生と宇宙人。
転校生が、この町に宇宙人を連れてきた。宇宙人は、宇宙に帰りたいから宇宙船を探しているということ。その宇宙船はこの町のどこかに埋もれているということ。
急に現実感のない話になった。ただ、実際に会ってみると宇宙人、ちょっとかわいそうだなって思う。場合によっては協力してもいいかな、と思う。弱ってる人間を見ると放っておけないのがアタシの悪い癖だ。
問題点を整理してノートに書きだした。色々なことが今同時並行的に起こっているけれども、実際アタシがなにかできるのは宇宙人のことだけみたいだ。周りを見回す。三時間目の授業はみんなだれていて、耕治なんか舟を漕いでる。雪待遥子は真面目に先生の方を向いて入るけれども、机の上には例のぬいぐるみを置いたままだ。あの中にあの宇宙人が入っているのか。
放課後。
「おーい!京子!こっちこっち!」
昨日のメンバー6人が教室の後ろで団子になってる。一ツ橋学も一緒だ。ちょっとイラつきながらアタシもその輪に加わる。
「で、ネイ、だっけ。そいつの宇宙船を探す計画なんだけど」
「その前にちょっと待って耕治、アタシ、まだ、一緒にするって言ってないんだけど」
「いいじゃん、京子、ちょっとした冒険みたいで楽しそう。ねえ、遥子さん!」
千草、なんか乗り気だな。あと、雪待に対して態度が変だ。さん付けで呼んだりして。
「ねえ、京子ちゃんも一緒にしよう、だってかわいそうだよ」
と音羽。ふと横を見るとぬいぐるみと目があう。この中にあの宇宙人が入ってるんだな。ああ、本当にアタシのわるい癖だ。
「じゃあ、ちょっとだけ。あんたらがどうやって宇宙船を探そうとしてんのかその話を聞くくらいなら」
「やった!」
と千草。そして、
「ありがとう!京子ちゃん!」
目の前に雪待が飛び出してきて、抱き着いてきた。まてまて、こいつ、本当に距離近い。ピンク色の髪がゆらゆら揺れて、まとわりつく。こいつの方がよっぽど宇宙人だよ。ひき離す。
「でさ、どこで作戦会議する?カラオケとかいこーぜ!」
耕治が声を上げる。お前カラオケ好きだな。
「今の時間結構混んでるでしょ」
と千草。そのあとああでもないこうでもないと行き場でもめてると雪待が、
「じゃあね、私の家に行こう?広いし、周りに誰もいないし、家にも誰もいないから」
雪待の家って、あの、噂のおばけ屋敷だよね?
「いいの?」
「よいよい」
「じゃあ決まりな、今から雪待の家に行こうぜ!」
そういって、アタシたち6人は件のおばけ屋敷へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
三軒坂はバス道から入ったところにあり、両側から木が生い茂って緑のトンネルのようになってる。そのトンネルを抜けた先に『おばけ屋敷』があった。もともとは真っ白な壁だったのがあちこちペンキが剥げて、今は不気味な雰囲気を醸し出している。
「ちょっと待っててね」
そういって雪待が鞄から鍵を取り出す。こんな建物だから、レトロな鍵かと思ったら普通のシリンダー錠の鍵だった。ギイ、と音を立てて扉が開く。最初に雪待が中に入って、みんながぞろぞろと続いていく。アタシも一緒に中に入る。家の中は外ほど荒れていなくて、普通に人が住める環境だった。ただ、家具も何もない。雪待が2階に上がっていく。そうか2階で生活してるんだな。「ちょっと待っててすぐ降りてくるから」と言って雪待が2階に上がっていく。その隙にちょっと家の中を見渡す。本当に他の部屋は使ってないみたいで、かろうじて台所に人の生活の形跡があった。似つかわしくないちょっと大きめの冷蔵庫と小さい食器棚、電子レンジ、テーブル、椅子。雪待は言葉通りすぐ降りてきた。荷物を置きに行っただけみたいだ。
なんで両親がいないんだ。本当に一人で住んでるのかな。そういうことは聞かない方がいいな。
雪待がぬいぐるみに、ネイ、と呼びかけて背中のチャックを下ろす。昨日と同じようにぬいぐるみの周辺の空間が歪み、中から浅黒い肌の宇宙人が飛び出してきた。頭の角以外、殆ど私たちと同じ人間に見える。
アタシたちは使われていない少し大きめな部屋に車座に座り、作戦会議をすることにした。アタシたちの前には冷蔵庫で冷やされた麦茶。コップは人数分なかったので、マグカップを代用したり、それぞれの持ってた水筒のコップを使ったりした。つーか、ピンク髪、冷蔵庫で麦茶冷やしたりするんだ。現実感がない格好してるからそういうなんか生活感出すとちょっとびっくりする。
「で、宇宙船の場所なんだけど、なんかヒントとか、ねえの?かなあ」
「それがないから手当たり次第さして回ってるんでしょうが」
「だれか場所知ってる人とか記録に残ってるとかあればいいんだけどね」
と、千草と井村。なんかこないだからこの二人仲がいいな。
「うん。だからね、最初の日に、だれかUFOが落ちたの知ってるひといないかな、って聞いたんだけど」
「1000年前って江戸時代だろ?そんな昔のこと記録になんて残ってねえだろ」
「1000年前は鎌倉時代だよ。あと、いつの時代も記録は残ってるよ、それなりに。だってそうじゃないと歴史の研究なんてできないし、授業で習ってる、いつどんなことが起こったかっていうのもわからないから」
「でも、ある程度記録は残ってるって言っても、UFOの記録なんて…」
と音羽。
「UFOの記録というもの自身はあることはあるんだ。江戸時代に茨城県にUFOが漂着したって文書があるんだよ」
「そうなんだ」
「でも江戸時代は1000年前じゃねえからなあ~!」
「ひっぱるね」
耕治と音羽と一ツ橋がなんか仲良さそうに話してる。ちょっとイラっとする。雪待とネイはその様子をじっと見ている。雪待は少し退屈そうに麦茶をすすってる。ネイはちょっと困った顔でみんなを見てる。
全く建設的な意見が出ないまま時間だけが過ぎていく。雰囲気もどんどん暗くなってく。あー、駄目だ駄目だ。こんなの。
「ちょっと休憩~~~~~!」
叫ぶ。
「なんかさ、煮詰まった!別のなんか楽しい話しよう!なんかさ!」
「京子ちゃん?」
アタシはつかつかとネイの方に歩いていく。
「改めてよろしく。ネイ。アタシの名前は、フジたニキョウこ」
喉に手を当てて変な声だす。
「あの、なに、それ?」
「ウチュウジンとソウぐうシたトキの、デンとうテきなチキュウのあいサツ」
「え?え?」
「京子、そんな古いネタやっても誰もわかんないって。ほら、ネイ困ってるぞ」
「ワれワれはチキュうジンだ」
雪待も参戦してきた。こいつ、ノリいいな。
ネイがわけがわからなくてキョロキョロと戸惑う。それをみて私がケラケラと笑う。雪待も笑う。みんな笑う。いいね、こういう雰囲気だよ。
色々気になって、でも、なんか流してしまったことを聞いてみる。
「そもそもさ、なんで言葉通じてるの?」
「翻訳機があるからね。その星の会話をある程度聞かせたら翻訳して同時通話してくれる機械があるんだ」
「地球に来た理由は何?」
「あ、私も実はそれ気になってた!」
井村と千草。
「もしかして…侵略…?」
と音羽。あーそういえばそういうようなこと最初言ってたな。
「それが実は……言いにくいんだけど……」
ネイがもごもごと口ごもる、いいにくいことなのかと思ってると遥子が横から説明してくれた。
「ネイは私たちの星でいう大学生なんだけど、アイデンティティに疑問を覚えて自分の可能性を試したいという理由で、発展途上惑星を旅して回っていたの」
「それって、日本の若者が自分探しの旅っていって、バックパック一つで東南アジアとかインドとかを旅行するようなもの?」
千草のツッコミ。きつい。
「うう……」
ネイが顔を真っ赤にしてうなる。やっぱそういうの宇宙でも恥ずかしいんだ。
「それで、地球に来た時に事故で宇宙船のワープ機能と通信機能が壊れてしまいました」
「それってさっきの若者が、インドで財布もパスポートもすられてどうしようもなくなるやつ」
だから千草、きついって。
「うう…ううう……」
あ、ネイ息してない。
「それで、町の中をさまよってるところを私に出会った、というわけ」
「遥子には本当に感謝しているよお!」
「あと、この町…この星に宇宙船があるっていうのはどういうことなの?1000年前の記録とか」
「それは、この本なんだけど」
「本だ」
「宇宙にも本ってあるんだ」
一ツ橋と音羽が口々に。タブレットとかじゃないんだ。
「データも長期間保存できるし、再生メディアがなくても電源がなくても読める。本はいいよ」
「そうなんだ」
「で、この本、銀河特急っていってね、宇宙を旅する若者のバイブルなんだ」
ネイが鼻息荒げに本の良さを語る。なんかこいつ第一印象と違うぞ。なんか…頭悪そう…?
「で、この作者なんだけど、最後、この星で旅を終えて、宇宙船を埋めた、って書いてるんだ、この本に。だから、この描写からと宇宙船の共通起動キーの反応から大体の場所に検討をつけて」
「この町に来たってわけです」
「共通起動キー?」
「この、宇宙船を探すのに使ってるステッキのこと。ネイのもともとの宇宙船もこのキーで動いてたの、宇宙船の起動キーって基本全部共通なんだって」
「でもさ、話戻るけど、結局、場所が絞れないといくらステッキがあったって……」
井村が言う。あー、また場が暗くなる。と、その時、一ツ橋が口を開いた。
「…場所、……わかるかもしれない」
「え?どういうこと?」
「1000年前…。この町に天狗がやってきたって大体1000年前くらいの言い伝えなんだけど。ほら、天狗神楽も1000年前に始まったって」
「でも天狗だろ?UFOじゃねえよ」
「天狗はね、昔は隕石だったんだよ」
「?。どういうことだよ」
「天狗は、もともと、空を駆ける狗、すごく明るい流れ星、火球だったんだ。それが仏教に取り込まれていくうちにカラス天狗、そして鼻の長い天狗の姿になっていったんだけど、1000年前は。まだ、流れ星の天狗なんだ」
「その流れ星がUFOで……」
「この町に落ちた……」
「でも、それがわかっても場所がわからないと…」
「場所もわかるかもしれない」
「本当?」
「この町には、天狗の名前が付く場所がいくつかあるよね。天狗川とか、他にも天狗のまな板とか。確か天狗が下りてきたっていう天狗岩っていうのもあったはず。そういう天狗にまつわる史跡を巡っていけば、どこかで宇宙船が埋まってる場所に行きあたるかもしれない、あと、神社の縁起…歴史の資料とかを調べれば、もしかしたら落ちた場所が記録されてるかもしれない。天狗神楽として残るような大きな出来事のルーツだったらどこかで記録で残ってる可能性が高いよ」
「すっっっっっつつつつつっげーーーーーーーーー!」
耕治が雄たけびを上げる。
「お前すげえ!学!お前すげえよ!」
大声で叫びながら一ツ橋の肩を叩く。
「すごい!一ツ橋くんすごい!」
音羽も目をキラキラさせて一ツ橋を見つめてる。
まあ、しゃあない。手詰まりでもうどうしようもないっていう状態に光が差したんだ。アタシも正直に感心する。てくてくと歩いて一ツ橋の前に立つ。怪訝な顔でこっちをみる一ツ橋。そのおでこに、軽く、デコピンを見舞ってやった。
「え?え?なに?藤谷さん?」
「しばらく休戦な。じゃあ、天狗って名前の付く場所を調べまくるってことで決定」
やっぱりわけがわかんないって顔する一ツ橋。ははは、ちょっと愉快だ。
「それじゃ、頼むぜ、うちのがっこうの考古学者さん!」
*〇9,道具×アプリ×飛行カサ
【一ツ橋学】
藤谷さんにデコピンされた後背中を思いっきり叩かれた。
親愛の情を示すものだとわかるので、別に悪い気はしないけれども、急に打ち解けるようになったのがちょっと不思議だ。
方向性が決まった…ということで携帯から地図アプリを出して開く。いくつか有名な史跡は地図に載ってるけども地図にも載ってない、言い伝えで伝わるようなものは郷土史研究会の部室に戻らないとわからないかもしれない。大体の場所はわかるけれども……。山の中になる遺跡になるとどうしようもない。
「どう?」
と藤谷さんがスマホをのぞき込んでくる。
「最有力候補は、さっき言った『天狗がおりてきた天狗岩』なんだけど、山の中だから大体の場所は分かるけど、細かい場所がわからなくて。アプリの地図には載ってないから。」
「ちょっとまて、ちょっとアイデアがある」
そういって、藤谷さんが自分のスマホを取り出した。何らかのアプリをひらいてるようだ。気になってちらりと除くと。
「みるなよ」
非対称性を感じる。
「これ、どう?」
といって、出してきたのは有名な位置情報ゲームだった。巨大な陣取りゲームで、像やモニュメントや石碑などを起点として登録して、その点の取り合って勝敗を決めていくゲームだ。
「大体の場所ってここらへんなんだろ?じゃあ、ここ、この場所がそうなんじゃない?」
藤谷さんの携帯には写真とともにその場所の細かい座標が表示されている。
「すごい!」
感嘆の声を上げる。本当にすごい。
「褒めたたえよ」
「すげえぜ、京子!」
「京子ちゃんすごい!」
「京子、さすが!」
「藤谷さん!尊敬する!」
「京子ちゃん!天才!」
「ありがとー、京子~~!」
なんだこれ。今にもハッピーバースディを歌いだしそうな雰囲気。
◇ ◇ ◇
「ところで、もう一つ気になってることがあって」
ネイくんに聞く。
「なに?」
「あの、赤いロボットが出てきたときに、雪待さんが体に押したスタンプや、ネイくんの鼻から出てきた壊れないシャボン玉や、ロボットを沈めたライトがあったじゃない?あれ、一体どういう道具なの?他にもあんな道具を持ってたりする?」
「あ、それ私も気になった、なんか、すごかった遥子さん、ロボット投げたり」
興味があるのか、緒方さんそして井村さんも一緒にネイくんと遥子さんのところにやってきた。
「あのシャボン玉は『バルーン宇宙服』っていって、宇宙空間に放り出されても10時間は生存できるし、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないんだ。危険な状態になってる人のところに自動で飛んでいって保護してくれるんだよ」
「遥子が体に押したスタンプは『達人スタンプ』っていって、体に押すと30秒だけなんらかの達人になれるんだ」
「あのロボットを沈めたのは『うかびしずみビーム』っていう光線で、地面にものを沈めたり、その地面に沈んでいるものを浮かびあがらせたりするんだよ」
「他になにか同じような道具ってあるの?」
井村さんが聞く。ネイくんがぬいぐるみの背中から道具を取り出しながら説明する。
胡椒びんみたいな道具をとりだして、
「これは『すなお砂』。これをかけられた人間は自分が秘密にしてることをなんでもしゃべってしまう」
「なんか胡椒ビンみたいな形してる」
緒方さんが手のひらでもてあそんでいる。
「他には?」
◇ ◇ ◇
「なんか、微妙におもちゃみたいな道具ね…」
と緒方さんがぼそりと呟くと、
「うん、おもちゃなんだって」
と雪待さんから返事が返ってきた。
「うう…」
とネイくん。
「ネイの星には、もっと便利な道具がたくさんあったんだけど、そういうのは自分の体一つを頼りにする旅に邪魔になるから置いてきたんだって」
「ダメだこいつ……」
と井村さん。結構毒舌だ。
「この道具たちは旅の途中の星々でお土産に買ってきたものなんだって」
「さ、そろそろ行こうぜ、山の中なんだろ、うかうかしてると日が暮れちまう」
そういって泉野くんが出発を促す。
「ねえ、この傘みたいなのは何?」
井村さんが道具のひとつを指してネイくんに聞く。
「それはねえ、たいしたことないよ。開いてみて」
井村さんが傘のような形をしたそれを傘のようにさす。ただ、傘の布が貼ってある部分に布はなく、骨にあたる部分が平行に並び、プロペラのようになっていた。
「なにこれ」
「手元のボタンを押してみて」
井村さんが、手元のボタンを押す。すると頭の上のプロペラが回り出し、そして、井村さんの体が、宙に、浮いた。
「ちょっ、これ、これどうなってるの?!」
「空飛ぶ機械。君たちの星にもあるでしょ?空飛ぶ機械。珍しくないと思う」
「あるけど!こんな風には飛べないよ!すごい!」
興奮した井村さんがドアから外に飛び出す。屋敷の空高く舞い上がり、真っ青な空の中を舞っている。
「ねえ、私も飛びたい、まだある?」
緒方さんがネイくんに聞く。
「あるよ、たくさんある」
ネイくんがぬいぐるみを開いて中から『飛行ガサ(仮称)』を取り出し全員に渡していく。僕の手にも。
傘のスライドする部分に手をかけ、プロペラを開く。頭上に掲げ、手元の赤いボタンを押す。プロペラがプルプルと回り出し、回転速度が速まるにつれて、足元が軽くなっていく感じがする。傘を持った手が引っ張られないのは、このプロペラは揚力で飛んでいるのではないのだろう。プロペラの回転が一定を越え、安定する。ふわり、と、足が浮き上がる。ジェットコースターで思い切り滑り降りるときのような足元を掬われるような感覚。それが終わると、気づけば僕の体は空高く、屋敷のはるか上まで飛び上がっていた。
目の前には空が広がり、田畑や、家や山が、全て遠くに見える。さっきまでいた屋敷がまるでミニチュアのおもちゃみたいだ。
「……すごい……」
思わず声が漏れていた。
なぜだかわからないけれども、この空を、この空に今自分がいるということを思うと、体が空と同じように透明になっていく気がした。
「おい、学、どうしたんだよ」
泉野くんが声をかけてくる。
え?と思い、顔をぬぐうと、僕は泣いていたらしい。
「何でもない、ちょっと」
「ビビった?」
泉野くんが笑いながら聞いてくる。
「ビビッてねーよ」
笑い返してやった。
*〇10,飛行×墜落×告白
【国府田音羽】
「行こう!目指すは天狗岩!」
遥子ちゃんの掛け声に合わせて、みんなが飛行ガサを開く。
みんなの体がまるでロケットみたいに空に飛びあがる。
私も同じように飛行ガサを開く、私の体も浮かび上がり、あっという間に空高く。
風がすごく気持ちいい。ああ、すごい。解放感。このままどこまでも飛んでいける気がする。
「オトハ、大丈夫?」
私がぼーっとしてるのを見て気になったのだろう、ネイが声をかけてきてくれた。
「大丈夫、なんか、空飛ぶの初めてだから、感動しちゃって」
「そうなんだ、よかった」
ネイはぬいぐるみから出て、私たちと一緒に飛行ガサで空を一緒に飛んでいる。これだけ高いところを飛んでたら角や他の細かいシルエットなんてわからないし、ということで。ずっとぬいぐるみの中だったら窮屈だもんね。ネイは最初思ってたのと違って、結構きさく?なやつだった。むしろちょっとドジな感じ?仲良くなれそうな気がする。
前からくる風が強い。風を切って空を飛んでいると鳥になったような気がする。ベタベタな表現だけど。ベタベタでもしょうがない、そう思ったんだから。すごい勢いで田んぼや山を抜けていく。自転車で漕いでいくと20分はかかる距離をあっという間に。どれくらいの速度が出てるんだろうか。進んでる様子からすると、自動車ぐらいのスピードは出ている気がする。それを山や川を関係なく一直線で飛んでいけるのだから、速い速い。
「もうじき天狗岩のある山だよ」
一ツ橋くんが皆に言う。
「え?嘘、もうついたの?早い」
30分も飛んでいないはずだ。すごいぞ宇宙文明。
山の手前で全員ホバリングする。
「で、これからどうするんだっけ?」
「天狗が下りたって言われてる天狗岩はこの山にあるんだけど、実は一つじゃないんだ。言い伝えのある岩が4個も5個もあって、しかも登山道もない山の中のあちこちに。地図にも載ってなくて」
「場所の問題は飛行ガサで解決できました、あとは」
と遥子ちゃん
「アタシのスマホゲームにめぼしい岩の座標があるから、それを参考に飛んでいって、ステッキをうって、確認して、の繰り返し。ちなみに、こっちで把握してる天狗岩っぽい岩は6つね」
「本当にこれで見つかるのかなあ」
と美香ちゃん。
「ひとつひとつやってくしかないよ。これ以外にも天狗の名前の付く史跡はあるし、もしかしたらそっちにあるかもしれない」
と一ツ橋くん。
「闇雲にやるよりは確率たかいよね」
と緒方さん。
「じゃあ、まず、一番近くの岩から。ポータルこっちだね」
そういって、京子ちゃんを先頭に飛んでいく。あ、パンツ見えた。これ、言った方がいいのかな。知らぬが仏という言葉もあるし。男子の前は飛ばないようにしないと。
◇ ◇ ◇
「まず一つ目。外れ」
遥子ちゃんが岩の根元にステッキを突き刺しながら言う。
「まあ、一発ででるとは思ってないし。あと天狗岩は5つあるんだから」
「それにしてもさあ」
美香ちゃんが周りを見回す。私も見回す。
この天狗岩は、北側が崖、南側が崖、東側が崖、西側がかなり厳しい斜面になっていて、まあ、つまり四方が崖になっていて、人が登れないようになっている。ここにくるまでももちろん登山道などなく、険しい森の中を通り抜けないとならない。なのにこの岩には相当古いものだけれども注連縄がかかっている。
「ここ、どうやってこの注連縄つるしたんだろう…」
「さあ…」
「それに、ここをそのゲームに登録した人どうやったの?」
「さあ…」
「なんでここまで頑張れるの?」
「さあ……」
謎だ。
◇ ◇ ◇
うっそうとした森の上を飛んでいる。6月の木々は青く生い茂っていた。
「ところで、反応があったとして、どうやって掘り出すの?」
美香ちゃんが至極もっともな質問をする。重機もなしで手で掘り出すのって凄く大変だよね。
「大丈夫、さっきのうかびしずみビームをつかえば簡単に掘り出すことができるよ」
ネイが答えてくれる。なるほどね。宇宙の道具って本当にすごいんだなあ。
「でも、この道具たちは全部おもちゃだから、ちょっとしたことで壊れたりしちゃうから気を付けて、電池切れとかも起こるし」
電池切れかあ。電池で動いてるんだ、これ。文明が進んでも主な動力は電気なんだな。
前を見る。先頭をネイちゃんと遥子ちゃん、そのちょっと後ろを耕治くんと一ツ橋くんが飛んでいる。私はその後ろにいる。ちらちらとつい一ツ橋くんのことを見てしまう。一ツ橋くんの斜め後ろ姿が見える。うう、見てるのばれませんように。
ふと、その時、変なことに気が付いた。一ツ橋くんの飛行ガサから白い、細い煙のようなものがたなびいている。なにこれ、まずいんじゃないの?そう思った瞬間、ばきん!と音を立てて一ツ橋くんの飛行ガサが爆発した。プロペラが回ってる根本を中心に、四方八方に部品が巻き散らかされる。一ツ橋くんも空中に放りだされる。みんなが爆発音を聞いて一ツ橋くんの方を向いたとき、一ツ橋くんの体はもう自由落下を始めている。
「一ツ橋くん!」
無我夢中だった。体が自然に動いた。すごい勢いで落下を始める一ツ橋くんへ追いついて、宙に舞う手を傘を持ってない方の左手で捕まえた。突然、腕から肩、そして反対側の腕にかけてびきっっと激痛が走る。体がきしんで悲鳴を上げる。男の子一人分の体重が一度に体にかかったのだ。右手がかろうじて飛行ガサに引っかかっている。飛行ガサの柄にかえしがなかったらそのまま一ツ橋くんと一緒に落下していただろう。
「国府田さん!」
一ツ橋くんが私の名前を呼ぶ。一ツ橋くんをつかんでる指はもう感覚がなくて、この体を引き裂くような痛みだけが、私が一ツ橋くんをつかんでるという証だ。絶対私が一ツ橋くんを助ける。とりあえず上昇して……。
パキ…パキ……キ……
上昇しようと上を見上げたときに見えたのは、私の飛行ガサの羽が、一枚ずつちぎれて吹っ飛んでいく光景だった。ああそうか、ふたり分の重量を支えるように出来てないんだな、やけに冷静にそんな分析をしていた。羽が飛ぶ度に飛行ガサは浮力を失い、そして、私は、深い森の中へ落ちていった。
◇ ◇ ◇
なんだか、すごく、やわらかい、あたたかいものに、つつまれてる、気がした。
「…うださん……こうださん…国府田さん…大丈夫?」
一ツ橋くんの声が聞こえる。なんだか柔らかいものの上にいる。ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に一ツ橋くんの顔があった。
「わっ、わ、一ツ橋くん!」
「よかった、気が付いた。大丈夫?」
「うん!私は、大丈夫、元気!」
「よかった。じゃあ、悪いけどどいて貰っていいかな。少し、重くて。僕、ちょっと動けないから」
「え?あ、ごめんなさい!」
気づいた。私は一ツ橋くんの上に乗っかるようにして落ちてきたらしい。そっと、一ツ橋くんの上から降りる。あたりを見回すとうっそうとした森の中だった。空から落ちて、木々の枝の間を抜けて、ここまで落ちてきたらしい。あたりを見ると飛行ガサの残骸が転がっていた。ずきん、と背中と肩と、右手が痛んだ。
「あの、一ツ橋くんは、大丈夫?」
「大丈夫、って言いたいけど結構駄目みたい。背中をしたたか打って、ちょっと身動きが取れない。でも、頭は打ってないし、足の指も動くから背骨も大丈夫みたい。ただ、左足は、たぶん骨折してる」
「あ」
一ツ橋くんの左足をみると、変な方向にぐしゃりと曲がっている。大変なことになってしまった。他にも体中擦り傷だらけだった。そして気づいた。私は一ツ橋くんの上に落ちてきたんじゃない。一ツ橋くんが落ちるときに私を抱きしめて守てくれていたんだ。
「ごめん」
一ツ橋くんが私に謝る。
「ごめん、ってなんで?」
「僕のせいで、君をこんなことに」
「ち、違うよ、飛行ガサが壊れたのは一ツ橋くんのせいじゃないし、それに、一ツ橋くん、私をまもってくれたじゃん」
「それは、最初に国府田さんが助けてくれたから」
「……うん」
「……なんで助けたの?」
「え?」
「僕なんかを助けなければこんなことにはならなかったのに」
「え?……でも、そうしたら、一ツ橋くん死んじゃう」
「……僕なんか、死んでもよかったんだ」
「え?……それってどういうこと?」
「国府田さんにはわからないよ。国府田さんは、僕と違うから」
「違わないよ、だって、前、一ツ橋くん、私と似てるって」
「似てるって、勝手に思ってた時もあったけど、誤解だった。国府田さんだって、あの時違うって」
「それは、一ツ橋くんは私と違って頑張ってるから、一人で。一人になっても毅然としてて、郷土研究とか、一人でやってて」
「一人でいれるのは他人がどうでもいいからだよ。郷土研究をしてるのも、ただの暇つぶしで、本当は歴史とかそんなのどうでもいいんだ。何の意味もないんだ。僕の人生も。結局、何をしても父さんのいいように利用されて。この町でうまく息が出来ない。ずっと息が詰まりそうな、そんな気がしてる」
「………」
「前は、君も、同じだと思ってた」
一ツ橋くんはまるで独り言のように一ツ橋くんの話をする。体が動かせないから真上を向きながら。私の方を見れなくてよかった。びしょびしょになった顔を見られずに済んだから。
「わ、わたっ!私も、私もどうでもいいの、自分の人生とか、命とか。だって、そんなの最初からどこにもないんだもの!全部決まってて、決められて、ずっと息が詰まりそうで。頑張って、我慢してるのにそれが当然みたいで、でも、私はこんなに苦しいのに、誰も、わかってくれない」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、お腹の中にたまっていたものを吐き出してしまう。
「……それじゃあ君は、なんで生きていられるの?」
「一ツ橋くんがいたからだよ!」
「……え?」
「ずっと一ツ橋くんのことが好きで、一ツ橋くんがいるって、生きてるって思えたから頑張れたの、私も、頑張ろうって!一ツ橋くんのせいだよ、こんなになったの、責任取ってよ」
目の前には瀕死の一ツ橋くん、そのまえで号泣しながら私。こんな告白はない。
動かない一ツ橋くんの手のひらをつかんだ、でも、ちょっと目をみては言えない。
「ずっと、一ツ橋くんの、ことが、好きでした」
言ってしまった。言えた。言ってしまえば全てが終わる言葉。ずっと一ツ橋くんのことを思い続けていた音羽も、国府田音羽も。私の中を焼く雷が避雷針を伝って地面に抜けるように消えて、胸の奥が冷たくなる。
「ちょっと前まで、国府田さんのこと嫌いだったんだ」
「あ、そうなんだ」
2秒で振られた。
「でも、今はわからない」
「うん」
うん?
「僕も、国府田さんを、支えにしていいかな」
「うん」
指をつかんだまま、一ツ橋くんの胸に頭をうずめる。なんかいきなりすごいことをしているような気がするけど、さっきまで抱きしめられて(不可抗力)いたからいいよね。
ガサガサガサーーーーーーーーー!
「あー!いたいたー!よかった!生きてる?!」
遥子ちゃんの声がする。枝と葉っぱをかき分けてみんなが森の中を歩いてきた。慌てて学くんから体を離す。
「ごめん、僕の道具のせいで、もっとちゃんと整備しておけばよかった」
「ほんとだぜ、二人とも無事だったからよかったものを」
「無事じゃないよ!一ツ橋くん足折れてるし!危うく死んじゃうところだったんだから!」
「本当にごめん…」
「とりあえず早く病院に連れて行かないと…」
「病院はいかなくて大丈夫!ネイ、アレだして」
「えっと、これ?『時間さかのぼり湿布』」
「なにそれ」
どうみても湿布だ。
「これを患部に貼ると、時間を遡って怪我をしてない状態まで戻してくれるんだ。あと、いくらでも伸びる!」
そういって、遥子ちゃんが学くんの服を脱がして怪我をしてるところに湿布を貼っていく。足が折れてるだけじゃなくてあちこち思いきり打った後があった。いくらでも伸びる、といったのは嘘ではないらしく、小さい1枚の湿布をぐんと伸ばして学くんの胴体全部を覆っていた。
「ほら、おとはちゃんも」
「え?」
遥子ちゃんが私の右手をつかむ。いたいっ!突然、神経を伝って脳にくるような痛みが。え?と思い手首をみると手の甲がピンクのタコクラゲくらいに膨れてる。こんなになってるのに今まで気が付かなかったんだ。
「がんばったね」
そう遥子ちゃんが言った。
*〇11,休憩×お菓子×ふたつ池
【泉野耕治】
雪待とネイが学と音羽にペタペタと『時間さかのぼり湿布』を貼っていく。服の上から。
「それ、服の上から貼っていいの?」
「問題ない問題ない。宇宙の道具を信じなさい」
その道具のせいでこうなったんですが?
少し湿布が効いてきたのか学が起き上がる。
「大丈夫か、もう少し横になってろよ、足も折れてたんだぞ」
「いや、もう大丈夫、足も、ほら」
といってその場で飛んで見せる。そして、次の天狗岩を探しに行こう と笑って言うが、いや、流石にあれだけ大けがをしてたのに、すぐ次の行動に移ろうっていうのはちょっと無茶だろう。音羽も心配そうに学のことをみてるし、みんなもさすがにちょっと不安そうだ。というわけで。
「ちょっと待った、待とうぜ、学。いいタイミングだし少し休憩しよう。みんなそろそろ疲れてるしさ」
「そね、アタシもちょっと疲れたし、休憩しよ」
と京子。
「でも、ここらへんで休めるところとかある?」
と千草。そして京子がスマホの地図アプリを開きながら答える。
「この天狗岩のある山って伊吹山でしょ?ここからちょっと言ったとこにふたつ池、って池があってね、まあ、それなりに綺麗な池だし、ちょっとした東屋もあるから、そこで休憩しない?」
「賛成!」
と雪待が声を上げる。
「そこってどんなとこ?」
「まあ、行ってみればわかるでしょ」
と井村と千草。
じゃあ、まあ決定ってことで。
「じゃあ、出発しようか」
ネイが飛行ガサを広げて飛び立とうとする。雪待やみんなもそれに続いて飛ぼうとするが。
「待て、ちょっと待て!」
「なに?」
「さっきそれ爆発したよな、またそれ使って飛んでくのか?」
「大丈夫だよ、さっきはたまたま爆発したけど、飛行ガサは滅多にああいうことにならなうい安全を重視した設計になってるから。ああいう風に爆発する可能性は1兆分の1くらいだね。2回連続1兆分の1が起こる確率は天文学的に低いよ。変な使い方さえしなければ大丈夫だよ」
なんだその機械に対する信頼は。
「いや、それでももっと、こう、安心できる材料がないと、不安がぬぐえねーっつーか」
「う~ん、それじゃあ、ぬいぐるみのバルーン宇宙服のスイッチをオンにしておくね、危なくなったら自動で飛んでいて助けてくれるから」
納得しがたいが、その風船の性能はこの間身をもって知っているし、第一空飛ぶ道具がなければここから動くこともできない。仕方ない。どうしようもないことはわかっているのだ。
ネイが学と音羽に予備の飛行ガサを渡す。さっきあんなことがあったのに、それをまるで気にしてないかのように空へと飛んでいく。最後、一人残されてしまった。
「ああ!もう仕方ねえなあ!」
飛行ガサを広げて、自分も大空へと舞い上がる。先に飛んでいったみんなを追いかけた。できるだけ低く低く飛びながら。
◇ ◇ ◇
ふたつ池は京子が言っていた通りすぐ近く、山肌にそって少し降りた場所にあった。空の上から見るとまん丸の鏡のような水面がひとつ見える。見るとふたつ池に向かって町の方から道路が走っていて、それが池を少し追い越したあたりで森に消えていた。そこで工事がストップしているようだった。
京子がふたつ池のほとりの道路に降り立つ。それに続くようにして、皆が次々に降りて行った。
「ここがふたつ池?」
「ふたつ池っていうから二つ池があるのかと思ったけど一つなんだ」
「昔はふたつだったんじゃいの?知らんけど」
千草と井村がわちゃわちゃと騒ぐ。お前らそんなに仲良かったっけ。
「東屋ってアレ?」
と遥子が指を指した先には、藤棚の下、草に埋もれたプラスチック製のベンチとテーブルがあった。ずっと整備されてなかったんだろうな。ふと横をみると京子がちょっとしまったな、って顔をする。まあ気にすんな。行ってずんずん伸びてる草を踏み潰すと何とか座って休めるようになった。
「それじゃ、おやつにしよっか」
と雪待が言う。いや、誰もおかし用意してない、って言おうとしたときにはもう、雪待がネイのぬいぐるみの中から次々にお菓子を取り出していた。
「ポテトチップに、チョコレートに、クッキーに、菓子パンに、カロリーメイトと、ウィダーゼリーもあるよ。あと飲み物も、水に、オレンジジュースに、紅茶に」
なんだか、雪待の悲しい食生活を知ってしまった気がする。
「遠慮せずに、食べて食べて!」
「それじゃあ…いただきます」
食べてしばらくすると副交感神経が働いたのか、みんなさっきまで緊張が解けてきたようだった。人間の神経は緊張を司る交感神経と緩和を司る副交感神経があって、ご飯を食べると副交感神経が活発になるから、緊張が解けたり眠くなったりするんだぜ。5時間目が眠いのはそのせいなんだぜ。
そして雑談。
「その髪さ、やっぱ染めてんの?すごい綺麗に染まってるよね」
「一回でうまくしないとならないから、すごい大変だったんだよ。でも、ほら、ここ、実はうまく染め分けできなくて」
「音羽、すごかったよ、さっきのキャッチ!ほら、一ツ橋くんのちゃんとお礼言っときなよ、命の恩人なんだから」
「うん、音羽さんにはすごく感謝してる」
「音羽さん?」
「え?あ、いや」
「ネイって何歳なの?」
「えっと、生まれてから大体…地球時間で12万2000時間くらい」
「それって地球人でいうと何歳くらい?」
などなど。
ふっと、池を見渡す。透明度がかなり高いようで、水底をかなり遠くまで見渡せる。向こう岸まで百メートルくらいありそうで、ほぼ円形をしている。池の中をちらりと小さい魚が泳いでいるのが見えた。東屋がある場所と池の間には小さい柵が立ててあって、そこの近くに『遊泳禁止』と『釣り禁止』の看板があった。看板があるってことは来る人間がいるんだろう。でも、釣りはともかくこんなところで泳ぐ奴いるか?
「パパたちが子供のころ、ここにきて泳いだり釣りしたりしてたんだって」
気が付くと隣に京子が立っていた。
「パパたち?」
「私のパパと、音羽のお父さん。それに他の、町の大人の人たち。昔は、ほら、遊ぶ場所もないしゲームっていってもファミコンくらいしかなかったから、この町の子供はみんな夏はここにきて遊んでたんだって。そこで、他の集落から来たこと喧嘩したり友達になったり、なんかそういうことがあったんだって」
「それで、昔は、あの道路もなかったから、山の中にある獣道みたいな道をみんなで通り抜けて。そこは今登山道になってるんだけど」
「この道路って、じゃあこの池に来るために作られた、ってこと?」
京子がかぶりを振る。
「30年前のバブルのころにね、この山を越えて向こう側まで道路を通す計画があったんだって。でも、途中でバブルが崩壊しちゃって、色々なものが途中のまま。このベンチと椅子も、その時に建てられて、でも、結局誰もここで遊ばなくなって、それでおしまい。あの時お父さんたちの友達だった人たちも殆ど大人になったらこの町を出ていっちゃって。みんないなくなっちゃった」
京子が、目線を活けに向けたまま言う。こちらに目を合わせないようにして。
「ねえ、耕治はいなくなったりしないよね。この町から。一回出ていっても、帰ってくるよね」
俺は、答えられなかった。何も考えなかったということはない。将来どうするのか。この町から出てくのか。まあ漠然と必然的に出ていくことにはなると思ってた。この町には仕事がないし。じゃあ、その先は?いつか、いつかこの町に俺は帰ってくるんだろうか。帰ってくるとしたらその時はいつなんだろうか。10年後?20年後?俺が歳をとって仕事を辞めてから?京子はどう考えているんだろうか。
そして俺ははぐらかした。目の前の池を見ながら、
「この池さ、すごくいい場所じゃん。でもさ、今までこういう場所あること知らなかったんだよな、俺。こんな風にさ、この町にも俺の知らないすげーところがたくさんあるんだろうなって思うよ。俺、このふたつ池?すげー気に入ったし、この池があったらまた来たいって思うし、だったら、多分、帰ってくるよ」
ふと、京子の顔が曇る。ああ、はぐらかしがばれたか。それともまたなんかへまをやったか?
「この池が、あったら、か」
そういって、寂しそうに笑う。何なんだ?
その時、ガサガサと人が草をかき分ける音が背後から聞こえた。登山道を登って誰かがやってくる。背中に大きめの荷物とカメラをしょっていた。
「あれぇ?この池に人がいるなんて珍しいなあ、しかも子供たちばっかり」
「あなたは…」
京子の体と声に緊張が走る。敵意を持った声。
「おや、藤谷建設のお嬢さん。こんにちは。会って話すのは初めてかな。よろしく」
人のよさそうな屈託のない笑顔を向けそう話すのは、今この町を二分している町長選挙の渦中にいる人物。一ツ橋学の父親。
一ツ橋英雄だった。
「父さん…」
「おお、学もいたのか。後ろにいるのは国府田音羽さんだね」
音羽が学の後ろに隠れる。
「学校のクラスメートでハイキングってとこなのかな?……なんか警戒されてるね、仕方ないか」
「父さんはなんの用でここに来たの?」
「いや、特に用ってほどの用じゃないんだ。選挙活動とは直接関係ないよ。ただ、もうすぐ埋められてしまうこの池を記録に残しておこうと思って」
そういって、一ツ橋さんは、背中の荷物をおろして中からカメラと三脚を取り出し撮影の準備をしだした。え?今なんて言った?埋められるって?この池が?
「ああ、君は知らないのか。この間の市議会で決まったんだよ。この池を埋めてゴミ処理場を誘致するんだ。僕らも抵抗したんだけど多勢に無勢でね、どうしようもなかった。残念だよ」
そういって一ツ橋さんは本当に寂しそうに言う。
京子の方を向く、京子は視線を合わさずに
「お父さんから聞いたの、仕方のないことだって」
といった。
「仕方ないのは僕もわかるよ。でも、今のやり方だとタコが自分の足を食べてるのと一緒だよ。この池や自然は、この町の資産なんだよ。それを生かすやり方を考えないといけない。この町に住んでたらわからないかもしれないけれども」
「…わかるわよ…!」
京子が絞り出すような声をあげる。だけど、その先が続かない。わかるけど、でも、どうしようもない、そんなことが言いたいのだとわかるけれども、それを口に出せないのもわかる。
「わかってるよ、お父さん、みんなわかってる」
割って入ったのは学だった。
「音羽さんも、藤谷さんも、ここにいるみんな、この町のいいところはわかってる。自然や、風景や、住んでる人のこと。それでも、選択肢が他になくてどうしても選ばないといけないことはあるんだよ。お父さんのは一方的だよ」
「…言い方が悪かった。ごめん。そうだな、僕は、他のその他の選択肢を提示できれば、ってそう思ってるんだ」
6月の、午後の、さわやかな風が吹いているというのに、それに似つかわしくない沈黙が流れる。そして、その沈黙を破ったのは一ツ橋さんの方だった。
「ここは、ちょっと僕が退散するべきところなんだろうけれども、撮影を続けてもいいかな。もう時間がないんだ。今週末には、ここはもう埋め立てられてしまう予定だから」
今週末?そんなにすぐ?
「…藤谷さん、国府田さん、僕は、敵じゃないよ。同じようにこの町を良くしようと考えてる。ただ、やり方が違うだけで。初めてこの町に来た時から、その考え方は変わらないよ」
一ツ橋さんのいうことは本当なのだと思う。選択肢の話、どうにもならない話。難しい。大人になったらこういう難しいことにも答えが出せるようになるのだろうか。
「行こうか」
そういって最初に促したのは学だった。
それに続いてみんながゆっくりと坂を下りていく。振り返ると一ツ橋さんは俺らに手を振っていた。坂を曲がって見えなくなったところで、千草が、
「これからどうする?」
「僕はもう少し調査を続けたい。残った天狗岩もあと少しだし」
「俺も。気分切り替えてバーってやっちまおう!」
「よーし!行こう!ネイ!出して!」
「飛行ガサ!」
といって、ネイがぬいぐるみから飛行ガサを取り出す。俺らの勢いに流されて、他の4人も同じように飛行ガサで続く。空に舞い上がる。ふわりと浮く感覚。一瞬で目の前に広がる空。下には森が広がる。こうやって空を飛ぶと、小さな悩みとか不安とかも飛んで消えてしまいそうだ。
先頭を飛ぶ学に地図を教えるために京子が一瞬隣に並ぶ。その時、風に乗って、ありがとう、と言ったのが聞こえた気がした。
*〇12,ちくさ×夕食×秘密の暴露
【緒方千草】
ふたつ池でのやり取りの後、2つの天狗岩を回ったが両方とも外れだった。残った天狗岩は一つ。これが当たりだったらいいな、と思いながら、夕暮れに差し掛かった山の上を飛んでいる。
宇宙人みたいな少女、雪待遥子が転校してきたのが三日前。そして、雪待遥子を尾行し、流れで友達になったのが二日前。宇宙船を探していたら巨大なロボットが出てきて、成り行きでクラスのみんなに本当の宇宙人のことがバレたのが一日前。そして、今日、こうしてを飛んでUFOを探している。
……現実感がない。
現実感がないといえば、もっと重要なことがある。雪待遥子、いえ、雪待遥子さんは。
ハルカナである可能性が物凄く高いということだ。
ハルカナ。ヴァーチャルシンガー。3Dモデルで作られた体を持つインターネットを中心に活動する歌い手の一人だ。腰まであるピンク色の髪に、黄色のインナーカラー。90年代をモチーフにした衣装。そして歌声。透明感があるとか音圧があるとかそういう言葉では言い表せない、他に例えにくい歌声。ただ、その声には“感情”が籠っている。感情が籠っているなんて陳腐な言い方だけれども、でも本当なのだ。ハルカナの歌には、感情が籠っている。将来の不安や、今の自分たちを取り巻く世界への怒りや悲しみ、そして、毎日を送る中で感じる、小さな喜びや希望。そんなものが、その歌の中に、小箱にお菓子を詰めるように詰められていた。
初めてyoutubeでその歌を聞いたとき、こう思った。
ああ、この『ハルカナ』は、私だ…!
その時からハルカナを追いかける日々が始まった。と、いっても何かができるわけでもない。公式チャンネルに登録したり、インターネットで昔の情報を調べたり、コミュニティに入ったり。その中で、ある噂を聞いた。彼女は前世はニコニコの歌い手で、小学生うたってみた、だったらしい。その時の年齢から計算したら、今は一四歳。あの、憧れの人が一四歳!同い年だなんてワクワクする。それだけで嬉しくなる。いつも、本当はどんな人なんだろうって考える。妄想する。かわいい子だったらいいとか、かわいくなくてもいいし、私に似てたら嬉しいし、似てなくてもいい。どんなことを考えてるんだろう。どんな性格なんだろう。好きな食べ物はなんだろう。ハルカナはVTUBERもする歌い手と違って殆ど自分のことをしゃべらない。妄想がどんどん膨らんでいって、でもそんなことを考えてるだけで幸せな気持ちになる。
そして、三日前、私の目の前に雪待遥子が現れた。
腰まであるピンク色の髪に黄色のインナーカラー。ハルカナにそっくりな髪型。最初はハルカナにそっくりだな、偶然だな。と思ったのだけれども。というか、3Dモデルで見てるときにはまあこういうのもアリかなと思ってた格好だけど現実に遭遇するとかなりドン引くなこわ近寄らんとこ、と思っていたのだけれども。
昨日の夕方行ったカラオケで、全部ひっくり返ってしまった。
遥子が次の曲にハルカナの曲を入れる。へえ、ハルカナ知ってるんだ。私も知ってるよ(ちょっとした対抗心)。でもハルカナの曲結構難しいからね、ちゃんと歌えるかな?もしかしてそのピンク髪もハルカナを意識してる?とかなんとか、曲が始まるまでは思っていたのだけれども。遥子が歌い出した瞬間、すべてがぶっ飛んだ。
え?え?え?え?え?ちょっと待ってちょっと待って?え?そっくり、そっくりっていうかそのまんまじゃない?あ、ここの歌ってるところの癖もそっくり、え?まってまってまって、声全く同じなんですけど、ヤバイヤバイヤバイヤバイ。あ、なんか目と耳がぐちゅぐちゅする、あ、泣いてる、泣いてる私、なにこれハハハ号泣してるじゃん、これ、本当?まさか本当に?
遥子…遥子さんが歌い終わる。私は膝がガクガク震えて声が出ないけれども、振り絞って次のことを聞く。
「あ、あの。ハルカナ?」
「ハルカナ」
ああ、やっぱり、この子、ハルカナなんだ。
その後美香が入ってきて。美香は遥子さんはハルカナじゃないっていうし、遥子さんも今度は、ハルカナじゃないっていうけれども(さっきのハルカナって答えたのは曲のことを聞かれてハルカナの曲だよって答えたって言ってた)いや、でも、ハルカナだよ。間違いない。私と同じ一四歳、遥子さんの中には、私と同じ、『ハルカナ』が眠っているんだ。きっと。
◇ ◇ ◇
「えいっ!」
と、遥子さんが、最後と思しき天狗岩にステッキを突き刺す。
ステッキは光らず、反応なし。
「だめかぁ~」
美香が落胆の声をだす。
「結局宇宙船見つからなかったね」
しょんぼりするネイに一ツ橋が声をかける。
「第一候補がダメだっただけで、まだ、この町には天狗って名のつく遺跡や遺構がたくさんあるよ。明日からはそれをめぐっていこう。きっとどれか見つかるよ」
そうだね、気長にやろう。何事もすぐに解決したりはしないもんな。
ぐううううう、と音がする。音羽のお腹のなった音だ、お腹を押さえて顔を真っ赤にしてる。
「あ~、そういえば腹へったあ!」
耕治が伸びをしながら言う。音羽のお腹の音を口火に、皆が空腹を口にする。ああ、私もお腹すいたな。太陽がそろそろ山向こうに沈み始めている。ここもすぐ夕闇に飲まれる。
「とりあえず今日の調査は終わりにしてうちでご飯食べない?」
そう私が提案する。
「チグサちゃんの家って何してるの?」
遥子さんの質問に私はこう答える。
「酒処ちくさ。ご飯屋さん」
◇ ◇ ◇
山の多いこの町の夕暮れは早く、あっという間に真っ暗になった。飛行ガサで山の中から町の中心へ向かって飛んでいく。私のうちはこの町の比較的栄えてるところの商店街の中にある。3階建てで、1階と2階が店舗。2階の一部と3階が住居になっている。3階部分は建て増しをしたのでちょっとした違法建築感がある。というか違法建築じゃないのかこれ。ここにずっと住んでるんだけど慣れというのは怖いものだ。
酒処ちくさ、と看板がかかってある正面ではなく、裏手に飛行ガサで着地する。勝手口を開けて中に入る。段ボールに入れられた野菜や飲み物が詰みあがっていた。入って入って、とみんなに手で合図をする。勝手口から入って左手には上の住居スペースに上がる階段があるけれども、今行くのは目の前の扉だ。目の前の扉を開ける。喧騒があたりに広がっている。扉を開けるとそこはお店の中だ。お父さんが厨房、お母さんが注文を取っている。この店はお父さんとお母さんの二人で切り盛りしている店だ。
「ただいま」
「おかえり」
「お母さん、2回座敷空いてる?友達連れてきたんだけど、7人くらい。いい?」
「そういうことはあらかじめ言っておいてよ、空いてるけど」
「いいってさ」
勝手口で待ってるみんなに声をかける。口々にお邪魔します、といって、2階へ上がっていく。京子と耕治は常連なので、勝手知ったる、っていう感じだ。ネイもそのまま入ってきたけれども、まあ、いるのは酔っ払いだけだし大丈夫だと思う。ばれないばれない。うん。
2階は襖で区切られた座敷席が4つあり、必要な時には襖を外して広間として使えるようになっている。今日は人も少ないので、手前側の2つをつなげて使うことにした。料理をお母さんが持ってきてくれたのだけれども、あんたも手伝いな、というので半分くらいは持って行った。音羽と一ツ橋が手伝うっていったけれども、まあ、お客さんだし。座ってて?
◇ ◇ ◇
「とりあえず!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
耕治の音頭でみんなが乾杯をする。
「まあなにも乾杯できるようなこと起きてねえけどな!」
セルフツッコミである。
「天狗岩結局外れだったしね」
一ツ橋が残念そうに。よっしゃ、じゃあ、私が盛り上げるか!
「じゃあ、雪待遥子さんとネイの歓迎会っていうことで!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「よっし!食べよ食べよ!自慢だけどうちの料理おいしいよ」
「自慢なんだ」
「取り分けるね」
といって、大皿に盛られた料理をみんなに取り分けていく。全員に取り分けていく途中でふと気づいた。
「そういえばネイは地球の食べモノ食べて大丈夫なの?」
「タコとイカ以外は…」
「毒なの?」
「形が気持ち悪くて……」
「ただの好き嫌いじゃねえか!」
耕治が突っ込む。
「違う星の生き物が、同じもの食べれるってなんか変じゃないかな」
一ツ橋くんが。確かに、それ疑問。というか普通に地球で息が出来たりとかも考えると不思議だよね。
「遺伝子的には地球人とボクたちって違いがないんだって。ボクたちと地球人だけじゃなくって、この天の川銀河に住む他の人間、人間というべき生命も、殆どが同じ遺伝子を持ってるらしいんだ」
「それってどういうこと?」
「宇宙人類単独起源説、ってのが僕たちの星の学説であるんだ。この宇宙の知的生命体の分布に関する仮説なんだけど。この宇宙のどこかの星で生まれた知的生物が数億年をかけて宇宙中に広がったのが、この宇宙に住む知的生命体の先祖っていう仮説。だからつまりボクや、君たちの先祖だっていうことらしいんだ」
なんかすごい話だ。規模が大きくてちょっと理解しづらい。でもつまり、ということは、私の大昔の先祖と、ネイの大昔の先祖がつながってるってこと?
「なるほど、ということは私たちは遠い遠い親戚になるんだ。ネイと、私、そして、美香やみんな。ネイと私たちの距離に比べたら、私たちはほとんど家族みたいなもんだね」
と、遥子さんが、ちょっと芝居がかった言い方で身振りを伴いながら言う。
その後、うちの料理に舌鼓を打ってもらいながら楽しく晩御飯の時間は過ぎていったのだった。
「ねえ、ネイ、なんか宇宙の凄い話してよ」
「そうだなあ…。この地球と太陽の距離ってどれくらいあるか知ってる?大体1億5000万キロ。これがどれくらい遠いかっていうと、光の速さで8分くらいかかる距離。そして、太陽から火星までの距離が2億3000万キロ。水星から火星までが地球型惑星っていわれていて、比較的太陽の近くを回っている。その次の木星はぐんと遠くなって、太陽からの距離はおよそ7億8000万キロ。火星までの距離のおよそ三倍。光の速さでおよそ40分。そして、次の土星の距離は14億3000万キロ。木星からさらに倍の距離。キミたちの学校の教科書に載ってる図とかみてると同じ距離にならんでいるようにみえるけど、実際は遠くに行くほど離れていってるんだ。一番果ての海王星は土星からさらに3倍、45億キロ離れている」
「なんかすげえ桁の話だな。それが太陽系の果て?」
「太陽系の果てはもっと先で、その周りにオールトの雲っていう、小さい天体が球状に太陽系の周りをまわっている場所があるんだ。そこからキミたちのいう超長期彗星が飛んでくる。そのオールトの雲は1兆5000億キロから15兆キロの間に広がってる。キミたちも知ってる1977年に打ち上げられたボイジャー2号は今海王星の外を飛んでいるんだけど、オールトの雲に到達するのは2300年、オールトの雲を抜けるには30000年かかるんだって。あ、こんな話つまらない?」
「30000年か……いや…途方もない話だなって思って」
「そんなオールトの雲の端でも光の速さで1.6年。地球から一番近い惑星系までは4.25光年もあるんだよ」
「なんか、果てしのなさに怖くなってきた」
「今見えてる星は、どれもそれよりはるかに遠くにあって、その数百年、数千年前の光が届いてるんだって」
「ネイは、そんな遠いところからきたんだな」
「こういう話をしてると、なんか自分たちの悩みとか、すごく小さく思えてくるね」
そのあとは、学校の先生のこととか、最近のテレビのこととか、ネイが旅してきた星の話とか、一ツ橋が調べてきたこの町の昔の話とか。そんなことを離しながら。なんか、三日前まで、すごいぎギスギスしてたのに、それが嘘みたいだ。不思議。
ふと、階段がギシギシ音を立ててるのに気づいた。
誰かが2階席を使うのだ。人数によってはちょっと寄せた方がいいかな、と思って階段を覗く。あ、ちょっと、やばい。座席に戻ってみんなに声をかける。
「ふすま閉めて!京子と音羽のお父さんたちが来た!」
飛び込むようにして座敷席の奥に料理と皿を持って飛び込み、襖を閉める。しばらくして向こうの座敷席に人が座った気配がする。
「なにも隠れることないんじゃねえか?」
と耕治が言う。
「バカ、一ツ橋君と一緒にいるところ見られたらめんどくさいでしょ」
「ごめん…」
「ううん、学君は悪くないよ」
と音羽。
「ねえ、誰来てんの?」
と京子。ふすまを小さく開けて隣の様子を伺う。
「京子と音羽のお父さんと、病院の院長先生、ほか二人くらい」
選挙関係だろうなあ。
と、そのうちの一人がこっちに向かって歩いてきた。ヤバ。隠れて隠れて、って手で合図するけど、どこに?って手で返してくる。しるか。
がらりとふすまが開く。
「あれ?トイレこっちじゃなかったっけ」
襖を閉めて戻っていった。みんな開くふすまの両側に張り付いて危うく難を逃れたけども、結構ギリギリだな。この場所。でも、あの今おじさんたちがいる座敷の前を通ってしか階段に行けない。……仕方ない。
「ここは危ない、奥に階段があって私の部屋に上がれるから、そこから逃げよう」
座敷席のさらに奥に、目立たないように扉がある。その扉を開けると、階段というよりも梯子といった方がいいような急な階段があり、その先の3階に私の部屋がある。
「ちょっと、靴、取ってくるからここで待ってて」
待っててもらう。
「ちょっと、部屋、あの、片付けるからちょっと待ってて。10分くらい」
待っててもらった。
先に部屋に入って中を片付ける。散らかったものをとりあえずベットの下に突っ込む。部屋に貼られたハルカナグッズをはがしてそっとしまう。ゴミはゴミ箱に。まあ、最低ランクはクリアーしたと思うので、とりあえず入ってもらう。
「いいよ」
「お邪魔します」
「なんかちょっと散らかってね?」
「女子の部屋こんなもんだよ」
片付いてるよ?
「というか、8人も入ると狭いねコレ」
「今日はもうお開きにしようか。明日また学校で」
「お疲れ様」
「おつかれー」
そういって、飛行ガサで滑空するように3階の私の部屋の窓から地面までみんなが次々に降りていく。一ツ橋、音羽、京子、耕治。遥子さんが下りようとしたとき、ちょっと待って、といって止めた。
「どうしたの?千草」
「あ、美香、美香も残って。実は、どうしても確かめないといけないことがあって」
いぶかしがる美香と遥子さんの前に、ポケットから胡椒ビンのような形をしたモノを取り出した。
「あ!」
とネイが声を上げる。
そう、これは、ネイの持っていた道具の中に入っていた『すなお砂』だ。これを振りかけるとどんなことでも素直に話してしまうという道具。今日、色々見たときにちょっと借りてきたのだ。これで、遥子さんがハルカナであることを確かめる。どうしても確かめないといけない。
「ごめんね!遥子さん!」
そういって、ドバドバと遥子さんにすなお砂を振りかける。
「ちょっと、ごほっ、ごほっ、砂、砂が目に入っていたい!」
「ごめんね!遥子さん、あなた、ハルカナなんですよね!」
「違うよ!わたしハルカナじゃないよ!」
「嘘!あれ?砂が足りないのかな、エイッ!エイッ!」
「ちょっと、千草、もう、私にまでかかってる、っていうか、部屋中砂まみれになってるんだけど」
「まってて、美香!もう少しだから!ねえ、誰?ハルカナは誰?」
「ハルカナは私。私がハルカナ」
「…え?」
砂を振りかけていた手が止まる。その言葉は意外な人物から発せられた。
「美香…それ、どういうこと?え?冗談でしょ?あなたがハルカナって?」
美香が、鼻の両側から押さえて、ぷう、という。
「私が、ハルカナ。ずっと、歌を歌ってた」
*〇13,春×叶う×ハルカナ
【井村美香】
「私が、ハルカナ」
言葉が、出ていた。
自分の意識と関係なく、自分の秘密をしゃべっていた。
よりにもよって、一番大切な秘密を、一番知られてはいけない相手に。
大慌てで口を押える。でも、出てしまった言葉は戻らない。
「え?嘘だよね?冗談だよね、だって、そんな、え?」
最初は何かの間違いだと思っていたであろう千草も、私の態度と顔色の変化をみて、それが本当だと察したらしかった。
ああ、駄目だ、底が抜ける。今まで自分を支えていた嘘が全部こぼれる。一度目をそらしてしまったので、もう目の前の千草の顔が見れない。そして、思考が止まり、でも、体は最適な行動をとろうとする。逃げるようにして、空いてる窓から勢いよく、飛び降りた。
飛び降りた瞬間、冷静になる。しまった、ここ3階だ。絶対骨折れたり大けがする。落ちどころが悪いと死んじゃうな、ああ、でも死んじゃってもいい、もう駄目だ。もう人生終わった。
……。地面に衝突する瞬間、バルーン宇宙服が飛んできて、ぼよんと私の体を跳ね飛ばしてくれた。今日、一ツ橋くんが落ちたときにオンにしていたスイッチのおかげで自動で保護してくれたのだった。でも、ぼよんと跳ね飛ばされた私の体は1メートルほど宙を舞って、思いっきり地面に打ち付けられた。痛い。全身が痛い。痛いけど、逃げないと、痛い。後ろを振り向けない。3階の窓から千草が私を見ている。
そうして私は夜の街を這う這うの体で家まで逃げて行ったのだった。
あ、裸足だ、と気づいたのは家に帰ってからだった。
◇ ◇ ◇
「ハルカナは、私」
歌を、歌ってた。
私はこの世界に星の数ほどいる『うたってみた』の一人だった。
最初はただの憧れで。そして少しの驕り。
小さい頃からyoutubeやニコニコ動画を見ていた。そしてその中に『うたってみた』というジャンルがあった。VOCALOIDなどの音声合成ソフトを使って歌を入れた音楽をつくる人たちがいる。その人たちが作った歌を自分の声でうたってみる、というジャンルの動画で、かなりの数が投稿されていた。再生数が多い人はみんなすごく上手かった。でもその中にはあまり上手でない人が数万再生されていたりして、これくらいなら自分でもできる、と思った。歌には自信があったのだ。なので、やってみることにした。小学校4年の時だ。
調べるとカラオケ状態になった音源(オフボーカル音源)が配布するサイトがあって、その音源に録音した自分の歌を合成して投稿するらしい。合成するためのソフトもフリーソフトが配布されており、それを使うことにした。ありあわせのダンボールでできるだけ音がもれない仮設の無音室を作り、スマホのマイクで録音した。録音して聞く自分の声は自分で思ってたのと違って変な感じで、音もところどころ外していた。何十回か取り直してある程度聞ける状態になったものを合成して投稿した。投稿した夜はドキドキして眠れないまま布団についた。何回再生されるだろう。いいねはつくだろうか。コメントはつくだろうか。スマホを閉じてはまた開いて自分の動画を確認する。朝まで。何回も。しかし、最初のドキドキはだんだん落胆に変わっていった。一向に再生数のカウンターが回らない。誰も私の動画を見ていない。
朝まで、布団の中でスマホを見ながら確認して、結局動いたカウンターは3。多分、全部私。結局私の動画を誰もみなかった。私を誰も見ていなかった。
その日。寝不足のまま学校へ行って。いつものように授業を受けた。休み時間、教室の前のは方で緒方千草やそのほかのクラスでも陽キャの人たちが楽しそうにはしゃいでいる。私は、本を読むふりをして一人の時間をやり過ごしていた。
ああ、ここでも。誰も私を見ていない。
家に帰り、そしてまた、惨めったらしく再生数を確認する。やはり3のままから動いていない。…悲しかった、そして悔しかった。どこにいても、誰も私を見ていない。だから、せめてこっちだけは誰かに自分を見せてやると、そう決心した。
私の歌が悪いわけではないと思った。トップにいるガチでうまい人は別として中くらいの層はどんぐりの背比べだ。私も行ける。多分何かやり方があるのだと思った。
曲の選曲。流行ってる曲より少し古くても固定ファンがいる曲の方がいい。
録音環境の改善。お年玉を使い、性能のいいマイクを買った。ダンボールハウスをもっと性能がいいものになるよう改良する。
動画にオリジナルの絵をつける。お金を払って絵師にイラストを頼むことができるサービスがあるのだけれども、5000円とか10000円とかする。マイクのようなものには払えるけれども絵にそれだけ払うのはちょっと……難しい……。と思い、twitterや画像投稿サイトを見て回っていると、無料絵書きます、とプロフィールに書いている人が結構いて、その人たちに頼むことにした。出来は…正直微妙だったけれども、何もないよりよっぽどいい。
ここら辺で両親にばれるけれども、歌を歌ってアップするだけだから、顔を出さない、個人情報を出さないということを説明して、何とかOKをもらう。
そして結果。環境を改善して始めて投稿した動画は120再生。3に比べれば大した数字だ。私はイケる!と踏んで、その後も何回も動画を投稿した。投稿するたびに再生数は増え、400、500、と増えていった。…ただ、その先がダメだった。どうしても再生数1000の壁を越えられない。だんだん自分もダレてきて、毎日投稿していたのが週に2回、週に1回、2週に1回、月に1回、と投稿頻度がどんどん下がっていっていた。その間、歌う歌の方向性を変えたり、動画で画像を動かしてPV風にしたり歌詞を入れたり、またとうとう絵師にお金を払って絵を描いて貰ったりしたが、結局、駄目だった。あの、数万再生される人たちと自分はどう違うんだろう、考えて、行動しても、結局わからなかった。
やがて追いかけるのに疲れて、もう、止めようと思った。やめるなら最後は、好きな曲を歌おうと思った。音声合成ソフトを使って曲を作る人のなかに気になってる人がいた。曲があった。
その人を知ったのは、その人が私の歌にコメントをつけていてくれたからだった。「どこにも行けないような雰囲気が伝わってきてよかったです」コメントが付くことなんて初めてだったし、相手のチャンネルに飛んでいった。どうやら彼(彼女かもしれない)も動画を投稿する人で、自分で曲を作ってボーカロイドに歌わせる音声合成ソフトを使って曲を作る人のひとりのようだった。
彼の作ってる曲の動画の概要を見る。再生数がは全部50~200だった。私よりも再生数が少ない。動画を再生して曲を聞いてみると、そんなに悪くない感じだった。…むしろ結構いい。ちゃんと画像がついたら違うのかもしれないけれども、でも、そうでないとこの再生数なのがこの界隈なのだった。多分、彼の曲が見つけられる可能性は殆どないだろう。その人の曲の動画を開いて続けて聞いていく。その中に、あった。ずん、と胸の奥の空洞に杭を打ち込むような曲。体が震えた。涙が出そうになった。こんなのは初めてだった。慌てて再生数を確認する。147。この曲を、この世界で147人しか聞いてないのだ。怒りと一緒に悲しみが来た。でも<傍点>そういうものだ、わかってたじゃないか</傍点>。
その人とはそれきり。でも、最後の歌には、その人の歌を歌おうと思った。人気だからとか有名だからとかじゃない。私が好きなうた、だから。
歌を録音してオフボーカル音源と合成し、動画を編集する。イラストは用意できなかったので、歌詞だけがながれるだけの動画になった。youtubeの投稿ボタンを押す。終わった。これで終わり。今までのように再生数を気にしてイライラすることもないし、義務みたいに毎日毎日音楽を録音する必要もない。肩からどっと力が抜ける。明日からどうしよう、とりあえず勉強だな、なんて思いながら布団についた。
次の日の朝。大変なことになっていた。
目が覚めた後スマホを覗いて動画の再生数を確認する。もうどうでもいいと思っていたのについ反射で確認してしまった。クセになってんだ、朝起きて再生数確認すんの。
「は?」
信じられないものがそこにあった。
再生数2万。
今まで体験したことのある数の10倍以上。しかもまだまだ再生数は伸びてる最中でいいねの数も視聴回数の数字もくるくると回っている。
学校に行っている間も気が気じゃなかった。授業中も先生の目を盗んでスマホをみる。再生数5万。まだまだ伸びている。チャンネル登録者も増えて、他の動画もみていてくれてるみたいだった。最初は喜びの方が勝っていたが、だんだんと不安になってきた。<傍点>見つかった</傍点>。そう私は見つかったのだ。
2週間後。最終的に再生数は50万まで行った。そして、その後に投稿した動画も1万台行くようになった。多分あれば運がよかったのと、そしてあの人の作った曲がよかったのだからだと思う。あの人のチャンネルを見てみる。再生数を見る。結局再生数は変わらず、100~200の間だ。悲しい、と思うのと同時に、この曲をもっと多くの人に聞いて貰うことはできないかと思う。今の私にならなにかできるかもしれない。
そう思っていた時、一通のメールが届いた。それはVtuberを何人も抱える事務所のプロデューサーを名乗る人からだった。そこには、私と、その私の歌った曲を作った人と一緒に新しい仮想現実のプロジェクトを始めたい、ということが書いてあった。悩んだ末(あと両親に相談した末)私はその誘いに乗ることにした。私と、あの曲を作った人と、そしてプロデューサーと、三人で(実際はもっとたくさんの人間が動いているのだが)新しい、誰も知らない“誰か”を作っていく。
それが、ハルカナ。春に叶うと書いてハルカナ。
私の歌と、彼の曲と、3次元モデル。ピンクの髪に黄色のインナーカラー。どこが寂しげな笑顔。
彼の作る曲と私の歌う歌の組み合わせは奇跡のようだとプロデューサーが言った。実際ハルカナの動画はぐんぐん伸びた。私の歌声はどこまでも届く。彼の曲はどこまでも響く。みんなが、ハルカナのことを見ている。
ああ、そしてある時気づいた。
<傍点>でも、誰も、私自身のことを見ていない</傍点>。
◇ ◇ ◇
ヴァーチャルライブをしている最中にペンライトを振っている、とコメント欄で書いてくれた人がいた。そうか。そうなんだ。意味あるの?それ。でもすごい楽しいとも書いてあった。何となく気になって自分でもやってみることにした。
放課後の視聴覚室はひっそりとしていて、ひとりで大画面を使って動画を見るのに最適な場所だ。ここで、時々ハルカナの動画を見る。家のテレビやスマホで見るのと見え方が違ってくる。だから今まで気が付かなかったところまで気づくことができる。動きとか、どうやったら映えるとか。今日はそれと、試しにペンライトを振ってみることにした。自分で自分に…とちょっと気恥ずかしい気がするかも、と思ったがそんなに感じなかった。ハルカリのこと自分とは違う人と思ってるところがあるのかもしれない。
曲に合わせてペンライトを振る。あ、これ、案外楽しいな。そう思ってた時、ガラリ、と廊下側の扉が開く。
緒方千草が立っていた。
*〇14,調査×記録×大船神社
【泉野耕治】
みんな変だ。
雪待が変なのはいつものこととして。
昨日から変なのは学と音羽だ。なんかお互いの視線を気にして、チラチラ見ては視線を逸らしたりする。うん、音羽から報告はないが、なんかうまくいってるんだろうな。あの飛行ガサの墜落のあたりからなので、まあ、怪我の功名ってやつだな。二度とごめんだけど。
今朝から変なのは千草と井村だ。ここ数日変に仲がいいなと思ったら今日は一切視線を合わせない。話を振っても全然しゃべらないし、千草はずっと不機嫌なようだった。酒処ちくさで別れた後に何かあったな。これは。
「耕治!今日はどうする?宇宙船早く見つけてネイを宇宙に帰してあげないとね」
京子はやけに協力的で。ただ、これは本来の京子の姿だ。困ってる奴がいたらほっておけないのが京子だ。ここ数週間の選挙でピリピリしていたのが変だったのだ。
とりあえず放課後集まって作戦会議だな。
◇ ◇ ◇
放課後。みんなで教室の後ろのスペースに集まる。千草と井村、そのまま帰っちまうかと思ったけど参加してくれた。ネイがぬいぐるみの中から顔だけ出している。それ、ぬいぐるみのなかに首詰めているみたいだからやめて。怖い。
「で、天狗岩がダメだったので、どうしようって話ですけど」
「やっぱり天狗って名前の付くところ回っていくしかないでしょう。地道な作業。どっかで当たるよ。大体の場所がわかれば私のゲームのポータルをめぐっていけばわかるし」
「あの、ちょっと思いついたことがあるんだけど」
お、学くん、何か思いついたかね。
「大船神社に縁起を見せてもらいに行こうと思って」
「演技?」
「縁起っていうのは神社の由来や出来事とかをまとめたもので、1000年前の出来事がもしかしたらその縁起に書かれているかもしれないから。そうしたら落ちた場所もわかるかもしれない」
なるほどなあ。そういうものもあるのか。
「じゃあ手分けしようぜ、地道に天狗なんとかを回っていく組と大船神社に行く組と。どうするまたクジかじゃんけんするか?」
「天狗まわりはアタシ確定でしょ、位置情報ゲーム私しか入ってないから。で一ツ橋は神社確定。残り6人だけど」
「わたし天狗まわりする!ほら、ね、みかちゃんもちぐさちゃんも行こ!一緒に!」
と言って雪待が二人の腕を引っ張る。ちょっと…と千草が言う。本当に雪待空気を読まないがもしかしたら逆に気を使ってるのかもしれない。じゃあそっちは任せた。俺は別に気を使わないといけないところもあるので。
「じゃあ、井村と千草、京子と、あと雪待とネイが天狗まわり組で、俺と学と音羽が神社組な」
流れに乗じて学と音羽を同じ組に放り込んだ。
◇ ◇ ◇
学校の正門の前でそれぞれ分かれて、人気のないところから飛行ガサで飛んでいく。
神社まで普通だったら自転車で40分くらいかかるところだけれども、飛行ガサだったら10分だった。便利だ。鳥居の前に降りてから、鳥居をくぐる。なんだろうなこの鳥居をくぐらないとっていう気持ちは。日本人?
大船神社は平坦な田んぼが広がる中にポツンとある。田んぼが水が張られている季節なら空に浮かぶ森のように見えるだろう。神社は何本ものでっかい木に囲まれていて、そこだけ他とは違う空気が流れている。
ひとまず拝殿に行く。見た限りだれもいなかったが、あのぉ、と声をかけると奥から袴姿のおじさんがのっそりとやってきた。紙屋さんだ。
「あの。ご連絡した一ツ橋です。あの、この神社の縁起を見せて頂きたくて」
あらかじめ連絡していたらしい。そつがないな。
「ああ、君が電話をくれた一ツ橋くんね、まあ、若いのに勉強熱心だね。うん、まあ、上がりなさい。あ、すいません、私、この神社を任されています、紙屋、といいます」
「どうも、今日は、よろしくお願います」
「よろしくお願いします」
俺と音羽も続けて挨拶する。
「耕治くんも音羽ちゃんも今日はよく来たね。今日練習の日じゃないからおかしいなとおもったんだけど、そうか、この子の付き添いだったのね」
「知り合いなの?」
「あの、俺らお祭りで天狗神楽踊るだろ?大船神社の例大祭で。だから準備やら練習やらで結構お世話になってんだよ」
「いまお神楽の舞台くんでる最中ですよ、あとで見ていってください」
そして促されるまま拝殿に上がる。拝殿の奥は薄暗く、目が慣れるのに少しかかった。
「あんまり軽々しく見せちゃダメなんだけど、まあ、若い人が勉強したがってるというのならね」
といって、大きめの箱を見せてもらう。古びた木の箱であちこち黒く変色している。
「ただねちょっと保存状態がよくなくてね」
そういって紙屋さんは封印している紐をほどいて蓋を開ける。蓋を開けると大小のいくつもの巻物がばらばらと放り込まれていた。
◇ ◇ ◇
「そっとね、そっとだよ」
そういう紙屋さんとゆっくりと本殿の中に巻物を広げていく。短い巻物は1m、長い巻物は5m近くあった。絵や文字が書かれていて、国語や社会の教科書で時々見る絵巻物と同じだなあ。でもなんか、こういう普段見れないものをみるとドキドキするよなあ、と思ってて横をみると学はさらに興奮しているみたいで、目が見てわかるくらいキラキラと輝いてる。そういやこういうのが好きで郷土史研究会に入ってるんだもんな。
「あの、写真撮っていいですか?」
「いいですよ、どんどんとっていってください」
スマホの写真でパシパシとる学。
「先代の先代がね、これやら社宝に何かあったときに記録ががなくならないように、って業者読んでマイクロフィルムに全部撮影したんですよ」
「マイクロフィルムって何ですか?」
「写真の普通のフィルムみたいな形なんですけれども、すごく細かく現像できるから、そういう資料の保存に昔よく使われてたんですよ」
写真のフィルム自身がよくわからないがそこは流すことにする。
「でもねえ、マイクロフィルムの方が先に溶けて使えんようになってしまいました。500年持つって言われてたんですけど、保管場所がわるかったんでしょうねえ。でも、500年。ここにある一番古いのは1000年近くのもあるんですけどねえ」
「あの、すいません、天狗がこの町に現れたっていうような、あの、1000年前の天狗神楽が始まったころの歴史を知りたいんですけれども」
「あー、それならここです」
といって、一番ボロボロな巻物の端っこの方を指さしてくれた。ボロボロすぎて殆ど判別できない。
「あー…」
「ちょっとこれは…」
「読める?」
「読めないですよね……」
赤い大きな塊が山の方に飛んでいく図と角を二本生やした男が娘を踊ってるような、そんな絵が描いている…ような気がする…ことはわかるが、それ以上はわからないし文字に至っては壊滅的だ。
「この絵からは山に…落ちたってことはわかるね…」
「それくらいだね……」
縁起をみてUFOの場所を探す作戦は失敗かな、そう思った時。
「文字だけでいいのでしたら、こちらをごらんになってください」
そういって紙屋さんが糸で閉じたノートくらいのサイズの分厚い本を持ってきた。
「なんですかそれ?」
「ここの縁起を全部書き起こした本です。書かれたのが江戸時代なので、文字も一部崩し字になってて読みにくいですけど」
「それ!見せてください!」
「いいですよ、その前にこれ、この巻物片付けてからにしましょう。そっと、そっとですよ」
◇ ◇ ◇
場所を移した。社務所で学は冊子と取っ組み合っている。畳がしかれ、アルミサッシで覆われた社務所は冷房が効いていてとても涼しい。麦茶も出してもらった。本当に快適だ。学は冊子を必死でめくって調べているが、俺と音羽は手持無沙汰で紙屋さんと世間話をしていた。学校の生徒が減っている話とか、天狗神楽の練習は進んでいるのかとか。選挙の話は出なかった。ここにそれぞれの陣営の立候補者の息子と娘がいるからだろう。一応紙屋さんは立場的に国府田のおじさんの陣営のはずだが、色々と思うところもあるのかもしれない。そうでないと学に貴重な資料を見せてくれたりしないだろうからな。大人も複雑だ。
一方の学は、1ページずつ冊子にスマホをかざして写真を写しては難しい顔をして画面を眺めて、そしてまた次のページを写してはは眺めてという作業を繰り返している。
「それ、なにしてるの?」
と音羽がのぞき込むようにして学に聞く。心なしか顔が近いな。
「読めないから」
「?」
「江戸時代に書かれたこの文章、崩し字で書かれていて読めないから、崩し字をちゃんとした今の文字に直してくれるアプリを使って直してるんだ。それで確認して次って呼んでいってるんだけど、なかなか目当ての文章が出てこなくて…」
「そうなんだ。あの、何か手伝えることない?」
「えっと……うん、それじゃあ。音羽さん、この冊子1ページずつ写真に撮って、それから僕の方に送ってもらっていい?分業しよう」
「うん、あ、あの」
「?」
「アドレス。交換」
「あ、うん」
そうして二人、スマホを突き合わせてアドレスを交換している。
ふたりとも座ってるのに心なしか浮足だってるみたいに見える。あー。なんか俺の知らなところで本当にうまくいってるらしいな。
紙屋さんも何か用があるらしく奥へ引っ込んでいってしまった。あー、俺だけなんか暇だな。
「なんか俺、することないみたいだし、ちょっと昼寝するわ」
そういって日の当たる縁側に横になった。午後の日差しが超気持ちよかった。
◇ ◇ ◇
「あった!」
「うおっ!」
学の叫び声で目が覚めた。どうやら本気で寝てしまっていたらしかった。涎をぬぐう。
「見つかったの?学くん」
「なに?なんがあった?」
「ええとね、ここ、『長保五年夏水無月二十三日、大きなる星、巳の方より亥の方角へ空割り流れたり。音ありて雷鳴のごとく。億の山落ち天地鳴動せり。国司の藤原某曰く、流星にあらず。是天狗なり。天狗、落ちたる後数日、人里に降り来たり』」
「…えっと、わかるように説明してくれ」
「1003年6月23日、鳴のような音が響き、東北東から西南西へ向けて空を割って一筋の明るい星が流れ、奥の山に落ちた。国司の藤原何とかという人が言うことにはそれは流星ではなく天狗だという。起きた数日後、人里に天狗が下りてきた……。うーん、でもこれだけだと地名も何もわからないな…。奥の山…。この神社に奥の山ってあったっけ。後ろ側の山っていうこと?前後にも天狗にまつわる文章はないし、これだけなのかな、情報」
「学君、これ、私思ったんだけど、東北東から西南西へ向けて、っていうのとこの神社の場所から大体の場所って特定できない?」
「なるほど…やってみる」
そういって今度はこの町の地図を出してそれと格闘しだした。
そこへ紙屋さんが麦茶のお代わりを持ってきてくれた。ありがとうございます。
「なにやら騒がしいですな。見つかったとかなんとか。いったい今日は何を調べに来たんですか?なんか漠然と絵巻物がみたいっていう訳でもないでしょう」
「あの、実は僕ら今、この町の天狗神楽の起源やこの町と天狗のかかわりについて調べてるんです。ほら、この町天狗の名前の付く地名とか場所とか多いじゃないですか」
「まあ、そうですねえ。多いといえば多いかも」
「紙屋さん、天狗について何か知りません?」
「天狗神楽の言い伝えだったらお話できますよ。1000年前の話って言われてますけど。この町に天狗が空から降ってきた。天狗は娘と恋仲になったが町の人々に反対された。けれども、天狗の持っていた神通力でこの町が栄えて、それで町の人々も天狗と娘の結婚を許した、というお話です」
うん、そこまでは知ってる。
「それで、その後、天狗が神通力で作った川や池を、天狗川、天狗池、という名前で呼んでるんです」
千草と京子たちが今そっちを回ってるはずだ。
「それでね、この神社の御神体は、天狗と一緒に降ってきた石なんですよ」
「えっ!」
俺と音羽の口から驚きの声がでる。学も地図から身を起こして叫ぶ。
「なんですか急に?」
「そ、その石って今どこにあるんですか?」
学がつかみかからんばかりの勢いで紙屋さんの前に聞く。
「ご神体ですからむやみに見せるわけにはいきません……と言いたいところですが、ここだけの話、ないんですよ」
「ない?」
「今から100年くらい昔、遷宮…神社を移すことがありまして。ただ、その時重くて運べなかったんでしょうな。その石の一部分を持ってご神体としたわけなんですが…。恥ずかしいことに元の石の場所がわからなくなってしまいまして」
紙屋さんが薄くなった頭を搔くようにして照れ臭そうに話す。でもこれ多分、ここだけの話って言いながらあちこちでしてるな。
「その!その引っ越す前の神社ってどこにあったんですか?」
「伊吹山です、伊吹山。伊吹山の中腹あたりにね。今でのその神社の跡があるはずですよ」
天狗岩のあるところだった。それじゃあ、やっぱりまだ探せてない天狗岩があるとか?でももしそれが埋もれてしまっているとしたらもう見つけようがない。
「あの、この、この地図!」
と、学がすごい勢いで地図をもって戻ってきた。
「すいません、この地図でいうとどのあたりになりますか?」
「そうですなあ…。この、ここらへんが」
といって紙屋さんが指を指す。学はその場所をマーキングしてまた机に戻ってしまったそそして
「東北東から西南西……裏の山……これ…?」
とまた地図とにらめっこをしだした。上から見下ろすと地図の上にはいくつかの補助線やマーキングがされている。昨日行った天狗岩の全ての場所もすべて印が書かれていた。アプリで見たときにはわからなかったが、こうして地図の上に広げて天狗岩の位置を確認すると、何らかの法則性があるように見えなくもない。天狗岩の多くは一列に弧を描くように屹立していて一定の方向を示しているように見える。まあそうでない場所にポツンとたっている岩もあるけれども。さっき聞いた旧神社の場所から西南西にも線が引かれているがその先にはなにか目印になるような建造物や遺跡のようなものはない。ただ。
「あっ!あっ!ああああああああああああああああああっ!」
突然学が叫んで、手元にあった地図にサインペンでグリグリと書き出す。
「おい、一体どうしたんだよ」
「これ…これみて…」
心なしか笑っているような顔で学が見上げてくる。
右手は地図の伊吹山あたりを指さしていた。旧神社から伸びた線、そして、<傍点>円。全ての天狗岩を結ぶ円</傍点>。
緩い弧を描いているように見えた一部の天狗岩はこの巨大な円の一部だった。そしてその中心、旧神社から西南西に引いた線の交わるところ。
「ふたつ池……?」
そこには昨日行ったふたつ池が、丸く、小さく描かれていた。
◇ ◇ ◇
おそらく、UFOが埋まっているだろう場所が見つかったということをを京子に連絡する。その知らせを聞いた京子は飛んできた。文字通り飛行ガサで。紙屋さんに見つからないように神社の裏手の森みたいになってるところに降り立つ、京子と雪待とネイ。ネイは京子からちょっと大きめの帽子を貸してもらって角を隠している。こうするとなんとか外国人の子供に見える。まあそういってもこの町では目立つのだけれども。
「あれ?こんだけ、人数少なくね?千草と井村は?」
「なんか喧嘩して帰ったよ」
「わたしが半分くらい悪い。半分くらいだけど…ほんとだよ?」
「まあ、二人とも子供じゃないんだしほっといてもいいでしょ」
困るなあ、この忙しい時に。やっとUFOの埋もれてる場所が見つかったかもしれないって気に。言い出しっぺだろあの二人。まあいいや、あの二人抜きでやるか。
「ところで埋もれてるとこ見つかったって?ふたつ池って本当?名前に天狗ついてないじゃん、誰、名前に天狗ついてる場所調べようっていったの」
「京子だろ?」
「え?私?」
コントか。
「ねえ!ねえ!これなに?」
そういってネイが神社の拝殿の前に組まれた仮設の構造物に興味を示した。四方に柱が組まれた前後左右四メートルほどの、地面からの高さが60センチほどの仮設の舞台の周りを興味深そうにまわる。今は柱と床が組まれているだけだが、祭りの前日になれば四隅から伸びた柱と柱の間に縄が張られ御幣を飾ることになるだろう。俺と音羽が祭りの日に神楽を舞う為の舞台だ。…ええと、だけどそれをどうやって説明したらいいんだろう。そもそも神楽ってなんだ?深く考えたことなかったな。
「外国の方ですか?これに興味があるんですか」
いつの間にか外に出てきていた紙屋さんがネイに話しかける。
「はい!教えてください!」
おい、ちょっとネイ。
そして、紙屋さんは、この遠くから来た子供にどうやったら伝わるのかと、言葉を選びながら話を始めた。
「お祭りの日にね、ここで、この耕治くんと音羽ちゃんが踊るんですよ。伝統的なお面と衣装を着て。この舞台の前にはたくさんの観客がきて、その踊りをみるんですが、でも、その踊りは本当は、観客に見せるためにするのではないのです。この神社では猿田彦…鼻の長い神様を祭っていて、耕治くんはそのお面を被るのですが、その面を被って踊っている間、耕治くんは神様が降りる…神様が耕治くんの中に入っているのですが、その、神様が耕治くんの中に入っているということがこの神楽と、お祭りの意味なのです」
「意味?」
「お祭りは、神様と人間が交わって、一緒に楽しむことに意味があるのです。ですので、神様をこうやって呼んで、そして神様も人間も一緒に楽しみましょうものなのです」
「違う生き物が仲良くしようっていうこと?」
「生き物というのは違うかもしれないですが、そう、仲良くしようということです」
ネイが、何度も頷いて納得した顔をしている。
「ねえねえ、お祭りってことは屋台もでるの?」
と聞いたのは雪待だ。
「たくさん出ますよ、お祭りの日にはこの町だけじゃなくてまわりの町からもたくさん人が集まってきますからね、かなり盛大なお祭りになりますよ」
「あー、なんか今から緊張してきた」
音羽がこの暑いのに身震いする。
「音羽ちゃんはねえ、まあ、音羽ちゃんが踊らないとねえ。もともとこの神社は国府田さんところの氏社だから」
「氏社?」
「ここの神社で祀られてる神様は一応猿田彦様になっているけれども、もっと昔は別の名前で呼ばれてたはずなんですよ。その名前ももうわからないんですけれどねえ。そしてその神様は代々国府田家を守っていた。だから実は私も音羽ちゃんの遠い親戚になるはずなんですよ。まあ今ではそんなことも関係なくこの地域全体を守っていただいているんですけれどね」
学がその話を食い入るように聞いていた。郷土史研究会をしてるくらいだからな、興味あるんだろう。ただ、その話をずっと聞いてたら日が暮れちまう。学に行こうぜ、って声をかける。紙屋さんには今日のお礼をいって立ち去ることにした。学が重ねて礼をいう。
「今日はありがとうございました。あの、また、お話を聞かせてもらっていいですか?」
「はい、いつでも来てください。一ツ橋くん。君がね、あちこちでこの町の話を聞いて集めいることは聞いてますよ。今日のお見せした冊子。あれやらね、先々代の作ったマイクロフィルムやらね、そして、巻物でもそうですけれども、誰かが、記録に残そうとしたから残ってるわけです。一ツ橋くん。私はね、君のこと、立派だと思いますよ。大変だと思いますけど頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
そういって学は深々と頭を下げた。
*〇15,美香×千草×すなお砂
【ネイ】
「えー、ここが天狗川の下流。暴れ川だったのを天狗が治水したから天狗川って呼ばれてるんだって。で、これがその記念碑」
キョウコが場所の説明をして場所を示す。
「よっこいせ!反応なし」
ハルコがステッキを刺して反応を確かめる。
「……」
ミカは無言。
「……」
チグサも無言。
二人はずっと沈黙していて微妙な空気が流れている。
「じゃあ、次、天狗のまな板」
アプリで場所を確認するキョウコ。
キョウコに続いて4人、飛行ガサで飛んでいく。
◇ ◇ ◇
「天狗のまな板。えー、これは、天狗が、巨大なシシ?イノシシをこの岩の上で調理したという伝説から…。ただの平たいでっかい岩だねコレ」
「よっこいせ!反応!なし!」
「……」
「……」
◇ ◇ ◇
「天狗洞、これは山から下りてきた天狗が一時期住んでいたといわれる洞窟で…」
「よっこいせ!反応!な!し!」
「……」
「……」
◇ ◇ ◇
「天狗の釣り針、これは………」
「……」
「……」
「あの、いい加減雰囲気悪いんですけど。流石にアタシもそろそろ怒るよ?」
ずっと不機嫌で、一言もしゃべらず視線も合わせないミカとチグサにキョウコが遂に切れた。
「……」
「……」
「……美香、なにかいうことあるんじゃないの?」
「……別にいうことなんて何もない。道具を使って人の秘密を聞き出そうとする方が最悪だし」
「別にあんたに使おうとしたわけじゃないし。何?逆ギレ?」
「はぁ?キレてねえし」
「……」
「……」
そしてまた無言に戻ってしまった。
「……なにわだかまってんのか知んないけどさ、ちょっとこのキョウコさんに話してみなよ。何が原因で喧嘩してんの?ていうか、いつの間にあんたら喧嘩するほど仲が良くなったの?」
「話せない」
「絶対に言えない」
「今回のUFO探しと関係ある?」
「関係ない」
「クラスの他の連中が関係してる?」
「してない」
「じゃあ、もう、何もわかんないじゃん!雪待、なんか知ってる?」
「知ってるといえば知ってる……。というか私も驚いてドキドキしてる…」
「はぁ?なに?じゃあ知らないの私だけ?ちょっと雪待教えなよ!」
「言ったら殺す」
「話したら許さない」
雪待が口にチャックをするジェスチャーをする。
「あーっ!もう、お前らいい加減にしろよ!」
そして今度は千草が切れた。
◇ ◇ ◇
話は昨日の夜、ミカがチグサの家の三階から飛び降りて逃走した後に遡る。
「これ、間違いだよね。この道具壊れてる。ハハハ、やだなあ。飛行ガサも落ちたし、ネイの持ってきた道具、本当にガラクタばっかりなんだから。ハハハ。本当嫌になる。ねえ、これ、壊れてるんだよね」
張り付いた笑顔で千草がボクに問いかける。
「壊れてない。それに、もし壊れてるんだとしたらミカがあんな風に飛び降りて逃げた説明がつかないよ」
「いや、あの子さ、窓から飛び降りる癖があるから。そう、急に飛び降りたくなっただけじゃないかな。うん、初めて会った時もさ、急にさ、急に」
そういうと、急に顔を押させてしゃがみ込んだ。どうやら泣いているようだった。
「あの、アタシだったら、ともだちがハルカナだったらすごい嬉しいけど。ていうか、ミカちゃん、ハルカナだったんだね。すごいね。アタシ今までハルカナと普通に話してたんだね、ねえ、チグサちゃんアタシ思うんだけど」
「黙って」
「はい」
そしてハルコは両手の人差し指で口を押えるジェスチャーをした。
「帰って。一人にして」
「はい」
ボクも、これ以上ここにいてもどうしようもないと思って、窓から飛行ガサを使って降りることにした。降り際、ハルコが「これもらってくね」といって『すなお砂』を回収していく。
家までの帰り道、今さっき起きたことがどういうことなのかハルコに聞いてみた。
「わかんない」
「だってアタシも宇宙人だから」
どういう意味だろう?ハルコは地球人のはずだった。
◇ ◇ ◇
木でできた屋根付きのバスの停留所の隣には古びた自動販売機がおいてあった。キョウコはそこでレモンスカッシュを二缶買い、ベンチの上の土ぼこりにまみれた座布団に座っているミカとチグサに手渡した。
「ほら!」
一瞬目をそらしたのち、二人は黙って缶を受け取った。
「アタシには?」
「あんたは自分で買え」
ハルコが軽く膨れて見せる。
黙り込んだまま一向に埒が明かない二人をキョウコが無理矢理ここまで引っ張ってきたのだった。
「いいよ、自分で買うから。ネイ、何がいい?」
そういって自動販売機に向き直ったハルコが驚きの声を上げる。
「え?レモンスカッシュとサイダーしかない、むしろレア?」
そういいながらハルコはボタンを押し、ガコンガコンガコンと缶が落ちてくる音がする。
「レモンスカッシュに、レモンスカッシュに、レモンスカッシュ。はい、ネイ。ほら、キョウコちゃんも」
「……ありがと」
「まあ飲もう飲もう。ぬるくなっちゃうよ」
ハルコがそういってプルタブを開ける。
続いてボクが開けると、仕方ないって感じでキョウコも開ける。それを見てミカとチクサも。飲む。飲む。そして沈黙。さっきと何も変わってない。ふたりとも何かを話そうとしてるのに話しかけられない。そんな雰囲気だと思った。
「あのね!わたし思ったんだけど」
口火を切ったのはハルコだった。
「ふたり、最初に会った時、すごく仲良かったでしょ、あの時ね、二人は本当の友達だと思ったのね、だから、本当の気持ちで素直に話し合えば、ちゃんと本音で向き合えば、きっと元通り仲良くなれると思うの。だから!はい!えい!」
そういったハルコがポケットから取り出したのは小さな瓶だった。『すなお砂』そしてハルコはその砂をおもむろに二人にかけ始めた。
「ちょっと、止めて!ダメだって!」
「遥子!ちょっと止め!」
遥子は構わず二人に砂をかけ続ける。
「さ、話して、本当はお互いのことをどう思ってるのか、なんで怒ってるのか、どうしたいのかっていうことを」
そしてすなお砂をかけられたチグサが話し出す。
「……なんでずっと黙ってたの。私のことずっとだまして」
「だましてなんてない、ただ、ずっと言い出せなくて」
「同じことだよ!」
「あんたもハルカナのことが好きで、好き同士で。そう思ってたのに。今までハルカナの曲のここがいいとか、きっとこんな人間だとか、そういう話をしてた私がばかみたい。あんた、そういう私のことどういう目で見てたの?下に見てた?馬鹿にしてた?優越感?笑ってた?」
「…優越感はあったよ、笑ってた」
「ほらやっぱり!」
「だって仕方ないじゃん!千草、私のこと知らなかったじゃん、最初にあったとき、私の名前聞いてきて!小学校の時も一緒だったのに、私のこと全然覚えてなくて!同じクラスなのにすごく遠くて!緒方千草はそういう人間だよ!いるだけで私が惨めになる!そんな緒方千草が、ハルカナのファンって、笑わずにいられないでしょ?すごく愉快で仕方なかった!」
ミカはぼろぼろと泣きながら笑っている。
「そうかもしれないけど、でも、私、ハルカナのことも、美香のことも本当に好きだったんだよ。ハルカナの曲も歌も、私みたいで、美香のことだって、私、好きだったのに…。本当の私のことわかってくれてる、ただ一人の友達だと思ってたのに…」
「わからないよ、わかるわけない!だって、千草は私のこと全然わかってないじゃん、私がハルカナをしながらどんなことを思ってたのかとか、千草の前でどんな惨めな気持ちだったとか。ハルカナの曲が好きだって言ってたけれどもでも、それを作ってるのは私じゃない!私は声を出してるだけ!残念でした!ハルカナなんてどこにもいないの!いないんだってば……!」
「いるよ…ハルカナはいるよ…いなくてもいるよ」
ハルコが口をはさむけれども、それは二人には届いてない様だった。
「…いないの?」
「いないよ」
「私のことも、友達じゃないって思ってた?」
「思ってた、最初は」
「今は?」
「わかんない」
「そ、じゃあこれまでだね。さよなら」
そういって、チグサは踵を返して一人帰っていった。飛行ガサも置いていったまま、一人歩いて。
「ごめん、私も帰る。あと、これ、返すね。さよなら」
ミカもそういってハルコに飛行ガサを渡すと、反対側の道を歩いて去っていった。
ハルコは、何が起こったのかわからない様子で道の左右をキョロキョロと見回している。キョウコがそんなハルコの前に立ち、そして、
パァン
と、ハルコの頬をはたいた。
思わず頬を押さえるハルコ。
「あんた、自分が何したかわかってる?」
「…わからないです……」
ハルコはうつむいたまま、キョウコから目線を逸らせて答える。
蝉の鳴き声がひときわ大きく聞こえる。だれも何もしゃべらない。突然、キョウコのスマホが鳴った。
「もしもし。耕治どうした?え?UFOの落ちた場所が分かったかもしれない?うん、うん、わかったすぐ行く」
短く通話をしたのち、スマホを切って、ハルコの方を向き直った。
「行くよ!ほら」
◇ ◇ ◇
眼下にセロリ畑を見下ろしながら、大船神社へ向かって飛んでいく。
ハルコが小さくキョウコに「ごめんなさい…」と呟いた。
「謝んないで。私が怒ってるわけじゃないから。いや、怒ってるけど」
「うん…」
「私がさっき怒ったのはあんたが無神経だったこと。誰だって仲いい相手にだって秘密にしておきたいことがある。ネイもわかるでしょう?」
「うん、わかる」
「わたしは…よくわかんない」
「あんた宇宙人より宇宙人みたいだね。次があったら気をつけなよ。次があればだけど」
「うん…」
「それから、この後、なんでもない顔しなよ。それくらいはできるでしょ」
*〇16,UFO×ふたつ池×鍵
【藤谷京子】
子守をしているような気持になる。別に悪い子ではないのだ。ちょっと頭がアレなだけで。ただ、それだけで人間関係というものはズタズタになる。都会の学校だったらキツかっただろうな。不思議キャラでやっていくにも限界があるし。まあアタシの知ったことではないけれども…といいながら手をだしてしまった。こうなったらある程度面倒をみないといけないだろうな。めんどくさい。
耕治に合流した時、井村と千草は“喧嘩して帰った”とだけ言った。今朝の雰囲気のこともあり、何となく察したらしくそれ以上は聞いてこなかった。あの二人が何でもめてるのかわかんなかったので、その後“ハルカナ”で調べてみた。どうやらVTUBERらしい。何となく推測するに、二人ともそのVTUBERのことが好きで、でもそれを秘密にしてて、あとなんやかんやで喧嘩になったらしい。馬鹿らしい。誰が何を好きでも別にいいじゃん。くだらないことで喧嘩してるな。
神社から少し離れたところ、見通しの悪いところで飛行ガサのプロペラを回す。二人減って6人の体が空に舞い上がる。ああ、これ、気持ちいいよな。好きだ。昨日一日中かけて天狗岩を探し回った伊吹山へ一直線に向かう。足元に町が小さく見える。この速度なら30分かからない。これで宇宙船が見つかったらネイは宇宙に帰っちゃうのか。寂しいな。あと、この飛行ガサだけでも置いていってくれないかな。
いつの間にか足元に田んぼがなくなり、丘の合間を縫うように何かを育てている畑が見える。畑は勾配に沿うようにいびつな形をしていて、それをつなぐようにまた曲がりくねった道が続いている。そこからしばらく飛ぶといよいよそんな畑もなくなり景色は足元に広がる森だけになる。目の前には山が迫ってきている。伊吹山だ。伊吹山の周りには他にもいくつもの峰が連なっており、それがこの町を覆う壁のように見える。ふと、プロペラに命じて高度をぐん、と上げてみる。視線が山の高さを越える。遥か向こうに地平線が見える、かと思ったが、見えたのは隣の町と、そしてその向こう側にまた壁のようにそびえ立つ別の山だった。そりゃそうだよな、うちの県、山あり県だから。
そんなこんなでふたつ池到着。昨日来たばっかりだから新鮮味がないな。
ふたつ池は昨日と同じように澄んでいてまん丸な池の向こう側まで水面が凪いでいる。この不自然なほど丸い池の形もUFOが落ちたクレーターって考えると、まあ納得がいく…かな?
昨日、みんなで休憩した東屋のあったところに全員そろって立ち、池の中央を見つめる。あるとしたらあの真ん中、あそこにUFOがあるに違いない。もうすぐあの場所からUFOが浮かび上がってくるのだ。その光景を想像すると指先が少し震える。できれば井村や千草と一緒に見たかったな。それがすごく残念だ。せめて動画にとっておこう。またあの二人が仲直りしたら一緒に見よう。
「それじゃ、行くね?」
と池のほとりで雪待がステッキを振りかぶる。
「ちょっと待ってちょっと待って」
とネイが横からそれを止める。
「なんかすごいドキドキしてきた。ここ、本当にここでいいんだよね、ここにあるんだよね、きっと」
「私もここが一番ある可能性が高いと思う」
「ここじゃなかったらどうしよう、とか、考えて、本当に、ねえ、大丈夫だよね?」
「ダメだったらまた探せばいいだろ、でも、多分ここであってるって、学がそういってんだから、なあ」
「いや、そんなに自信があるわけじゃないけれども…ああ、でも、ふたつ池ってもしかして、宇宙船にふたをしてるからふたつ池って呼ばれてるのかも」
「学くんが調べて見つけたんだから、間違いないと思う」
「音羽さん、ありがとう」
音羽が一ツ橋のことを“学くん”と呼び一ツ橋が音羽のことを“音羽さん”と呼ぶ。飛行ガサ墜落の一件から二人の距離が近い。あー、そういうことね。耕治がコソコソやってたのもこのことか。なんか私だけ蚊帳の外だな。私の立場としてはこの二人のことを認めるわけにはいかないのだけれども、まあ、一ツ橋も思ったよりもいい奴だったし、親は親、子供は子供だし。UFOが見つかるまでは休戦ってことだからそれまでは目をつぶっとこう。
ぎゅっと目をつぶっていたネイがゆっくりと目を開けて、深呼吸をする。
「大丈夫、覚悟きまった」
「よし、じゃあ、いくね!」
雪待が再びステッキを振りかぶり、
「えいっ!」
池の手前の地面に突き刺す。一呼吸おいて。
――赤色の光があたり一面に迸った。この間、ロボットが出てきた時よりもはるかに明るい光。
「あたりっ?」
「うおっ!これ!どうなんだよ、ネイ!」
「…ない…、間違いない!ここに宇宙船がある!」
ステッキからの赤色の光に呼応するように、池の中心が赤色に光る。水面が盛り上がり、ゆっくりと赤色の球面が浮かび上がってきた。それはクラゲの頭部分が自ら顔を出している状態で、UFO全体が出てきたようではない様だった。あれが球面の一部だと仮定してUFO全体がまん丸な球形をしているとしたら直径が50メートルくらいはあるだろう。
「お、おい、行ってみようぜ」
しばらく全員呆気に取られていたが、耕治の一声で我に返った。飛行ガサを回して池の上を飛び越えて、赤いUFOの表面に降り立つ。
「それで、これからどうすればいいの?」
「ステッキが宇宙船共通の起動キーになってるから、これを表面に突き刺せば動きだすよ」
そういってネイがUFOの表面を小突く。するとそこに丁度ステッキが入るくらいの穴が出現して、ステッキが吸い込まれていった。
「そして、入り口がひらく…はずなんだけど…あれ……?」
何も起こらない。代わりに。
「せ;ぉjgtsd;rmjk、:pvsv:、rsふぉv。lrせ」lrt「」sr」
私たちの知らない言語で何かのアナウンスが流れた。何だこれ?でも、それを聞いたネイの顔がみるみる青ざめていく。
「そんな……そんな……」
「どうしたの?ネイ?」
「鍵が…鍵がないとダメだって。この宇宙船専用の認証キーがあって、それを挿入しないと入ることも動かすことも出来ないって……」
「鍵って…?」
「宇宙船には専用キーをつけないように条約で決まってるから、大丈夫だと思ってたのに…」
「その条約が出来たのって何年前?」
「500年前……」
「駄目じゃん……」
「鍵の心当たりは?例の、銀河特急って本に何か書いてないの?」
ネイはふるふると首を振る。
「せっかく見つかったのに……」
ネイの目から涙がこぼれる。
「この後…どうする……」
「鍵を探すとか…?」
「なんの手がかりもないのに?」
声を出さずに嗚咽していた。もう誰も、何も言えなかった。
ふと、遠くない距離からエンジン音がした。誰かがこの池に向かって車を走らせている。みんなその音に気付いたようだった。
「今、どうしようもない状態だけどUFOが見つかるのはまずい!なんとか隠さないと!」
「あ、うん、そうだ」
ネイがUFOからステッキの頭部を触り何らかの指示を出すと、出てきたときと同じようにゆっくりと池の底へ沈んでいった。沈み切る前に飛行ガサでまた、池のほとりに戻る。自分たちも隠れようとしたが、それよりも先に車が池につく方が早かった。車は、私のよく見知った車だった。
「おい、千草じゃないか。それに耕治くん。こんなとこで何してるんだ?」
「パパ」
父だった。
「音羽もいるのか。こんな遠くまで、一体どうした」
音羽のお父さんも。
車から降りて私たち全員を見回し、そこに一ツ橋を見つけて、少し嫌な顔をする。
「こんちわーす、千草のお父さん、えーと、クラスのみんなでピクニックっす。あの、転校生が新しくきたんで、そいつにこの町の名所を案内してるんすよ」
「見るとこなんてないだろ。こんな村」
「いや、このふたつ池とかきれいだって思いますよ」
「そうか。でもまあ、もう、この池も埋め立てちまうんだけどな」
「はい、聞いてます」
耕治は一ツ橋の父親から聞いたとは言わなかった。
「あさってから工事を始めるんで、まあ、最後に見ておこうっておもってな。明後日の工事の時も一応来るつもりだが…始まってしまったらもうこの池じゃないからな」
「なかなか思い出深い池なんだよ。昔は泳いだり釣りをしたり、本当は埋め立てなんかしたくないんだが」
「じゃあ、止めるとかできないんですかね」
「そういうわけには行かないさ、町全体のことを考えたら、個人の意思でどうこうできることじゃない」
「そんなもんなんですかね」
ちょっと雰囲気が悪い。一ツ橋がいるせいだと思った。あと、遥子とネイと知らない人間がいるのも。
「それじゃ、あの、俺ら。先帰ります」
「大丈夫か?送っていこうか?」
「いえ、自分らで帰れるんで」
そういって池を後にした。足取りが重い。しばらく行って見えなくなったあたりで飛行ガサを開く。ゆっくりと上昇して…、あれ?そのままゆっくりと下降していった。みんなの飛行ガサも同じようだった。
「なにこれ?故障?」
「いや…違う…電池切れ……」
「え?じゃあ、このまま歩いて帰るの?」
「そうなるな」
「ここから町まで何キロあると思ってんの?パパの車に乗せていってもらおうよ」
「でも……学くん……」
「……」
「俺は歩くぜ、歩けない距離じゃないからな」
「私も歩く」
「音羽さん」
「…私は、お父さんのところに行くよ。それじゃ、さよなら」
そういって私は踵を返して、ふたつ池の方に戻った。
◇ ◇ ◇
「どうした」
「ちょっと帰り車乗せてもらおうと思って」
「みんなは」
「みんなは歩いて帰るって」
「そうか…。ところで、一ツ橋の息子がいたが最近仲がいいのか?」
「別に…ていうか、親はいいけれども、子供まで目の敵にするのやめない?親は親、子供は子供なんだからさ関係ないでしょ」
なんでこんな話をしたのか。また、アタシは余計なことをする。なんかやんわりと話ができるとその瞬間は思っていた。ところが父は突然顔色を変えた。
「関係ないだと!あの一ツ橋の息子が?ふざけるな!あいつは父親以上の食わせ物だぞ!津村の爺さんもあいつの工作で寝返ったんだからな!」
「津村のお爺ちゃんが?」
「あの爺さん、孫も都会に出て帰ってこずに寂しがってるところに足げく通ってきたあの息子にすっかり懐柔されよった、津村の爺さんだけじゃない、久保の集落もすっかりあの息子に骨抜きにされた!」
ふっ、と目の前が真っ赤になる。あいつが?あいつそういうことしてたのか。何食わぬ顔で。ここ数日で気を許した自分が本当に馬鹿みたいだ、私まで騙されるところだった。子供だから関係ない、なんて甘いことを考えた。敵だ。沸々と怒りがこみ上げる。音羽は?音羽もあいつに騙されているのか。絶対に許さない。
「パパ、実は、音羽がね――」
〇17,雨×お見舞い×雨
【一ツ橋学】
今日は朝から雨だった。
昨日、ずっと探していた宇宙船をとうとう見つけた。でも、結局宇宙船が飛ばないとわかった。
教室の窓ガラスと雨だれが叩く。教室の廊下もじっとりと雨で塗れて、湿度と6月の気温で水の中にいるようだった。
井村さんと緒方さん、そして音羽さんは今日学校を休んでいる。藤谷さんは以前のように“敵”を見るような目で僕を見つめてくる。耕治くんは元気よく振舞っているが、時折気落ちした表情を見せる。雪待さんはぬいぐるみの中にいるネイに話しかけてずっと慰めているようだった。何もかもが、雪待さんがこの町に来る前に戻ってしまったようだった。いや、それよりも悪い。
◇ ◇ ◇
「よーし!今日は何するか決めようぜ!」
放課後になって耕治くんがみんなに声をかける。椅子を教室の後ろに集めて、みんなに集合をかけるけれども、
「アタシパス。どうせUFOもう飛ばないんだし、何したって無駄でしょ?」
といって藤谷さんは帰っていってしまった。
井村さんと緒方さんの話を振ると、雪待さんが泣きそうな顔になる。
「耕治くん、音羽さんは?」
「わかんねー。スマホに連絡しても返事ないし、家に電話したら風邪だっていうけどさ」
ネイはぬいぐるみの中に閉じこもっている。
「ふと気になったんだけどさ、天狗川の上流で見つけたあのロボットはさ、宇宙船じゃないの?あれ、直したら飛べないかな」
ネイがぬいぐるみからそっと顔だけだす。
「あれは宇宙船に付属してる探査艇なんだ。大気圏の中をホバーで飛ぶくらいの能力しかなくて、宇宙にさえ出れないんだ」
「鍵、なんとか見つけられないかな」
「でも、なんの手がかりもないよね」
「しかも、明後日にはあそこ、埋め立てられちゃう」
「あと2日で鍵を見つけるなんて、無理っぽい」
「でも、何もしなかったらそれこそどうにもならねえだろ?なんかしようぜ、なんとか。なあ、学、アイデアねえのかよ、何か!」
「ごめん…なにも思いつかない」
「ネイ!あの棒刺して回ったみたいに手当たり次第探すってのはどうだ?!」
「宇宙船と違って、鍵はあんなふうに探す手段はないんだ」
「……っあああああ!じゃあどうすんだよ、なんかしようぜ、諦めんなよ!」
「…もういいよ。大丈夫」
雪待さんが口を開いた。
「大丈夫ってなにが」
「みんな、もう頑張らなくても大丈夫だよ。ネイは。ネイは私と一緒に暮らすから。東京に戻って。それくらい何とかなるから」
「そんな、何とかなるわけねえだろ」
「なるよ。今日ずっとネイとその話してた。少なくとも、見つからない宇宙船の鍵を探すよりも、何とかなるよ」
雪待さんの目は、悲壮な目をしていた。決意を秘めた強い目だった。だから、耕治くんも何も言えなくなって。
「…そうか…。じゃあ、俺たちにできることは何もねえな。じゃあ、もう、…今日は解散だな」
そういって僕らは教室を後にした。
◇ ◇ ◇
学校の玄関。びしょぬれになったすのこで足を汚さないよう注意して上履きから下足に履き替える。隣には耕治くんが立って同じように履物を履き替えていた。
「なあ、学。この後暇?」
「うん、何も用事ないけど」
「音羽の見舞いにいかねえ?」
「え?」
「お前がいったらきっと喜ぶと思う」
「でも…」
国府田の家に僕は嫌われてる。まさに招かれざる客だ。
「大丈夫だって。音羽の母ちゃんは話の分かる人だし、昼間だったらおじさんもいないしさ」
「わかった、でも、なんか果物とかそういうの持って行った方がいいかな」
「いや、いらないだろ」
雨の中、音羽さんの家を目指して歩く。行く途中、耕治くんが音羽さんとの昔話や失敗談を話して笑わせてくれる。さっきの話し合いの時もそうだけど、どんなにダメな時でも前をむいてみんなを元気づけようとしてくれる。こういう言い方は同い年に対しておかしいのかもしれないけれども、すごく尊敬する。僕も彼みたいになりたいと、そう願う。
◇ ◇ ◇
「こんにちはー!泉野でーす!音羽さんのお見舞いに来ました~!」
耕治くんがチャイムを押す、通話がつながり、要件を告げる。かなり昔に一度来たことがあったが、音羽さんのうちは“お屋敷”というのにふさわしい姿をしていた。ぐるりと背の高い塀が囲い、玄関は門扉からかなり奥まったところにある。耕治くんはその門扉をすっと抜けて、玄関にあるチャイムをおして要件を告げた。
しかし、返事はなく、代わりに雨音に混じって、ト、ト、ト、と廊下を急ぎ足で走ってくる音が聞こえた。扉が開く。しかし、そこに立っていたのは意外な人物だった。僕を“敵”を見る目で威圧してくる。
藤谷京子。彼女だった。
「なんで来たの?」
「お前こそなんでいんだよ。お前もお見舞い?」
「なんで来たのかって聞いてるの」
「だからお見舞いだって」
「私はなんでこいつを連れてきたのかって聞いてるの!」
藤谷さんは僕を指さして言う。
「敵だよ?こいつは!私たちの!」
「敵じゃねえよ」
「あんたが津村のお爺ちゃんのところや久保で何してるのか知ってるよ、虫も殺さないような顔して、汚いことを平気でする。音羽だって!あんた、どこまで卑劣なの?」
「ちょ、誤解だって、音羽のことは音羽の方が先に」
「あんた騙されてんの?それともこいつの仲間?」
「だから話聞けって」
「聞く耳もたん!帰れ!」
そういって藤谷さんはぴしゃりと扉を閉めた。
「くそっあかねえ!」
鍵も閉められて、耕治くんが何度引いてもびくともしない。
「どうするよ」
「帰ろう」
「それでいいのかよ」
「どうしようもないよ」
朝から降り続いた雨は、まだ止みそうになかった。
〇18,雨漏り×ぬいぐるみ×おばけ屋敷
【雪待遥子】
いつもそうだ、いつもそうだ、いつもそうだ。
私が関わって、ものごとが上手くいった試しがない。
いつも、いつも、いつだって、全部台無しにしてしまう。
わたしは、この地球で生きていくための何かが決定的に欠けている。
わたしは、“宇宙人”だった。
わたしが、友達になろうとして近寄っていくと、みんな逃げていく。みんなが言っていることが冗談なのか本当なのかわからない。わたしもみんなの真似をして冗談を言ってみるけれども、それを冗談だってとってもらえない。みんながわたしにやさしい嘘をつくけれども、それくらいわたしにも嘘だってわかる。でも、どうしようもない、何もできない。ただ、みんなと友達になりたいだけなのに、ひとりになりたくないだけなのに、いつも台無しにしてしまう。
小学校の頃のわたしのあだ名は貞子だった。雪待貞子。髪の毛を切ることが出来なくて、ずっと伸ばしっぱなしになっていた。伸ばしっぱなしになる前はお母さんが切ってくれていたのだけれども、お母さんがお父さんと離婚して出ていってしまってから、私の髪の毛を切る人がいなくなってしまった。わたしは髪の毛を人に触られるのが嫌で嫌で嫌で。だからお母さん以外には切ってもらうことができなかった。お父さんは家に帰ってこなくなった。多分、わたしが悪かったのだと思う。お母さんが出て行ったのは、わたしが育てにくい子供だったからだ。幼稚園や学校で、恐いことがあるといつもわからなくなって叫んでしまう。気が付くと目の前の友だちが頭にこぶを作って泣いている。その度にお母さんとい一緒にその友だちの家に謝りに行って、でも、言葉では許すって言われてもそれは嘘で、どんどんわたしは一人になっていった。お母さんもきっと謝るのに疲れて、私に疲れて出ていってしまった。お父さんが帰ってこなくなったのも、わたしのせいでお母さんが出ていってしまったからだ。全部わたしが悪い。小学校になって、なんとかワッってなるのを我慢できるようになったけれども、わたしは周りの友だちが話していることが理解できなかった。○○ちゃんのことが好き、嫌い、友だち、気もち悪い。やがて、その場所にいるのが誰かということで、その、好き、嫌い、友だち、気もち悪い、が変わってくるっていうのはわかるようになってきたけれども、何が嘘で何が本当なのかはわからなかった。みんなはそのどれが本当で嘘なのかわかっているんだろうか。本当にわからないので一度聞いてみた。××ちゃんはあなたのことを気持ち悪いっていってたけれども、それ、どういうこと?○○ちゃんは、知ってる、と答えて、ボロボロと泣き出してしまった。それから〇〇ちゃんは学校に来なくなった。わたしが台無しにした。そしてみんながわたしから距離を置くようになる。いつもそう。わたしは、宇宙人で怪物だった。地球で生きていくための何かが決定的に欠けている。息ができない。
私は学校に行かなくなって、家でテレビを見て、インターネットをするようになった。インターネットはよかった。目の前に人がいないから。見えない何かを必死で見ようとしなくていいから。ここなら私は息ができた。怖いことが何もなかった。お父さんは家に帰ってこなかったが、わたしは一人でも平気だった。
そんな時、その歌声を聞いた。
ハルカナ。
わたしだ。わたしだ。わたしの歌だ。宇宙人の歌だ。間違った場所に生まれて、連れてこられて、そして息が出来なくなってる生き物の歌だ。
―そう思った。だから。
わたしはハルカナになろうと思った。
黒く伸びた髪もハルカナと同じ色に染めた。人に触ってもらうのは怖かったけど、叫びたいのを必死で我慢した。ハルカナみたいに、前に進もうと思った。学校に行こう。怖いのも臆病な自分も、全部飲み込んで、生きていこう。辛くなったら歌を歌おう。
そして、そんな時、ネイ、本物の、本物の宇宙人に出会った。
出会ったのは都会の路地裏だった。誰も来ないような店と店の間の通路にぬいぐるみが落ちて倒れていた。かわいそうにと思って、拾って家に持って帰ったら中からネイが出てきたのだ。宇宙船が壊れて帰る方法を探してるっていって。わたしを頼って。わたし、わたしに助けられる?いつも何もかも台無しにしてしまうわたしに。ううん?きっと大丈夫。だって、今のわたしはハルカナだから。何でもできる。
――でも失敗した。結局うまくいかなかった。せっかく友だちになったのにミカちゃんともチグサちゃんとも仲たがいをしてしまった。それだけではなくて二人の友情を壊してしまった。わたしが感じたり考えたりしてるみたいに他の人も感じたり考えたりしてると思ってはいけなかったのだ。わたしは友だちがハルカナだったらただ嬉しいと思っただろうし、そういう秘密を中のいい友だちと共有出来たら素敵だろうなと思ったのだ。
わたしは結局、ハルカナじゃなかった。ただの宇宙人だ。
◇ ◇ ◇
雨漏りがする。
わたしは素敵な家だと思っているのだけれども、みんなはおばけ屋敷だという。そういうことを言われるとさすがのわたしでもちょっとしょんぼりする。ネイの元気がない。当たり前だ、もう宇宙に帰れる望みが無くなってしまったんだから、この地球に独りぼっちなんだから。帰れる場所がないことの辛さや独りぼっちの辛さは、ネイほどではないけれどもわたしもわかる。だから、独りぼっちと独りぼっち同士、なんとかやっていこうよ。何とかなるよ。そういって励ましたいんだけど、うまく言葉が出てこない。だからずっと大丈夫大丈夫って声をかけている。ぬいぐるみの隙間からネイが顔を出す。心配そうな顔でこちらを見ている。「大丈夫?」と私に聞いてくる。何が、大丈夫だよ、絶対大丈夫だから、そういうとネイが、「ボクじゃなくて」という。頬に触れる。雨漏りが。雨漏りじゃなかった。わたしが泣いていた。大丈夫じゃなかった。雨がやまない。雨漏りがやまない。助けてっていっても、いつだって誰にも届かない。
〇19,おにぎり×仮病×ハルカナ
【井村美香】
始めて学校をズル休みしてしまった。
お母さんに熱はないけれども物凄く体がしんどくて風邪みたい、と言ったらすんなり休ませてくれた。ただ、具合が悪いのは本当だった。昨日の夜は悔しかったり腹が立ったりなんだかよくわからない感情でぐるぐるして殆ど一睡もできなかった。風邪なんだから風邪の振りをしようと思って布団に横になっていたらいつの間にか寝てしまっていたみたいで、目が覚めるともう昼の12時を回っていた。窓の外を見ると雨。朝から降り続けた雨はまだ止みそうになかった。梅雨が近づいているのかもしれない。リビングに降りると机の上におにぎりが置いてあった。お母さんはもう仕事に出た後のようだった。テレビをつける。地上波の民放は2局しかない。チェンネルを回すけれども面白そうな番組はやっていない。ケーブルテレビを回しても同じような感じだった。結局地上波のNHKにする。丁度道徳の番組をやっていた。3,4年生の道徳。友達とは仲良くしましょう、人に優しくしましょう、嘘はつかないようにしましょう。くだらないくだらない。おにぎりをかじりながら、ずっと見るのを戸惑っていたスマホを確認する。メッセージが2件。一つは市の防災の連絡で、もう一つは泉野くんからだった。風邪で休んでいる私を気遣う文章の後に、昨日のあれから起こったことが簡潔にまとめてあった。UFOの場所は見つかったけれども、結局鍵がなくて宇宙船は動かなかったこと、ぼやかして書いてあるけれども鍵が見つかる可能性は殆どないこと、そして明日からふたつ池の工事が始まって、そうしたら宇宙船を掘り出すことはもうできなくなるということ。
もう、どうでもいい、と思った。
ネイのことはかわいそうだけれども、でも、この地球の上にだってネイよりかわいそうな人はたくさんいる。帰る場所のない人、戦争で故郷を失った人、家族を事故で失った人、そういう人を全部助けれるわけじゃない。結局他人だ。ほんの数日前に知り合った他人。そうだ、私はこういう人間なのだ。他人がどうなったってかまわない。自分のことしか興味がない、自分のことがいっぱいいっぱいで他人のことなんて考えてる余裕なんてない。これが本当の私だ。学校で気を使って優等生を演じてる私だって本当の私じゃない。
午後、することが無くなって手持無沙汰になった私はTwitterを開く。ハルカナのアカウント。@ツイートを確認、いちいち返信はしないけれどもそこに書かれているコメントは必ず確認する。好き、好き、大好き、時々ディスるコメントもあるけれども、基本的にハルカナに対しての好意にあふれている。検索窓にハルカナと入力してハルカナについて書いてあるツイートを確認。噂や推測、ファンアート。いつもはそれで悦にいったりしているのに、今日はどうにもそれが辛い。結局、私はハルカナではないのだ。昨日みたいなことがあると、そんなことを思い知らされる。
憂鬱が重なる。そして、今日は、もう一つ憂鬱なことがある。
◇ ◇ ◇
夕飯が終わり、食器を台所に下げた後、お母さんに具合がよくなったから明日は学校に通うということを告げて2階へ上がる。自室へこもり今夜の準備を始める。クラスの子が持っているのよりも比較的高性能なパソコンの前に座り、マイクとカメラをセットする。組み立て式の段ボールの簡易な防音室を被り、外の音が中に入らないよう、中の音が外に漏れないようにする。カメラとソフトをリンクさせて、ちゃんと動いているか確認。私の腕の動きや瞬きに合わせて画面の中のピンク髪の少女が合わせ鏡のように動く。いつもは自分のように感じられるその子が、今日はとても遠い。この私の動きを3Dモデルに変換させるソフトが上手く動かないと、私本人の顔が大写しになってしまうので注意しないといけない。
今日、水曜日の夜はハルカナのライブチャットの日だ。夜の11時から12時までの1時間。ハルカナがチャットの質問に答えたり近況とか最近嵌ってるものの話をしたりする。話すことはたわいのないこと。答えられる範囲でファンの質問に答えたり、最近遊んでるゲームの話やアニメやその他コンテンツの話。サーバーの問題か、うちの家では少し反応が遅くて、マイクで話してそれが画面から流れるまで、ちょっとのタイムラグがある。
10時55分になる。youtubeに接続する。ちゃんとつながってることを確認して、そして11時。いつも通りのハルカナの配信が始まる。
そして、ハルカナの、いつも一番最初にいう言葉。
「私は誰?」
『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』
いつものプロトコル。私は私の存在を定義する。自分の名前を呼んで、存在を確定させる。私は誰?私は誰?私は、誰なんだろう。
インターネットのタイムラグ。私の声に少し遅れて、画面の中の少女が問いかける。
『私は誰?』
そうだ、彼女の名前はハルカナ。彼女が彼女自身でその存在を定義したからだ。いつも明るくて、人を元気づけられる、決して間違わない女の子。彼女が自分で自分がハルカナだって決めた。じゃあ、私は?そうだ、私も、私自身を私で決めればいい。決めなくちゃいけない。
『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』とチャットはいつものやり取りで埋め尽くされていく。ハルカナの次の言葉がないのでみんなが不安がっている。
ごめん、みんな。ごめん、ハルカナ。私は、私を、自分で決める。
だから、みつけて。
そして私は、私をハルカナに変換させるソフトのスイッチを、切った。
〇20,煮込み×熱×ハルカナ
【緒方千草】
熱が出た。朝起きたら38度だった。頭痛がひどいし体もグラグラする。
お母さんに言って学校を休む。でも丁度良かった。今日学校に行ったらどんな顔をして会っていいのかわからないし、私何するかわからない。布団で寝ていると下の階から仕込みをするお母さんとお父さんの声が聞こえる。このお店の名前、酒処ちくさは、私にちなんでつけられたものだ。いや、本当のところはもしかしたら逆かもしれないけど。私が生まれたときにお父さんが独立してこの店を立てた。それからずっとお母さんと一緒にこの店を切り盛りしてる。両親のことは好きな時もあるし、嫌いな時もある。小さいときは家が居酒屋だっていうことが恥ずかしくて友達を呼べなくて、お父さんにひどいことを言ったこともある。あの時、ちゃんと謝ったんだっけ。熱があって弱って寝ていると、昔のことばっかり思い出す。いい思い出もたくさんあるけど、でも、いい思い出も悪い思い出も全部私の上に乗っかってきて、重くてそれで動けなくなってしまうことがある。美香、どうしてるかな。学校に行ってるんだろうか。あんなことがあってもいつもと同じように何もなかったように学校の席に座ってるんだろうか。
ハルカナを好きになったのは、本当に偶然だった。短編動画配信SNSで動画をディグってたら、たまたま流れてきた。慌ててその動画で歌われていた歌の歌詞を覚えて、検索してハルカナっていう女の子だって知った。実在しない女の子。私にはそのあり方がとても軽やかで、私もそうなりたいって思った。ただ、そういうVsingerに嵌ってるっていうことを京子や耕治にばれて馬鹿にされるのが嫌だったので(私が馬鹿にされるのはいいけれども、ハルカナが馬鹿にされるのは耐えられない!)ずっと秘密で応援してた。そんな時、偶然に美香を知って、一緒にハルカナのことを好きだって聞いて、そして一緒に動画をみて。でもそれが全部嘘だった。美香は本当はハルカナで、ハルカナを好きだって言ってる私のことを馬鹿にしてて。ハルカナなんてどこにもいなかった。
◇ ◇ ◇
気が付くと夜になっていた。熱も引いていたようだった。メールでお母さんにそのことを伝えると、部屋でまってるように、ご飯は持っていくから、といわれたので、甘えることにする。間をおかず階段がしなる音がして、お母さんがご飯を持ってきてくれる。じゃあ、忙しいから、といってお母さんはすぐ1階に戻っていってしまった。ちなみにご飯のおかずはもつ煮込みにさば味噌に牛すじ煮込みだった。煮込みが多いな。あと病み上がりに食べさせるメニュ―ではない気がする。
全て美味しく頂きましたけど。
時計を見るともう10時半。もうすぐ11時になる。ハルカナの配信が始まる。
どうしよう。見たくない。見たくないけど、見ないといけない気がした。youtubeのアプリを開く。登録してるハルカナのチャンネルを開く。放送開始前であることを示す画面が表示されている。私は体育すわりでその画面を見つめながら11時にあるのを待っている。11時になる。画面が切り替わり、書き割りの背景の前にハルカナが現れる。ピンクの髪、黄色のインナーカラー。「私は誰?」とハルカナが問いかける。チャットに『誰?』『誰?』『誰?』『誰?』の文字が躍る。いつもならこのすぐ後に、ハルカナが自分の名前を名乗るのだけれども、今日は固まった動かなかった。どうしたのハルカナ。美香。
突然、画面が揺れて、ハルカナの体が一瞬ぶれて消える。そしてその後に現れたのは私のよく見知った顔。
井村美香の顔が、そこにはあった。
◇ ◇ ◇
「私は、わ、私の名前は美香といいます。日本の、どこかの田舎に住む、14歳です、わ、私は、ハルカナだけど、ハルカナじゃありません。私は、本当のことをいうと、ハルカナのことが好きじゃありません、嫌いです。ハ、ハルカナになんてなりたくなかった。ハルカナは、ずっと、私のなりたい私でした。素直で、屈託がなくて、人のことを妬んだり恨んだりしなくて、かわいくて、いつも明るくて、楽しそうで、みんながハルカナのことを好きになる。みんな、ハルカナのことを見てる。多分友達とかもたくさんいるんだろうな、って思って。でも、本当の私はその反対で。嘘つきで、意地悪で、人のことなんてどうでもよくて、自分勝手で。あとブスで。だからそんな私のことを誰も見てくれなくて、だから、ハルカナのことがすごく嫌いだった。ハルカナな時の自分が誇らしければ誇らしいほど、本当の自分が惨めだった。昨日、友達にひどいことを言いました。大事な友達です。小学校の時からずっとみていて、友達になれたらいいなって思ってた子です。こんな私に対等に接してくれていたのに、私は小さな優越感のために、ずっと、私がハルカナだっていうことを秘密にしていました。他にも、困ってる友達がいても、平気でどうでもいいって思って、見捨てるような人間です。で、でも、私は、そんな私でも、私のことを見てほしい、好きになって欲しい、ハルカナみたいに。ああ、なんかまたズルいこと言ってる。でも、私、みんなが私のこと見てくれるなら、私頑張るから。ハルカナみたいになれなくても、私が、私がなりたいって思える私になれるように頑張るから。ああ、私まだやっぱり自分が欲しがってばかりだ。ごめんね、私も、みんなに何かをしたい。千草が私にしてくれたみたいに。泉野くんがみんなにしてるみたいに。だから、私も、助けるよ。ネイ、遥子、私も助ける。必ずネイのこと助けるよ。遥子は最初あったときに困ってる人がいたら助けるのは当たり前だって言ったよね。私も当たり前だって思えるようになりたい。ねえ、千草、私を見つけて。また、あの視聴覚室みたいに」
顔をべしゃべしゃにしながらその放送は終わった。
そこにハルカナはいなかった。ただ、他の誰でもない、本当の井村美香だけがいた。
〇21,納豆×密室×消失
【藤谷京子】
「それじゃ、おじさん。アタシが音羽のことは見てますから」
「すまないね、京子ちゃん、それじゃよろしく」
私が国府田家につくのと入れ替わるのようにして音羽のおじさんが玄関から出ていく。今日も選挙活動があるのだろう。朝の7時半。いつもならこれから学校に行くくらいの時間なのだが、今日は音羽のうちにいる。台所に行ってお盆の上に用意された朝食を音羽のお母さんから受け取る。アタシと音羽の2人分。お母さんに挨拶をして1階の奥の音羽の部屋まで運ぶ。音羽の部屋のドアは廊下とドアの間に棒が置かれている。つっかえ棒になって鍵の役目をしているのだ。私は両手がふさがっているので足でその棒を蹴ってよそへやる。ドアをノックをすると内側から音羽がドアを開けてくれた。
「食べよ。朝ご飯」
「うん」
音羽が力なく笑う。
朝食は納豆とノリと目玉焼きだった。醤油をもらってくるのを忘れたけれども、めんどくさいのでそのまま食べた。どうせ今味なんてわからないし。音羽も何も言わない、音羽もそうなんだろう。音羽は昨日からスマホを取り上げられ、この部屋から出ることを禁じられている。実質の軟禁状態だ。原因は一ツ橋学。あいつが全部悪い。
敵の陣営だけどそれでも親と子供は関係ないから、と私は思っていた。思うようになっていたのに。でも本当のところ、あいつは一枚嚙んでいるどころではなかった。自分が子供であることを利用して有権者を引き込んでいくという薄汚いやつだった。自分も危うく騙されるところだった。そして、音羽。音羽もあいつに言いくるめられているらしい。一昨日、音羽を問いただしたら、一ツ橋のことが好きだという。許せない。許すわけには行かない。有権者を引き込むだけならまだしも、音羽を弄ぶなんて絶対に許すものか。私はこのことをすぐ父に相談した。その話はそのまま音羽の父に伝わる。おじさんは烈火のごとく怒ったらしい。そして音羽を家からでることを禁じた。私も音羽が正気に戻るまでそうした方がいいと思う。そして半ば自分から言い出すように、音羽の監視役を買って出たのだった。
「学くんのことだけどね、みんな誤解してる」
「誤解してない。あと学くんって呼ぶのやめな、一ツ橋。騙されてるのは音羽の方だよ」
「ま…一ツ橋くんは選挙のために町の人たちのところに通ってるわけじゃないよ、ただ単純に、町の歴史が知りたくて」
「音羽。たとえそうだとしても、実際あいつがやってることの結果、票があいつの父親に流れてる。理由はどうでもいい、結果が全て」
「結果が全てだったら、学くんのお父さんがしてることも間違ってないってことになるんじゃないの?この町のためになってるんでしょ」
「間違ってるでしょ、音羽のお父さんが負けるって、音羽なそれでいいの?」
「わかんないけど…お父さんも、一ツ橋くんのお父さんも、もっといいやり方ってないのかな…?」
「ない。だってお互いに敵同士なんだから。お話はこれでお終い。じゃあ、次はお昼にくるから」
そういって私は音羽の部屋を後にする。ドアの前に棒を突っかえさせて鍵の代わりにする。音羽には悪いけれども今はこうするしかない。ああ、昼までの間手持無沙汰だ。今夜もこの家で会食があるはずなので、その準備の手伝いをしてこようと思った。
◇ ◇ ◇
昼になった。
お昼ご飯はナポリタンのスパゲティだった。うちのよりもちょっと玉ねぎが多い。お盆にのったそれを音羽の部屋まで持っていく。足で棒を外し、ノックするが開く気配がない。もしかして音羽寝てるのかな、と思い、お盆を一度床に置いてドアを開ける。部屋の中を見回す。しかしどこにも音羽が見当たらない。ベットも見るがペタンコで掛け布団をはがしても空っぽだった。音羽がいない。鍵のかかった部屋から消えてしまっていた。それだけではない。あわててすぐ家中の人たちに音羽を見なかったか聞いて回ったが誰も見ていないという。勝手口はおばさんたちが作業をしているし、私はおばさんたちに言われて玄関の前の掃除をしていたから、そこを通ろうとすればすぐわかる。窓から出ようとしても庭は高い塀に囲まれていて、玄関の前を通らないと外に出られないようになっている。鍵がかかった部屋から抜け出すことも不可能なら、誰にも見られずに家の外に出ることも不可能だ。
私はすぐに音羽のお母さんに音羽がいなくなったことを伝え、そしてお母さんから音羽のお父さんにも伝わった。音羽のお父さんは町中の知り合いに連絡して音羽を探した。私のお父さんにも連絡したら現場の人間を何人かよこして探してくれるということだった。しかし、夕方になっても音羽の行方はわからない。おばさんたちのネットワークで聞いても誰も知らないということだった。小さい町だから、外を一人で歩いていれば必ず誰かに見つかるはずなのに、誰も音羽を見ていないという。もうすぐ日が暮れる。
音羽は、煙のようにこの町から消えてしまった。
〇22,美香×千草×ハルカナ
【井村美香】
始めて授業をふけた。
学校には来たが1時間目から授業をさぼって視聴覚室にいる。暗幕を閉めプロジェクターにスマホをつなぎスクリーンに大写しにしながらハルカナの動画を見てる。机の上にはスナック菓子、砂糖とミルクをたっぷり入れてキンキンに冷やした紅茶の水筒。コツコツと誰かが扉を叩く。
「私は誰?」
「緒方千草」
千草は扉を開け、そのまま何も言わずに私の隣に座る。
「ん」
そういって千草が私に手を伸ばす。スナック菓子を渡すとバリバリと食べ始める。
「ん」
今度は紅茶を渡す。水筒ごとぐびぐびと飲み干した。飲み干した後、口を手の甲でぬぐい、一息つく。
「あんたのさ、紅茶異常に甘いよね。いつも私苦手だったんだけど」
「じゃあ正直にそんとき言えよ」
「美香が、傷つくかと思って」
目の前のスクリーンではハルカナのピンクの髪が揺れている。
「昨日のアレ、なんなの?」
「コメント欄とかtwitter、大変なことになってるよ」
「あんたには関係ないでしょ」
「千草、って名前思いっきり呼んで。個人情報だっつーの」
「私なんか顔が出てるんですけど」
「それはあんたが自分でやったんでしょ」
ハルカナの曲が終わり、CMが入る。点天カードマンがクレジットカードの宣伝をしている。
「私、あんまり人のことを、友だちとか友だちじゃないとか考えたことないけど、あんたのことは、友だちだと思ってるよ」
「今年の4月まで名前も知らなかったくせに。小学校の時3回も同じクラスだったんだよ」
「それはごめん」
「私は、ずっと千草のこと友だちって思ってなかった」
「そう」
「でも、友だちになりたいと思う」
「そう」
「でも、どうやって友だちになっていいのかわかんない」
点天カードマンのCMが終わり、次のハルカナの曲が始まる。友だちの喪失を嘆く歌だ。友だちは、離れたり、忘れたりしていつの間にかいなくなっていく、っていう歌だ。
「そんなこともわかんないの?そばにいたらそれが友だちだよ」
「ともだち?」
「ともだち」
「なんか照れ臭いね」
そういって、千草は笑った。
多分私も笑ってた。
……扉の向こう側で気配がする。
「わ、私は誰?」
「誰?」
私と千草が同時に聞く。
「ゆ、雪待遥子、わ、わたしも入っていい?」
そこにはぬいぐるみを抱えた遥子が立っていた。
「いいよ。ともだち」
◇ ◇ ◇
と、そんな感じで、授業をさぼって3人で動画を見ていたのだが(ぬいぐるみのチャックからネイが頭を出していたから4人か)突然の扉を激しく叩く音。
「こらっ!何してる!授業中だぞ!」
「やべっ、先生だ!」
「千草!遥子!窓から!窓から逃げよう!」
「ここ3階だよ!」
「やめて落ちる!死ぬ!」
「こらっ!お前ら!」
「わーーーーーーーっ!」
…結果、昼休みの間、多目的室で正座、後日反省文の提出になった。
◇ ◇ ◇
「なにしてんの?」
「正座」
「反省は?」
「してない」
昼休み。多目的室で私と千草、そして雪待が正座で反省させられてると聞いた泉野くんがからかいに来た。雪待は正座し慣れてないのか顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。
「で、学はなんでここにいるの?」
「先生に監視役を頼まれた」
一ツ橋くんが私たちの斜め向かいに座って私たちが正座を崩さないか監視してる。なぜか自分も正座で平気な顔をして座ってる。
「ねえねえ一ツ橋くん、正座してたってことにしてよ」
「いや、でも決まりは決まりだから」
「融通きかないなあ!」
千草が一ツ橋くんに非難の声を上げる。
「…泉野くん、私相談があるんだけど」
私は、泉野くんの目をみて話しかける。
「私、あの宇宙船何とかしたい。ネイが何とかして帰る方法を探したい。諦めたりしょうがないって思いたくない」
「ミカ…」
ぬいぐるみの中からネイが顔を出す。
「私も。ここまできて、駄目でした。ってかっこ悪い」
千草が続く。
「あ、あし、あし、しびれた、あし」
遥子。あんたは本当に。
「全部いっぺんにっていうのは無理かもしれないけど、できることを考えて一個一個やっていこうよ」
そして一ツ橋くんが。
「みんな…ありがとう…!」
ネイがみんなにお礼をいう。
と、その時ピロリピロリと泉野くんのスマホがなる。どうやらメールの着信音らしい。泉野くんがスマホをポケットから取り出して画面を確認する。。
「と、ちょっとまってくれ」
メールの内容を読んでいるようだった。口元の端が吊り上がる。
「今、できることを考えて一個一個っていったな、学。できることが一個できたぞ」
「音羽が、国府田の家からいなくなった」
〇23,消失×脱出×図書館
【国府田音羽】
始めてお父さんに逆らった。
二度目にふたつ池に行った日の夜のことだ。顔を真っ赤にしたお父さんに「どういうことだ!説明しろ!」と怒鳴られた。お父さんに怒鳴られるのは駄目だ。体がガチガチに固まって頭が真っ白になる。お父さんのいうことに全部頷いてしまう。でも、その日の夜は違った。激昂するお父さんに始めて言い返した。お父さんは私に「一ツ橋の息子と付き合っているのか」と聞いた。いつもの私だったら、ここでいいえ、と答えて、そして「一ツ橋の息子と近寄るな」と続けていうお父さんの言葉にも、はい、と答えて。そしてお終いだったはずだ。でも、その日の私はそうじゃなかった。
「ひ、一ツ橋くんとは、付き合ったりしてない。でも、私は、一ツ橋くんのことが、好きです」
言った。
お父さんは顔をさらに真っ赤にして、手を振り上げた。私は殴られると思って目をつぶったけれども、その手が振り下ろされることはなかった。ただ、その後、お母さんに、私を当分家から出すな、と言って行ってしまった。
そして、京子ちゃんが来た。京子ちゃんは、自分が私と学くんのことをお父さんたちに伝えたと話してくれた。怒りはなかった。ただただ悲しかった。
◇ ◇ ◇
京子ちゃんがご飯を運んできてくれる。私がここに閉じ込められて二日目の朝だ。メニューは納豆と海苔と卵焼き。醤油がなかった。醤油がない納豆なんて、と思ったが京子ちゃんはそのまま食べだしたので私も同じように食べた。京子ちゃんの家では納豆に醤油かけずに食べるのかな。文化が違う。
京子ちゃんがいなくなるといよいよ何をしていいのかわからなくなる。ドアをガチャガチャするがどうやっても空きそうにない。スマホも取り上げられてしまって、できることは本を読むか漫画を読むか勉強するかだけれども、本と漫画はもう何度も読んだものだし、よし、仕方ない勉強するか、と思って、机に向かったとき、ドアのノブがかちゃ、っと回った。お母さんが私の靴を持って立っていた。
「お母さん!」
「しっ」
お母さんが人差し指を口元にあてる。
「行っといで」
といって私の靴を手渡してくれた。
「でも、なんで?」
「親が敵同士の恋なんてロマンチックじゃないか。音羽は音羽の信じるようやりなさい。私には今こんなことしかできないけど、頑張って」
「でもお父さんは?」
「いいから。たまには一泡吹かせてやろうじゃない」
「ありがとうお母さん」
私は後ろを見ずに駆けだす。
「勝手口から出て!」
後ろからお母さんの声。玄関に向かう廊下を急カーブで回る。磨き上げられた廊下に靴下が滑りそうになる。
勝手口に回ると、其処にはいつものおばさんたちがいた。樋口さんや長谷さん。
「さ、急いで。玄関の方には回らないで勝手口の方の木戸から出るんだよ」
「ありがとうございます!」
「一ツ橋くんのことは知ってるよ、いつもうちに来てくれてるからね」
「いい子だよ、自分を信じな」
どんどん、とおばさんたちに背中を力いっぱい叩かれる。痛い。痛い。ありがとう、頑張る。
手に持っていた靴を急いで履いて勝手口から飛び出す。垣根の間の小さい扉から外に出ると、そこには大石さんが大型の原チャに乗って待っていた。大石さんに雨合羽を手渡されてそれを着る。
「さ、乗ってきな」
言われるまま原チャの後ろにまたがって大石さんにつかまる。
「さあ、どうする?どこに行ったらいい?当てはあるの?」
大石さんに言われて少し困った。今の私はスマホを持ってない。待ち合せたり連絡する手段がない。でも、すぐに、あの場所、あの時間に行けば会えると思った。絶対わかってくれる。
「大石さん、私、行きたいところがあるの」
緑の畑を一直線に切り裂く農道。
大石さんの原チャは私を載せて走っていく。
◇ ◇ ◇
この町は日が陰り出したらあっという間に真っ暗になる。
その真っ暗ななか、農道を大石さんの原チャが走る。後部シートには私が座っている。
「本当にここで大丈夫?」
「うん、絶対ここにいると思うから。ありがとう」
「じゃあね、頑張って」
そういって大石さんの原チャは赤いテールランプを引いて去っていった。
私は正門の前に立つ。昼間は人がたくさんいて騒がしいこの場所も夜になると全ての照明が消えて少し不気味だ。夜の学校。あの人はきっとここにいる。玄関の扉を引く、かかっているはずの鍵がかかっていない。かけ忘れ?ううん。きっと違う。月明りも届かない薄暗い廊下を壁と記憶を頼りに歩く。嗅ぎなれたかび臭い匂い。それが、ここがあの場所へ続く廊下だと示してくれる。暗闇の中だと距離がわからない。壁に手を当てて一歩一歩進む廊下は、まるで永遠に続くように思えた。そろそろと進む指の先に何かが触れる。とうとう突き当たった。扉だ。手探りで引き戸の取っ手を探して力を込めて引く。木が擦れる音がする。扉が開く。やっぱり、鍵がかかっていない。照明のスイッチの場所はわかっている。でも、先に。
「学、いるの?!」
声を張って暗闇に聞いた。
暗闇ががさりと動き、そして、私の方へ飛びかかってきた。そして、私を抱きしめる。
「音羽!」
暗闇は私を抱きしめたまま私の名前を呼ぶ。ずっと聞きたかった声。私も学の体を抱きしめる。心臓の鼓動が聞こえる。私の音なのか彼の音なのかわからない。心臓が重なる。
パチリ。と音がして図書室の電灯がつく。ちょっと振り返るとスイッチの隣で耕治くんがニヤニヤしてる。え?ここで待ってたの学だけじゃなかったの?見ると本棚の陰から美香ちゃんと緒方さんと遥子ちゃんとネイちゃんが。遥子ちゃんに至ってはなんか拍手してる。うわ、すごい恥ずかしい。というか、みんないたのに学飛びついてきたの?やめてよそういうのは二人きりの時にしようよ。
*〇24,7人×孤立×回転灯
【緒方千草】
「じゃあ、今からどうするかちょっと考えようぜ」
耕治が音頭をとる。
私たちは図書室で車座になって座っている。ネイもぬいぐるみから出て、一緒に輪に加わっている。ぬいぐるみの中から遥子所有のお菓子と飲み物をだして、みんなでつまみながら打ち合わせをする。前にもこういうことがあった。でもあの時は8人で今は7人。京子がいない。
「ところでもう結構遅いけどみんなは家に帰らなくていいの?」
と遥子が質問する。
「僕は帰らない、音羽と一緒にいる」
と一ツ橋が隣にいる音羽の手を強く握る。
「駆け落ちだ」
遥子が嬉しそうにからかう。そういうところだぞお前。でもそれに対して一ツ橋は照れもせず真面目な顔をしてて、なんだかな~って思う。
「私は、一回帰らないとお母さんが心配するし…」
と美香。そうだよな、それは私のところもそう。
「俺のところは放任だけどタイミングがまずいよな、ここでそろって家に帰らないってなったら大騒ぎになっちまう」
「じゃあ、ミカちゃんとチグサちゃんとコウジくんは一回家に帰って、マナブくんとオトハちゃんは私の家に行くっていうのでいいかな」
「お願いします」
「あー、じゃあ、今日はそれで解散、ってことでいいかな。明日また学校で集まるっていうことで」
「オッケー!」
そういって図書室を後にする。玄関を出た後、私たちは学校の正門の前で別れた。私と美香は同じ方向で耕治と遥子は反対側だ。耕治の家は少し遠くて、だから自転車で通ってる。
「耕治の自転車なんか曲がってない?」
「…気のせい」
そう…。まあいいけど……。
帰り道に美香と話す。ここ数日すごい大変なことがあったね、って。UFOのこととか、ハルカナのこととか。
「これからハルカナどうやってくの?顔出しでいくの?」
「わからない…どうしよう、一時の勢いで大変なことをしてしまった……」
そういって美香が頭を抱える。
「ちょっとこれ見て、匿名掲示板にスレが立ってるんだけど、『声はかわいいのに顔ブスwwwwwwww』とか『まあ処女確定だからよかったんじゃね?』とか『生14歳ぺろぺろ』とか。あーーー。こいつら殺してえ、一人残らず殺してえ、生きてることを後悔するくらいのひどい目に合わせて殺してえ」
完全に目が座ってる。
「あのさ、じゃあ転生することもできるんじゃない?ハルカナのガワを辞めて、他のVtuberになるっていうこともできるんじゃない?」
「……やめないよ」
美香がいう。
「ハルカナはやめない。ハルカナは私だから」
「……私ねえ、ハルカナの中のひと、ずっとどんな子だろうって想像してたんだ。どんな顔してるんだろうとか、髪は長いんだろうかとか、本当の髪は何色だろうとか、どこに住んでるんだろうとか。うん、でも、ハルカナが美香でよかったよ」
「なにそれ」
なんだろう。愛の告白かも。
◇ ◇ ◇
そうこう話しながら酒処ちくさの手前の曲がり角までついた。
……何やらお店の前が騒がしい。赤い回転灯がくるくる回っている。パトカーだ。何かヤバイ気配を感じて物陰に隠れる。
「なになに?」
「わかんない。でも私たちに関わることだと思う」
その時、私のスマホに電話がかかってきた。耕治からだった。とっさに電話に出る。
「もしもし?」
「おい!まだ無事か?無事なら逃げろ!俺たち町中指名手配みたいになってる!」
「一体どういうこと?」
「俺も家の前でつかまりそうになったのを振り切って逃げてきた。多分音羽のお父さんが見つからない音羽を心配して大事にしたんだ。音羽の父さん、警察にも顔が広いからな。多分、ふたつ池で一緒だった全員が音羽の家での重要参考人になってる。捕まったらただじゃすまないぞ。……ちっ、追いつかれた!また掛ける!」
耕治からの電話はぶちっ、と切れた。
「ねえ、電話なんだったの?何が起こってるの?」
ふと家の前を見る。家の前の人だかりのうちの一人と目が合った気がした。血の気が引く。慌てて美香の手を引き駆けだす。
「逃げるよ!」
「え?なに?逃げるって、どこへ」
そうだ、逃げるって、どこへ逃げたらいい?そうだ、遥子のうちはどうだろう。遥子のスマホに電話をかける。1コール待たずにつながった。
「もしもし?遥子?」
「あ、千草ちゃん?わたしも今かけようと思ってたところなの。あのね、うちの前に人がたくさんいて、パトカーも来てて、家の中に人がたくさん入ってるみたいで懐中電灯の明かりがちらちら外から見えるの。これ、もしかしてまずい?」
「物凄くまずい!」
遥子の家も駄目だ。とにかく遥子にはその場を急いで離れるように言って電話を切る。
結局私たちは学校の前まで戻ってきてしまった。息を整えてると自転車に乗った耕治がやってくる。続いて遥子たちが走ってきた。
「どうしよう」
「どうするってよ、お前、……どうしよう」
道の向こう側をみると車のヘッドライトが近づいてくる。道の反対側からもだ。逃げ場がない。
「飛行ガサないのかよ」
「ない!こないだ電池切れになったでしょ!」
「ねえ、ネイ、ミカちゃんとチクサちゃんの分はまだ少し残ってるんじゃない?」
「そっか!」
「でも7人いるよ」
「ああ!」
「これ、あの、これ、入れない?」
◇ ◇ ◇
足元でヘッドライトを付けた車がいき違う。
暗闇の空に浮かんだ私たちは下からはみえないはずだ。飛行ガサをさして浮いているのは私一人。そして、手にはネイのぬいぐるみ。ぬいぐるみの中から、みんなの喋る声が聞こえる。
『これ、思ったよりも広いな』
『広くないよ!キッツキツだよ!』
『掃除しろ!いろんなものがぐっちゃぐちゃじゃない!』
『いやいや、俺が言ったのは6人も入るのって広いなって』
『そこー。狭いのに乗じていちゃつくなー』
『してない!』
『してないよ!』
まあ、何とか無事みたい。
「でさ、これからどうする?」
「安全なところまでこのまま飛んでいけない?」
美香がぬいぐるみから顔を出して話す。うわ。ネイの生首バックは見慣れてたけど、新しい顔で見るとまた新鮮だな。
「安全なところって……どこよ」
足元を見渡す。この狭い町のあちこちをヘッドライトをつけて車が走っているのが見える。私たちを探している。逃げ場なんてどこにもないように思えた。
*〇25,天狗川×万事×休す
【泉野耕治】
6月の朝の涼やかな風、小川のせせらぎ。最高の朝だぜ。
ネイのぬいぐるみから這い出てきてガチガチに固まった体をほぐす。足元を流れる清流で顔を洗い口を濯ぐ。服もしわくちゃだし頭もぼさぼさだ。続いてネイ、他5名がはい出てくる。
「いい朝だなあああああああ!」
やけくそで声を張り上げる。『ああああ』『ああああ』と木霊が響く。
「どこがだああああああああ!」
千草が絶叫に絶叫で返す。『ああああ』『ああああ』とまた木霊が響く。
昨日、あの後俺たちは、人のいない方いない方へと飛び回り、気づいたら以前赤いロボットを見つけた天狗側の川沿いまで来ていたのだった。ここに逃げ延びたというよりはここについたときには丁度飛行ガサの電池が切れて他に行き場所がなくなったというか。そんなこんなでネイのぬいぐるみを寝袋代わりにしてここでみんなで雑魚寝したのだった。
「ネイ、遥子、なんか食い物ねえ?」
「昨日ので全部だよ」
「そっか…腹が減ったな…」
万事休す。とにかく腹が減ったらなんかもう、全部だめだって気分になりません?
ぬいぐるみの底の方に転がってたビスケットを全員で分けてそれで朝食にする。雪山で遭難した人の気持ちの何分の一かがわかるような気がした。流石の俺も少し心が折れそうだ。
「なんか食べれそうなものがないか探してくるよ」
といって学が斜面を登って道の方へ行く。音羽もその後を一緒についていく。斜面を登った後、二人は手をつないで歩きだした。仲のよろしいこって。
「どっしよっか。これから」
井村がつぶやく。誰もそれに返事をしない。千草も川を見ながらぼうっとしていて、ネイと雪待は道具をがちゃがちゃといじっている。俺らは川沿いでただだらだらして、時間が経つのをただ待っていた。時間は何にも解決しないのに。むしろ悪化していく一方だというのに。
できることは本当に何もなかった。俺らが子供だからなのかな、大人だったらもっといい方法を思いついて、失敗もしないんだろうか。一番いい方法をとってきたつもりだったのに、結局こんなどん詰まりの状態になってる。ネイを宇宙に帰してやることも出来ない。音羽の恋を叶えてやることも出来ない。何もできない。……そういえば、音羽と学が帰ってこないな。もう1時間くらいたつ。いったいどこまで食べ物を探しに行ったんだろう……。あっ。
――気づいた。なんで気づかなかったんだ。
「学は?!音羽と学は帰ってきてないよな!」
「あ、そういえばまだだけど…」
「あいつら食べ物探しに行ったんじゃねえ!あいつら、たったふたりで大人たちのところへ話に行ったんだ!」
「え?」
「追いかけるぞ!」
「無理だよ、1時間前に出て行ったのなら走っても追いつかないよ」
「無理でも追いかけるんだよ、だってあいつらふたりでいったのって、俺たちに迷惑をかけないために決まってるだろ、そんなのダメだろ。あいつらだけに、責任とか罪とか罰とか、なんかそういうの引き受けさせるの間違ってだろ!」
「でも、行っても何も出来ないでしょう?」
「出来なくても、一緒に話をすることはできるだろ」
「ちょっと待って、でも走ってなんて追いつけないよ」
「……俺はいくぞ、ああ、みんなはここで残っててくれ。これは、俺が言い出して始めたことなんだから、俺が責任をとる。俺も、音羽と学を追いかける!」
そうして俺は斜面を登り、登山道を下る。走る。登山道を下り降りる。どっちだ、ふたりはどっちに行った。考えろ。国府田の家か?いや、昼の間は国府田のお父さんはそこにはいない。じゃあ、どこにいる?何か言ってたはずだ。最後に会った時、ふたつ池…。そうだ、今日から工事の始まるふたつ池を見に行くといっていた。でも来るのか?娘がこんなことになっていて。いや、問題は実際にくるかどうかじゃない、音羽と学がおじさんがどう行動すると思ってるかどうかだ。多分二人はふたつ池に行く。一番おじさんがくる可能性が高いところだからだ。きっとそうだ。
そして俺はふたつ池に向かって駆けだす。暑い。息ができない。ペースを考えずに最初から全力疾走をしたから体がガタガタになってる。なのに全然進んでる気がしない。俺の住んでる町ってこんなに大きかったっけ。面積だけは広いからな。ああ、せめて自転車があればなあ、あの、シャフトが歪んだ自転車。学と一緒に津村の爺さんのところにもいったなあ、全然何話してるかわかんなかったのにあいつは聞き取れてたもんなあ。あいつはすごいんだぜ、たった一人になっても自分の信じることを貫き通すことができるんだぜ。あいつがすごいってわかってる音羽もすごいんだぜ、音羽は頑張り屋だから、どんなにつらい時でも弱音は吐かないし。いや、吐くけど、絶対に諦めないんだ。芯が強いんだ。絶対にぶれねえ。自分がこうだって決めたことは絶対に最後までやり遂げるんだ。だから俺はそんなあいつらが好きだ。応援してやりてえんだ。俺の気持ちがどうあれ、あいつらに幸せになって欲しいんだ。
いきなり何かに顔面を殴られた。地面だった。足がもつれて思いっきり顔から倒れ込んだんだった。起き上がろうとしたのに、足に力が入らない。体が動かない。酸欠で体中が爆発しそうに痛い。必死で酸素を取り込もうと肺を動かすがちっとも呼吸ができている気がしない。エズいて胃の中のものを吐き戻す。空っぽで黄色い胃液しか出てこない。惨めだった。俺はここまでなのか。まかせろ、っていって、結局何もできないのか。汗が目に入る。横隔膜が痙攣する。俺は音羽と学に追いつくことさえ出来かった。
◇ ◇ ◇
ごぉおおおおおお ごぉぉおおおおおお。
――最初は、耳鳴りかと思った。
「…じ…く…」「こ…くん」
――次は、幻聴かと思った。
「耕治!いつまで寝てんの!」
千草の声だった。千草の声に飛び起きる。俺は相変わらず道端で倒れていて、轟音はその道のすぐ隣から聞こえてきていた。そこにあったのは赤い円盤。赤い円盤に細長い手足のようなものがついた、ロボットだった。それが両腕を広げて飛んでいる。
「一体どうしたんだよ!それ!壊れてたんじゃないのかよ!」
「直したんだよ、うかビームで浮かび上がらせた後、『時間さかのぼり湿布』で!」
「そんなの目立つの使って、宇宙人だってバレるんじゃねえの?」
「もういいよ、そんなのどうでも!さ、乗って!」
ホバーしてるロボットの手を伝って、ハッチの開いたままの操縦席に飛び乗る。操縦席の中は思いのほか狭く、もともと4人乗りくらいの乗り物らしかった。
「しかし、こっちのロボットにはUFOみたいな鍵はついてなかったのか?」
「あるけどね、ついたままになってたんだ。ほら、これ」
と言って示された先には、黒い、複雑な文様のついた金属の棒。あれ…でもこれどこかで見たような気が……。
「あーーーーーーー!ちんぽ!」
「え?何?急に下ネタ?狂った?」
「ネイ!あったぞ!鍵!多分見つかった!」
そうこうしてるうちにもロボットはぐんぐん道の上を飛んでいく。そして、手をつなぎ前を行く二人の後ろ姿がみえた。
追いついた!
*〇26,2人×3人×7人
【井村美香】
ロボットのコックピットから転がり落ちるように降りた泉野くんはそのままの勢いで思いっきり一ツ橋くんの頬を殴った。吹き飛ぶ一ツ橋くん。私、人が人を殴るの初めて見た。
「学!?え?何するの耕治くん!」
「俺は、俺はお前が許せねえ!音羽!お前もだ!」
「え?私も?」
「みずくせえじゃねえかよ?俺たち、仲間だろ?もう、仲間だろ?なあ!だったらさ、一人で抱え込むなよ、頼れよ、信じろよ、一人でなんでも解決しようとするなよ!」
「二人です」
「音羽!だからそういうことじゃなくてな?」
「二人です。これは私たちふたりの問題だから」
「だから違うんだって、これは、こんなことになったのはお前ら二人だけのせいじゃないだろ?音羽のおじさんとか、一ツ橋のおじさんとか、京子のお父さんとか、俺とか、京子とか、ほかのこの町のみんなとか、そういう色んな奴が、色んなことを思ったり、色んなことをした結果こうなったわけだろ?だからさ、お前らだけのせいじゃないんだから、巻き込めよ。俺を、俺たちをさ、頼むよ」
「みんなに、これ以上迷惑はかけられないと思って」
「もう十分迷惑かかってるよ、これ以上は誤差誤差!」
遥子がちゃちゃをいれる。
「いや、迷惑かけたのはあんたもでしょ」
千草が返す。
「な、行くぞ、みんなで」
泉野くんが転がったままの一ツ橋くんに手を差し伸べる。一ツ橋くんはその手を取り体を起こす。殴られたというのに一ツ橋くんは泉野くんの胸を軽く小突いてクスリと笑った。なるほど、これが男の友情ってやつか。
◇ ◇ ◇
「ほらみろよ、これ。チンポ」
「本当だ…チンポだ…」
ロボットの鍵である黒くて細長い棒を弄びながらチンポチンポいっている男子二人。これが男の友情というやつなのか…。わからない…こわい…。
「これからいう方向にある家に向かって欲しいんだけど」
と一ツ橋くんが後部席からネイに指示を出す。木々が茂る丘を越え、ロボットは一直線に一ツ橋くんのいう方向へ飛んでいった。
「どうする、ちょっと離れたところに止めるか?」
「いや、時間が惜しい。そのまま庭に着陸できる?」
「え?いいの?やっていいならするけど」
ロボットは、集落の中でもひときわ大きい家の庭に空気を逆噴射しながら着陸した。縁側でお茶を飲んでいた老人が目を丸くしてこちらをみている。
「お爺さん~、僕です、一ツ橋学です!」
ハッチを開いて、一ツ橋くんが老人に挨拶をする。
「津村さん、私です。音羽です!」
最初は警戒していた老人も一ツ橋くんと音羽が顔を見せたら安心したようだった。
ロボットの手を伝って二人が降りる。
「学くん、音羽ちゃん、なんだねこれは?」
「これは、宇宙のロボットで、この町に埋まってたのを掘り返したものです!」
「この町には、昔宇宙人が来ていて、その宇宙人の乗ってる宇宙船が今もふたつ池に埋まってるの」
「宇宙に帰れなくなった宇宙人を帰すために、その宇宙船が必要なんですけど、それを動かすためにはお爺さんのうちの家宝の天狗の珍宝が必要なんです!」
「譲ってもらえませんか?」
老人は少し悩むようなふりをして、でも面白くて仕方ないような顔で。これだけ生きていてもまだこれだけ驚くことがあるのか、といって、蔵からその珍宝を持ってきてくれた。
そして珍宝をもってロボットに乗り込んだ一ツ橋くんと音羽に聞いた。
「町じゃ、君たち二人、駆け落ちしたって専らの噂だけど、本当かい?その、宇宙船とやらで一緒に宇宙に行ったりするのかい?」
「いいえ僕たちは―――」
そして二人は声を合わせて言った。
「―――戦います」
老人の口笛を吹く様な音が聞こえた気がした。
ロボットが下面にある噴射口から空気を噴射させる。ロボットは空に舞い上がり、そして一路ふたつ池を目指す。
◇ ◇ ◇
ロボットはジャンプを繰り返すようにして山と道路の間を縫って進んでいく。コックピットのハッチは開いたままで、半ば身を乗り出すようにして私たちはロボットに乗っている。目の前に伊吹山が見えた。シートの目の前の空間にモニターがポップアップする。ふたつ池の様子が拡大して表示される。ふたつ池から伸びる道路には大型の車両が何台か並んでいる。埋めるための土砂を積んでいるようだった。、ふたつ池のすぐそばにある車両からは巨大なホースが池の中に突っ込まれていた。他にも池の周りにポンプらしきものがいくつか設置されている。
「まずいな、もう水抜きが始まってるみたいだ」
泉野くんがその様子を見ながら言う。
「お父さんは?お父さんたちはいないの?」
「ちょっと待って、今探してる」
ネイがコックピットの中にあるパネルを操作する。
「見つけた!あれ?ここどこだろう…?登山道の途中みたいだけど…?え?一体なんで?」
「どうしたの、ネイ」
「ちょっとこれ見て」
さっきと同じように空間にモニターがポップアップする。そこには、おそらく登山道の途中と思われるところにいる音羽のお父さんが映っていた。そして、その場所にはもう二人。
藤谷京子と、それと向かい合うようにして、一ツ橋英雄――一ツ橋くんのお父さんが立っていた。
「なんで…父さんがこんなところに…?」
「京子ちゃん…」
「どっちにしろ時間がない。手分けしようぜ。音羽の父さんの方へは音羽と学と、俺で。宇宙船の方はネイと遥子と千草と井村で頼む」
「わかった!」
ロボットはサイズの問題で直接登山道に降りることができないので、登山道の3人がいた場所に一番近い場所にある舗装路に降りることにした。3人を下ろした後、私たちはふたつ池へと向かったのだった。
*〇27,京子×父×父
【藤谷京子】
この町では今の季節は、どこもセロリの苗植えで大忙しだ。その後は夏レタス。その後は桃の収穫があり、その後は稲刈りがあり、冬の間は雪が降り、また次の年がやってくる。この町には農業と土木工事と市役所しかない。
アタシは、この町が嫌いだ。はやく出ていきたい、東京に戻りたい。だけどそんなこと、慣れない土建屋の社長の仕事をすることになってやっと慣れてきたパパや、ここの暮らしに必死になじもうとしてるママの前ではとても言えなかった。
だからずっと学校でも一人だった。一人だったアタシにパパが友だちを紹介してくれた。私と同い年の女の子、パパの会社に仕事を下ろしてくれる町長さんの娘。仲良くしなさいと言われ、これは仲良くすることが義務なんだな、と思った。でも実際付き合いだすといい子で、本当の友だちになったのだけれども。その子は頑張り屋で家の手伝いもたくさんして、アタシとは大違いだった。パパもその子みたいになりなさいという。そうだね、そういうのが必要なのかもしれない。この町で、パパやママみたいにやっていくのは。うまくやろう。友だちもいつの間にかできた。千草と耕治。みんないい奴だった。この町を外から見ているうちは、嫌いな町だったのに、中に入ってしまったら、いつの間にか好きになっていた。アタシはこの町が好きだし、このままでいてほしい。だからそのために頑張っているのに。頑張ったのに。
音羽は行ってしまった。千草も、耕治も。もしかしたらもう帰ってこないかもしれない。帰ってきても、もう、以前のようには戻れないだろう。謝ったりもできない。だってアタシは正しいんだから。
◇ ◇ ◇
伊吹山へ登る登山道の途中の小さな開けた場所に休憩所がある。木を模したプラスチックのベンチが二つ。本物の木で作ればいいのに、そっちの方が風情があるのに、とパパに言ったら、木は腐ったり管理が大変だが、プラスチックは管理しなくてもずっともつからそっちの方がいい、という話をしてくれた。そのパパは今、ふたつ池で水抜きの作業をしている。水抜きが終わればすぐ土砂を入れて今日中に埋め立てまでしてしまうらしい。
「京子ちゃん、京子ちゃんも座りなさい、疲れただろう」
「はい」
休憩所のベンチには、音羽のお父さんが座っている。国府田幸三さん。昨日、音羽が行方不明になったからずっと寝ていないらしく、酷く焦燥している。目の下のクマや、背中を丸めた姿勢のせいか、一晩でいくつも歳をとったように見える。
「あの、アタシなんかが一緒にいていいんですか?」
「いや、いてほしい。君は、音羽と友だちだし、あの、彼ともクラスメートだったんだろう。誰かいた方が話がこじれないで済むかもしれない」
「はい」
私たちはここである男を待っている。今朝、音羽のお父さんが連絡し、そして人目のつかない場所で、ということでこの場所が選ばれたのだ。
約束の時間の30分前、しかし30分前だというのにその男はやってきた。最後の整備からしばらくたった登山道の、足元に生える熊笹がガサガサなる。そしてその男が姿を現した。
「ああ、時間より早く来たつもりだったのに。もう先に来られてましたか。お待たせしてすいません」
一ツ橋英雄。今回の選挙の国府田幸三さんの対立候補で、一ツ橋学の父親だ。
「いえ、私たちも今来たところです」
幸三さんが立ちあがって挨拶をする。そして
「単刀直入に言います。娘を帰してください」
そういって頭を下げた。
「今回のこと、私の娘がいなくなって、そして一緒にあんたの息子や他数人のクラスメートといなくなったこと、町では私の娘とあんたの息子が駆け落ちしたという話で広まっている。私も…もしかしたらそうではないかと思っている。娘にそのことを問いただしたとき、音羽が今までに見たことのない目をして私に逆らったんだ。あんなことは今まで一度もなかった。だから私もむきになって……。あんなことをしなければよかった。私は、あんたのことが憎い。あんたの息子のことも憎い。八つ裂きにしてやりたいと思っている。だが、そんなことより、娘が。音羽が無事に帰ってきたらもうそれだけでいい。全部水に流す。だから、娘を帰してくれ。お願いだ。あんた、何か知ってるんだろう?父親なんだから。どこかに匿ったりしてないか?」
幸三さんは今までに見たことのないような、すがるような格好で一ツ橋のお父さんに言った。
「……この度は、私の息子がこんなことをしでかしてしまって本当に申し訳ありません。ですが、私も何も知らないんです。知らなかった。うちの息子がまさか国府田さんの娘さんと、その、そういう仲だなんて…。行き先についてもわかりません。匿っているということもありません。どこに隠れてるかもわかりません。息子から連絡もありませんし、携帯の電話を切っているらしく連絡もなく場所の特定もできません。本当に申し訳ありません」
「そうですか…」
「それと、私の方からも国府田さんにお願いがあります」
「なんですか」
「国府田さん、警察にも顔がきくというお話を聞きました。昨日も、行方不明になって1日と立たないのにあれだけ警察の方が動いてくださったのも、それがあるからだと思います。それで、お願いというのは、この町から出る道路や、この近辺の町を探して欲しいのです。もしかしたら昨日のうちにこの町を出たのかもしれない。もうこの町にはいない可能性があります」
「そんな…、この町から出ていくなんて…、ああ、考えもしなかった。そうか、そうですか…。ですが、申し訳ない。私が顔がきくのはこの町の警察署長までで、県警は難しい」
「そうですか。すいませんでした。ああ、でも県警が動けばこれ以上の騒ぎになって、そうすればマスコミが動いてニュースになってしまいますからね。国府田さんは心当たりはないんですか?誰か5人を匿ってくれるような家とか、隠れる建物とか」
「そういう場所は全部探しました。わからない、こんなことをする子じゃなかったのに」
「私も、息子がこんな馬鹿なことをするとは夢にも思いませんでした」
「それでも、娘が帰ってきてくれれば、それでいいです」
「わかります」
一ツ橋のお父さんも、ずいぶんと憔悴しきった様子だった。子供をなくした親、お互いが子がそれぞれの行方不明の原因だというのに、お互いを憎むことよりも哀れんでいるようだった。
お互いに尋ねることが無くなった二人は、お互いの距離を保ちながらも、休憩所にある手すりに寄りかかり、どこか遠くを見ているようだった。
その時、ガサガサと熊笹のなる音が聞こえた。登山道を上から誰かが駆け下りてくるようだった。3人の視線がそちらを向く、現れたのは泉野耕治と、
「お父さん!」
「父さん、話があります」
今、話の中心だった、国府田音羽と一ツ橋学だった。
*〇28,ポンプ×タバコ×赤い何か
【藤谷俊二】
池のほとりに設置した8台のエンジンポンプがぶぶぶぶとうなりを上げる。8台のポンプは順調に池の水を掻き出していき、この分ならあと1時間ほどで池の水を抜き終わるだろう。今は特にすることなない遊んだ時間なので皆に休憩を入れさせる。作業員が軽トラの陰で缶コーヒーを片手に煙草休憩をしている。自分もその隣に腰かけた。入って3年の新人が軽口を聞いてくる。その軽口に辟易するが、まあ、軽口が叩けるくらい物おじしないのはこういう仕事をしていくうえでいい資質だ。俺も缶コーヒーのプルタブを開けて、一口飲む。腹のポケットから煙草を取り出し、一服する。こういう仕草にもなれたものだ。5年前、ここに来るまでは煙草なんて吸ったこともなかったのにな。俺よりも年配の作業員が俺の隣に腰かける。煙草を勧めるが固辞される。健康を気にしてるそうだ。今更だとは思う。彼は俺の隣で同じように干上がりつつあるふたつ池を見ていた。ぽつりぽつりとこの池で遊んだ時の昔話をしてくる。俺のさらに20年くらい前の話だった。変わらないように見えるこの町でもいろんなものが無くなって変わっていく。そういう話をしている。俺にもこの池は思い出の場所だ。この場所を起点にして色々な思い出を思い出す。向こう岸まで泳ごうとして足をつって死にかけたこと、森の中を突っ切ろうとして迷子になって死にかけたこと、宇宙人と友達になって宇宙へ帰す映画をみて、崖から自転車で飛び降りて死にかけたこと。俺、よく死にかけてるな。よく生きてた。それから中学になって、高校になって、この場所でも遊ばなくなって、だんだん現実ってやつが追い付いてきた。
高校を卒業して俺はこの町を出て大学に行った。この町では高校を出てここで就職する奴は半分くらいで、残りはこの町を出ていく。大学にいったり就職を探したり。俺と同じように幸三も大学に行ったが、俺がそのまま向こうで就職したのに対して、あいつはこの町に戻って町長の父親の秘書のようなことをやっていた。幸三の状況が変わったのは7年前だ。幸三の父親、現職の町長が急死した。この町では代々国府田の家が町長を出すと決まっている。そして、町長というにはまだ若い幸三に白羽の矢が立った。幸三は自分の意志に関係なく町長になり、そして自分より年かさの議員や長老とやりあい、言いくるめたなりなだめすかしたりと随分と無理をしたという。実際の年よりも大分老け込んで見えるが、まあ、それは俺も同じか。
俺も、5年前、父親が急死して、父親の建設会社を継がなけばならなくなり、都会での仕事を捨てて戻らなければならなくなった。家族にも迷惑をかけた。俺も右も左もわからない仕事で、年上の職人さんに若造扱いされながら勉強して、最近やっと人並みにできるようになったと思う。
俺と幸三はよく似てる。偉そうな振りしてるが、多分、あいつも必死なんだと思う。この池を埋めるのだって本当はやりたくないのだ、きっと。だが、仕方ない。幸三が決めたんじゃない。大事な何かは、いつも、俺じゃない誰かが決める。
その時作業員が騒ぎ出した。指さす方をみると、池の中央に赤い巨大なボールのようなものの上の部分が見える。遠目からは見えないが表面は金属でできているようだ。
さっきの3年目の作業員が言う。
「なんか変なものが出てきたんですけれども、気にはなるんですけれども、アレ、あのまま埋め戻してしまうのがいいと思います。でないと行程に間に合わないし、なんかの遺跡だった場合、工事止まっちゃいますんで」
こいつのいうことは正しい。この場の監督としてはそう判断するのが正解だろう。と、その時、道路を駆けあがってくる子供たちがいた。確か、あの子たちは昨日から行方不明になってるはずの京子の友だち。井村美香っていうこと緒方千草っていう子だ。あとなんかすごい髪色の子がいる。ピンク色の。一昨日もふたつ池でみた子だ。なんか黒光りする長い変な棒持ってる。その3人が浅黒い肌の子供を背負ってこちらに向かって走ってくる。
「まって~~~~~!」
「宇宙船!埋めないで!」
*〇29,英雄×幸三×学と音羽
【一ツ橋学】
登山道を駆け下りる。
先頭は耕治、僕は音羽の手を引いてその後をついていく。空から見たときには近く見えた休憩所は実際に走り降りるとそれなりに遠かった。額に浮かぶ汗をぬぐう。もう少しだ、と耕治が言う。道の横をみると、下の方に開けた場所が見えて、そこに僕の父さんと音羽の父さんと、藤谷さんがいた。
◇ ◇ ◇
休憩所について僕らの姿を確認した僕の父さんと音羽の父さんは体を預けていた手すりから体を起こし、こちらに向き直った。丁度休憩所のベンチを挟んで向かい合うような形になった。
「よく、もどってきてくれた、音羽」
「よかった、正気に戻ったんだな、学」
二人が泣き出しそうな声で僕らに言う。
近づいてくる二人に、しかし耕治が体を差し入れて近寄るのを防ぐ。怪訝な顔をする二人。遠くのベンチに腰かけていた京子さんが憎々し気な目でこちらを見つめ、そして声を上げる。
「あんたたち、一体何のために戻ってきたの!」
強く、音羽の手を握る。音羽も強く握り返してくる。
「今日は話をしに来ました」
いくぞ。
「まず、自分がこの町の家々を回って話を聞いているのは、父さんの手伝いではないということ。父さんのいうご機嫌取りのようなことをしているのではなく、純粋にこの町の話を知りたい、歴史資料としてまとめたいと思って、活動をしているということ。そのことを父さんにも音羽のお父さんもわかって欲しい。京子さんにも」
「そして、お父さん。お父さんが何と言おうと私は学くんが好きです。いくら反対されても、絶対にこの手を離しません」
「そして、今日はお願いがあります」
お父さんたちがなんだ?という怪訝な顔をする。
「僕たちは、父さんと音羽のお父さん、二人に話し合いをして欲しいと思っています。この町についてどう思っているか、この先どうしようと思っているのか。僕は、お二人の話を聞いていて思うのですが、方向性で対立することはあってもいがみ合う必要はないと思います。どうか、ここで、話し合いを行ってください」
この“お願い”自分自身を人質にとるやり方で卑怯だというのはわかっている。父さんと音羽のお父さん、憔悴してる様子が目にとれる。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも、今、この状況は絶好のタイミングだった。今この場を逃したらこういう場はもう取れない。だから、今やるしかないと思った。勝負を決めなければならない。
「父さんは、市長になって、何がしたかったの。ちゃんと話して」
父が、ぼそぼそと、話し出す。
「えっとな1次産業や2次産業を効率化、大規模化して人が移住しやすいように、また、この町から高校を卒業したら人が出ていってしまうのを防ぐことにもなる。産業がないからこの町から出ていって、人が出ていくから産業がなくなるという悪循環を防ぎたい。とにかく移住者を増やすこと、移住した人間が暮らしやすいことを優先的にしようと思っていた」
「それのどこがダメなの。お父さん」
音羽が自らの父に聞く。
「言ってること自体は間違ってはいない…。人口を増やすことが一番の課題で、それに対して移住者を増やすというのは必要なことだ。ただ、町には町のルールがあって、一番優先されるのは住んでる人間の意志だ。それに通さなければならない筋というものがある。それを無視して何かを始めるというのが、そもそもいかん」
「それはわかりますよ、どこにだってそういうものはある。だから、この5年間あちこちを回って挨拶もしたじゃないですか、でもどうにもならなかった、よそ者はずっとよそ者扱いだ、じゃあ、こういう風に、強引に市長になるようなことをしないとならなくなったんじゃないですか。あなたが、ずっと私たちをよそ者あつかいするから。住んでる人間の意志が一番大事といいますけど、じゃあ、移住してきた僕らはこの町に住んでる人間じゃないんですか?」
「私がよそ者かどうかを決めるんじゃない。この町の皆がお前らをよそ者と思ってる」
「お父さん、みんなって誰?」
「津村の爺さんは、僕をこの町の人間として認めてくれた。大船神社の紙屋さんも。もっと話し合ってお互いを知ろうとすれば、そういうことは関係なくなるよ」
「学……ああ、確かにお前のいう通りかもしれない。今回の選挙でこの村の多くの人と飲む機会があって、それで町の人とも大分と距離が近づいた気がする、自分がいかにこの町を知らなかったのかも思い知らされた」
「そんなことをいまさら…そんなこともわからず町長に立候補したのか、あんたは!」
「ですので、今回学んだじゃないですか、人生ってずっと学び続けて変わり続けるものでしょう」
「お父さん、父さんは変わらないの?他の人を変えて、自分だけ変わらないのはおかしいよ」
「音羽!お前は口をはさむな!」
「ううん、黙らない。お父さんも間違ってるし、学くんのお父さんも間違ってると思う、でも正しいところもあって、だから今、ちゃんと話し合ってっていってるの」
「父さんは、別に自分自身の利益や権力のために町長になろうとしているわけじゃないんでしょう。音羽のお父さんも、今話を聞いて、そういう方だと思いました。だから、二人で力を合わせることはできないんですか?この町のために」
「それは…」
「それは無理だ、子供だからお前たちにはわからないだろうが、一度決まってしまったことはもう覆すことはできん。覆水盆に返らずだ。一度選挙という形で敵対してしまった今、どちらかがどちらかを排除するしかない。あの、池の埋めたてだってそうだ。決まってしまったことは俺一人の意志ではどうにもできん」
その時、藤谷さんの携帯が鳴った。
「え?もしもし?お父さん?そんな、なんで……」
藤谷さんが当惑の声を上げる。スマホをおろして、力なくこちらをみる。
「お父さん、工事中止するって」
覆水が盆に返った。
「工事が止まった。同じように、お父さんの意志でどうにかすることができるんじゃないの?お父さんは本当はどうしたいの?本当はどうするのが正しいと思ってるの?」
「父さん」
僕の父さんが音羽のお父さんに向けて右手を差し出す。ゆっくりと。
音羽の父さんも、それに答えるように腕を上げる。
「ちょっとまってよ、なんで今更なのよ!私はちゃんとやってた、正しいことだと思ってちゃんとやってたのに、なんでそれなかったことにするの。音羽にも、みんなにも、私、酷いことして、それが間違ってましたってなによ!大人だったら、最後まで責任取ってよ!」
「京子ちゃん…」
藤谷さんが叫んだ。
「京子、間違ったっていいじゃねえか、みんな気にしねえって」
「いやだ!私は間違ってない!」
…とん………とん………とん
何かを叩くような小さな音が聞こえた。そして。
どん!
体が地面から浮き上がったと思ったら次は地面に叩きつけられた。2度、3度。必死で地面にしがみつく。地震だ。物凄い地震が起こっている。
どん! どん! どん! どん!
足元に巨大な地割れが走る。左手をつないでいる音羽が飲み込まれる。音羽が手を伸ばす。必死にその手を掴んだ。そして、それに引きずられて僕も地割れに飲み込まれる。
「学!」
「音羽!」
耕治と藤谷さんが必死で手を伸ばしてくれたけれども、僕の両手は音羽を抱きとめるのに精いっぱいで二人の手をつかむことができなかった。
そして、僕らは底の見えない奈落へと落下していった。
*〇30,走る×走る×私たち
【緒方千草】
上空からロボットが降りれる場所を探す。池のある場所から池を埋めるための土砂を積んだトラックが並んでいてこのロボットではその隙間に降りることは無理そうだった。
「池の近くに降りようとするとどうしても車潰しちゃうけど潰しちゃってもいいかな」
「ダメに決まってるでしょ!」
「車が止まってるところの手前で降りて登ってくしかないね」
「結構距離あるよ」
「でもいくよ!」
ロボットを車列の手前に着陸させる。コックピットから飛び出す。おそらく鍵である珍宝は遥子が持っている。トラックの運転手が窓からこちらを怪訝な目で見てけど中から出てくる気配はなかった。そりゃそうだよね、普通。おかげで邪魔されずに走っていけそうだった。
「いくよ、急いで!」
そういってネイが一番に走り出す。でも、勾配があり、ペースを考えていないもので、すぐにばてて動けなくなってしまった。
「もうだめだ…」
「バカっ!」
仕方ないので、3人でネイを代わりばんこに背負っていくことにした。思ったより軽い体重だったので、そこまで大変ではなかった。けれでも、もう、走るという体ではなく、よろよろとよろめきながら歩いて進む、というような状態。マラソン大会の最後500メートルって感じ。永遠に続くかと思われた坂道を登り切り、やっと目の前に見覚えのある景色が見えてきた。ふたつ池だ。ふたつ池の周りにはいくつものポンプがおかれもう大分水も抜かれた後みたいだった。池まで近づくと目の前に太り気味の男の人がいた。周りに指示を出してるから偉い人だと思う。思いっきり大きい声で話しかけた。
「まって~~~~~!」
「宇宙船!埋めないで!」
◇ ◇ ◇
予感は当たり、その人はこの現場の現場監督だった。宇宙船のこと、ネイのことを素直に話す。
「その宇宙人が宇宙に帰るための宇宙船が、あの、赤い何かだっていうことなのか?」
「そうですそうです!で、これが鍵」
遥子が珍宝をぶん回す。
「ダメですよ、社長、こんな子供のいうこと真に受けちゃ。あの赤い何かは…赤いなんかですよ。とにかく駄目ですよ、工程もギリギリですし、アレ、アレがもしUFOだとして、どんだけ埋まってるかわかんないですけど、その分が飛んでったら埋め立て用の土砂増えるじゃないっすか。今日手配してる分で足りないじゃないっすか。そうするとまた後日ってことになって、工程ぶっとぶどころじゃないですよ。社長」
「そうだな…うん…お前の言うとおりだな…」
「監督さん!お願いします!」
「難しいな…、それに、止めるっていっても俺の一存でできることじゃないからなあ」
監督さんは顎を指で撫でながら考えている。そういう癖なのかもしれない。ふと、私たちの背中のネイに目をやる。なにかに気づいたようだった。
「その額の角…もしかして、そっちの子が宇宙人なのか?」
「はい、そうです」
「じゃあこっちの子は?」
遥子を指さして言う。そうだよな~そう思うよな~。
「地球人です」
「そう」
私たちの背中でまだ荒い息をしてるネイを見ながら言う。
「この子、もしかして、地球の環境に会わずに、死にかけているのか……」
「いや、これはさっき…」
本当のことを言いそうになった美香の口をふさぐ。
「そうなんです!この子、地球の環境で生きていけなくて!だから、宇宙に帰してあげないといけないんです!本当!」
「やはり……そうなのか……」
「わかった、工事は中止しよう、その宇宙人が宇宙<フリガナ:ソラ>に帰るまで工事は中止だ!」
そういうと監督さんはさっきの人を呼んで工事の中止の命令をした。
「ありがとうございます!」
「いやなに。たまには俺の意志で決めてみたいのさ」
そういって私たちを池へと送り出してくれた。
後ろを振りかえるとどこかへ電話しているようだった。
◇ ◇ ◇
「え?ここ行くの?」
「行くよ!」
「行こう!」
「ごめん~おねがい~」
中途半端に水が抜かれた池は、底にたまった泥だけ残った沼になっていた。歩きにくそうだし、何より汚い。
「なんか便利な道具ないの?」
「もう全部使っちゃった」
くそっ、もう自分の体だけが頼りだ。意を決して泥沼に飛び込む。続けて美香、遥子、ネイも飛び込む。思ったよりも泥沼は深く、腰の下あたりまで沈んでしまった。泥をかき分けて泳ぐようにして、ゆっくりと進んでいく。美香が転んで、全身顔も髪も泥まみれになった。気を付けて~って声をかけた遥子も次の瞬間転び、ピンクの髪が真っ黒になった。そういう私も転び、泥で体が重い。ネイは転びまくってもう泥の柱みたいになってた。それでも、10センチ、20センチと赤い球面に近づいていって、とうとう、とうとうその上に上ることに成功した。
「じゃあ、やる?誰がする?」
遥子が聞く。
「決まってるでしょ」
4人で。
遥子が掲げた棒に残りの三人が手を添える。そして、タイミングを合わせて、球面の中央にある他と色の違うへこんだ部分に思いっきり突き刺した。次の瞬間、棒が球面の中に吸い込まれ、そして、球面から赤色の光が放射され、空へまるで柱のように飛んでいった。
「やった~~~~~!」
珍宝はやはり宇宙船の鍵だった。今までの苦労が全部、やっと報われた。踊り出したい気分だ。遥子が抱き着いてきた。私も美香に抱き着いて、美香はネイに抱き着いて。とにかくみんな抱き合って喜んだ。やった!やってやった!
ドン、ドン、ドン、と地震のような、地響きがして、体が宙に浮く。とうとう、とうとう宇宙船が浮かぶんだ!
と、思ってたのに。
赤色の光は、徐々に小さくなり、そして、消えた。UFOのハッチは開かない。代わりにまた前回のようなアナウンス。
「l;オア得v氏mrアpl、crs」会えどt:fydb@pt、dys、tr」
「何?何言ってるの?」
今までにないしょっぱい顔でネイが答える。
「『物理キーによる第一認証を通過しました。遺伝子による生体認証をしてください。パイロット本人、またはその血族の人間である証明をしてください』だって」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?」
「生体認証って何?」
「本人確認って本人もう1000年前に死んでるよね?これって」
「もう無理じゃん~~~~~~~~~~~」
「あ、でも見て、本人じゃなくても血族ならOKだって!」
「どこにいるんだ!そんな奴!」
ここまでやったのにまだ駄目なのか。ていうかセキュリティ厳しすぎだろ。もう、なんかもう、あまりのことに笑えてきた。ははははは。そしたら、また地面から緑色の光。そしてアナウンス。
「;ロmjp:」江rltvbtk」r:、vs:」れt・;yr」ヴぇr、よv:えr」tヴぇ。s」
「え?え?え?」
ネイが驚きの声を上げる。
「どうしたの?なんかあった?もう何があっても驚かないよ」
「……『生体認証を確認しました。今から起動します』だって」
………。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?」
次の瞬間。
どおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
今までにないレベルの地震が起こり、私たちの体は、文字通り宙に舞った。
〇31,光×そして×宇宙船
【国府田音羽】
どん、どん、どん、と地面が揺れた。そして地面がなくなった。地割れが起きたと気づいた瞬間私はもう落下を始めていた。右手は学の左手を掴んだままだ。このままでは学を引いて一緒に落ちてしまうと思った私は、とっさに手を放そうと思ったけれども、逆に強く掴まれた。そして、まだ、どん、と揺れ。学の体は宙に浮き、踏ん張る場所のないその体は私と一緒に地割れにひきづり込まれた。私と学を呼ぶ耕治くんと京子ちゃんの声が聞こえる。その声がどんどん遠くなる。学が私の体を強く抱きしめる。いつかの飛行ガサの時のように。私も学の体を強く抱きしめる。このまま、あと数秒後、底に叩きつけられて死んじゃうとしても、もう、後悔はないと思った―――
―――光。
裂け目の壁面が光っている。
落下が遅い。いつまでたっても地面に激突しない。
光に包まれて、体が浮いているようだった。
光の中から声が届く。知らない言葉だけれども、なぜか意味が分かった。
『生体認証確認。起動します』
私は、その光の中に吸い込まれ、目を開けると。
―――宇宙船のコックピットにいた。
〇32,宇宙船×そして×空
【泉野耕治】
学と音羽が地割れに飲み込まれた。だがそれを悔やんでる余裕は俺たちにはなかった。地鳴りと地震はなおも続き、体が地面と空中を跳ね回る。立ち上がろうとしたら右足に鈍い痛みが走った。さっき学たちを助けようと駆け寄ったとき捻挫したらしい。地面は揺れだけでなく、地割れもあちこちに発生し、もう駄目だと思った。これは死ぬな。後悔ばかりの人生だった。そう思った時――。
地割れから無数のシャボン玉のようなものが吹きあがってきた。
見覚えのあるそれは、俺や京子、学や音羽の父さんたちを包み込んだ。シャボンに包まれた体が浮かび上がる。遠くを見ると同じようにシャボンに包まれた人たちが浮かび上がっている。どうやらこの山にいる全員がそうやって保護されているようだ。シャボンはさらに浮かびあがり、あたりを見渡せるくらいの高さまで上昇した。
どん…どうん…ごごご
足元を見ると、地割れや地崩れはいよいよ大きくなり、まるで落とした豆腐みたいになっていた。山の峰は崩落し木々は全てなぎ倒され地割れの中で攪拌されていった。全てが崩落していくなか、いくつかの塔のような突起物が天に向かって立っている。見覚えのあるそれは天狗岩だった。上を覆っていた土砂がなくなり新しくむき出しになった天狗岩もあり、無数の天狗岩がふたつ池を囲むように立っていた。
山の峰は全て崩れ去り、まっ平になった中に天狗岩が突き出ているというような異様な光景だった。そして、そのまっ平になった地面の中から、ゆっくりと、ソレはせり出してきた。
赤い金属的な表面。何度も想像した宇宙船。だがそれは、サイズが全くのでたらめだった。
伊吹山は標高2321メートル。町のある場所からの標高差は400メートルほどで、その裾野は直径10キロに及ぶ。その、伊吹山が<傍点>あった</傍点>範囲すべてから、赤い金属がその地肌を見せている。天狗岩はその宇宙船の一部だったらしく、中心部を囲むようにぐるりと立ち上がっていた。その円盤はゆっくりと浮かび上がりながら、その体の上に乗った土砂を落としていく。そして、俺たちのはいっているバルーンの高さを越えていった。宇宙船がいなくなった足元にはまっ平な地面とその上に小麦粉をふるいにかけたような土と木々を混ぜ合わせたものが積もってるだけだった。宇宙船を見上げる。あの中に、音羽と学がいる。そういう確信があった。宇宙船は2,3度角度を変えた後、その巨体に似合わない物凄い速度で空の彼方へ飛び立っていった。
バルーンに包まれた俺たちはゆっくりと地面に降りて行った。先に降りた京子がもう誰もいない空を見上げている。
「置いていかれちゃった」
そうつぶやいた。
「すぐ帰ってくるって」
俺も、もう誰もいない空を見上げながら、そう言った。
〇33,宇宙×地球×そして歌
【井村美香】
『生体認証を確認しました』
そうアナウンスがあった後、巨大な揺れがあり体が宙に浮かび上がった。そして宇宙船から一際強い光がでて、その光に吸い込まれた。目が覚めるとそこは直径20メートルほどの真っ白い半球状の空間で、そこには一ツ橋くんと音羽が抱き合って小さくなっていた。音羽は頭を押さえて苦しそうにしている。
「大丈夫?」と一ツ橋くんが音羽に聞く。音羽が「大丈夫」って答える。そしてゆっくりと立ち上がる。
音羽が目を向けると、今まで真っ白の壁だった場所がモニターに変わり、外の様子が見て取れるようになった。バルーン宇宙服があちこちに浮かび上がっている。その中に泉野くんと藤谷さんもいる。他の人たちもみんな無事みたいだ。そして私が聞く前に音羽が答えてくれた。
「この宇宙船、なんだか今、私がパイロットになってるみたい」
◇ ◇ ◇
宇宙船はその体の上に乗った山を振るい落とすようにしてゆっくりと上昇していく。それにしても異常な大きさだ。町一つくらいの大きさがある。音羽によると、この宇宙船に吸い込まれた後、頭のなかに宇宙船の操縦法が流れ込んできたらしい。脳内に回路ができて、その回路を通じて宇宙船を操縦しているらしいがよくわからない。音羽もその感覚を言葉でうまく説明できないといっていた。
宇宙船を空中に停止させて、宇宙船のパイロットの設定を音羽からネイに書き換える作業を始める。この宇宙船の操縦は地球人には荷が重いらしい。
「一番の疑問なんだけど、なんでオトハちゃんがこの宇宙船のパイロットになれたの?」
そうだ。音羽は地球人のはずだ。ましてや1000年前に落ちてきた宇宙人の親族だなんて……。
……天狗伝説。
空から降りてきた天狗は、村の娘と愛し合うようになった。天狗と人間の結ばれない恋。しかし、二人は反対する村の人々を説得し、結婚を認めさせたという……。
「そう、国府田家は、その降りてきた天狗と娘との間の子供から始まった家系なんだ」
一ツ橋くんが、まだ苦しそうにしている音羽の肩を抱きながら答える。
「ロマンチック!」
遥子がいう。
そうだね、確かにロマンチックだ。
『パイロットの権限を委譲しました。現在よりこの船の操縦者はネイ・ネ・イネイとなります』
今まで苦しそうにしていた音羽がほっと息を吐く。パイロット権限を委譲されたネイは全く平気な様子だった。宇宙人とは脳の仕組みが違うらしい。
試すように2,3回宇宙船を身震いさせた後。
「じゃあ、行くよ!」
と言って、ネイは宇宙船を発進させた。全く加速を感じないのに全周モニターに映し出された景色はぐんぐんと変っていく。あっという間に地面が遠ざかり、インターネットの地図を見るようなそんな景色になる。前をみると地平線が丸い。空の色が暗くなり、ああ、ここはもう。
「ここはもう宇宙だよ。どこからが宇宙かはあいまいだけど、君たちの定義する地上100kmだ」
足元に地球が見える。初めて宇宙に言った人は地球は青かった、って言ったらしいけれども、私の思った感想は「怖い」だった。
「なんだか、こうして宇宙から地球を見ると、私たちの悩みとか、苦しいとか、寂しいとか、ちっぽけなことに思えるね。それって、……やだね」
千草がいう。ああそうだ、だから怖いんだ。そういうちっぽけなことが、本当にちっぽけにされて、どうでもいいってなるのが怖いんだ。そういうのが私たち自身のはずなのに。だから私は歌うんだ。
…気が付くと私はハルカナの曲を口ずさんでいた。
「やったー、ハルカナの生歌!耳が幸せ!」
「美香、やっと聞かせてくれた」
千草と、遥子と、一緒になって歌う。私たちの中にハルカナがいる。私たちのなか全員に。
「ねえ、君たち、これからどうする?」
ネイが、私たちに聞いてくる。
「この宇宙船なら、他の星だって簡単に行ける。他の銀河にだって」
ネイが微笑む。でも、私たちの答えは決まっている。
*〇34,ただいま×UFO×おかえりなさい
【泉野耕治】
朝焼けがまぶしい。ここで朝焼けをみるのは2回目だ。
「ねえ、本当に来ると思う?」
「多分な」
俺と京子は上流の天狗川にいた。昨日、キャンプした場所だ。昨日のことなのにすごく昔のことのようにも思える。
「多分って……あ」
見つけたのは京子が先だった。京子の指さす空の先に時折キラキラと輝くものが見えた。次第にそれは大きくなり、赤い色をしているということが分かる。望遠鏡があれば、赤い円盤に手足の生えたような形をしたものだというのが分かるだろう。それがゆっくりと高度を下げながら、こちらに近づいてくる。やがて、ゴゴゴと空気の吐き出す音を立てながら、俺と京子の前に着陸した。
「ただいま!よくこの場所が分かったね!」
「降りるならここしかねえって思ってたからな」
遥子が真っ先にコックピットから飛び出してくる。そして美香、千草、そして音羽と学も降りてきた。俺も捻挫した足を引きずりながら降りてきたみんなのほうに近づいていく。動こうとしない京子の手も引っ張って。
「どうだった?ネイは?」
「ネイはもう自分の星に向かって帰ってる最中だよ。光速の500倍が巡航速度だっていってたから今はオールトの雲を越えたあたりだと思う」
「宇宙観てきたよ、すごかった。耕治も京子も、来れたらよかったのにね」
「あ~、すっげえ残念だよ」
「ていうか大騒ぎになってるんじゃないの?どうやって抜け出してきたの?」
「ああ、すっげえ大騒ぎだよ。だから逆に抜け出せた、だれも俺たちのこと気にしてねえからな」
「京子ちゃん」
「音羽…ごめ」
「京子ちゃんは間違ってないから、だから、謝らなくていいよ」
「…うん……」
その後、俺たちはネイから預かったしずめビームで乗ってきたロボットを沈めた。沈めたら丁度電池がきれて、丁度いいやと思って、シャベルで穴を掘って、それも埋めた。
「よし、じゃあ、あれやるか?」
そういって、全員を輪にして手をみんなの真ん中に置く。
「え?これやるの?」
「また?」
そういいながらみんな俺の上に手を置いてくれる。
「UFOって信じる?」
「信じる~~~~!」
そうして、俺たちとUFOの7日間は終わった。
*〇エピローグ
その後のことを少し。
町長選挙は音羽のお父さんの圧勝だった。非常事態が起こると現職が強いという。今回のUFOとそれに伴う山の消失は非常事態だったのだ。もちろんニュースにもなり、一時期、天番町は日本で一番有名な町になった。マスコミ対応にも大忙しだ。
音羽のお父さんと学のお父さんは相変わらず仲が悪い。でも、酒処ちくさで、京子のお父さんを交えて三人で飲んでいるというところをみたという噂もある。
結局、耕治の秘めた恋は、誰にも気づかれないまま終わった。でも本人もそれでいいと思っている。彼も、音羽と同じように3年前雷に打たれた1人だった。
ハルカナは順調にフォロワーを増やしている。ファンの人たちはあの時の美香のことはもう気にしていないみたいだった。ファンの人にとって、ハルカナはハルカナで、歌っている中の人は着ぐるみの中の人のように気にしないものなのかもしれない。それでもいいと美香は思っている。
お祭りの天狗神楽は、天狗役を踊るはずだった耕治が捻挫して踊れなくなったために急遽代役が立つことになった。代役には一ツ橋学が選ばれた。運動神経のない学に対して、地獄の特訓が行われたらしい。ところで、時間さかのぼり湿布はまだ残っていたと思ったんだけど。
そして、お祭りの日がやってきた。
色とりどりの屋台が立ち並ぶ境内を美香と千草と遥子が人込みをくぐって歩いている。
「ちょっとちょっと。すごい人出だよ。この町でこんなの初めて!」
「UFO騒ぎで有名になったからね、UFO特需」
テンションの上がった千草に美香が冷静に突っ込む。
「ねえ、浴衣かわいいでしょ、浴衣」
遥子が、自分の髪色に負けないくらいの鮮やかな水色の浴衣を自慢する。
「かわいいかわいい」
「ありがとう!ミカちゃんとチグサちゃんの浴衣もかわいいよ!」
「…あ、いけない、屋台手伝いに行かないといけない時間だ、じゃ」
「そっか、千草の家もここで屋台出してるんだ」
「そ、稼がないとね」
「私たちも手伝うよ」
「うん、ありがと!」
大船神社の正面に作られた神楽殿、そこから少し離れた社殿の中で、学は座って待機していた。天狗役は娘役とは演武の前には離れていなければならないらしく、衣装を着たまま、一人座っていた。
「よっ」
そこに、耕治が顔を出した。
「耕治」
「緊張してるかと思ってな」
「緊張はしてないけど、この衣装、思ってたよりもかなり重いね、なんかリハーサルよりも重く感じる」
「それ、緊張してるっていうんだよ、頑張れ」
「ありがとう」
「あと、みてみ、神楽殿の前。人出すげーから」
「緊張ほぐしきてんのか緊張させようとしてるのかどっちだよ」
「そろそろ時間だぜ、行ってこい」
そういって、耕治は学の背中を押した。
一方、その反対側の社殿では、京子が音羽の衣装の仕上げを手伝ってた。
「もう出番だね」
「うん」
「私、この間の山の時のことで、やっぱり音羽に謝りたくて、でも」
その先の言葉が出てこない京子に音羽がいった。
「……この衣装かわいいでしょ。もう、もうずっと前から同じデザインなんだけど、毎年作り直してるんだって。どうかな。似合う?」
「…うん。似合ってる」
「はい。じゃあ、京子、行ってくる」
「うん、頑張ってきて」
いつか見た組み立て中だった神楽の舞台はすっかり組み上げれて幽玄な雰囲気を醸し出している。
脇に座った人たちが楽器を奏でる。楽器を奏でるのは保存会の人たちで、その中にはこの何年の間にこの町に引っ越してきた人も含まれていた。
お囃子が始まる。そのお囃子に合わせて、舞台の両袖から娘の衣装を着た音羽と、天狗の面を被った学がゆっくりと現れる。
二人は独特の伝統的な踊りを踊りながら、近づいたり離れたりを繰り返して、最後には一つになる。
「見える?」
遥子がいう。うん。みてる。
「なんかねー、UFOで有名になったからまたUFOで宇宙人きてくれないかな、って町の人言ってるらしいよ」
そうなんだ。
「もう来てるのにね」
そういって遥子がこちらを振り返る。
僕らの夏は、まだ始まったばかりだ。