疑問点のあるWikipedia記事について話しましょう
コメント一覧
「マグロ油漬け缶詰は、1903年にアメリカ合衆国のアルバート・P・ハーフヒル(en:Albert_P._Halfhill)によって発明され」
と書かれていますが、19世紀のヨーロッパですでにツナ缶が製造されていたことについては、信頼できそうな資料が結構あります。Wikipedia英語版の[[Albert P. Halfhill]]には、ハーフヒルがイタリアのツナ缶を参考にしたことが書かれていましたが、現在は記事自体が消えています。
「In his travels, he had picked up a can of Italian canned tuna and brought it back to his plant to see if he could copy it.」記事は著作権のほうで消えてますが、同様の指摘のコメントありますね。
Talk:Albert P. Halfhill - Wikipediaハーフヒルさんのページの削除理由はCopyright problemsとなってますが、削除理由(Wikipedia:Copyright problems/2023 March 17)に出て来るDCとはUser:Doug Coldwellのようで、真偽不明の記述を得意とするユーザー(婉曲表現)のようです。記述を信憑するには厳しい気がします。
一応トークページを見ると「Sardinia, Italy around 1860」でツナ缶作られてたという指摘があり、
Talk:Albert P. Halfhill - Wikipedia検索するとサルディニアでなくシチリアの近所(世界史オタ的にはアエガテス諸島)に最古のツナ缶工場があり、19世紀半ばから創業していたとあります。
ヨーロッパ方面の話はこのぐらいで終えて、Albert P. Halfhill さんについて書かれた博物館(会社があった場所から車で小一時間ぐらいなので準地元ぐらいの感覚か)のブログ。
もともとはイワシ缶やサバ缶を作っていたようです。ざっと読む限り、当時のアメリカではスポーツフィッシングの対象たるツナ(クロマグロ)とか食い物じゃねえだろと思われていたようであり、ハーフヒルさんの革新はアルバコア(ビンチョウマグロ)を使い、チキンサラダだと言って出せるレベルまで味を仕上げた点にあるとしているようです。
実際問題、現在の「ツナ缶」の正体はビンチョウ缶・カツオ缶・キハダ缶なので
19世紀ヨーロッパで作られていた「マグロ缶」がクロ缶だったとすると(検索結果を漠然と眺めるかぎりはそのように読めるが、魚の呼称の雑さ加減はたぶん世界中どこでも同じだろうし、詳しい調理法も未調査なので、なんとも言えないところです)、「ビンチョウ缶の発明者はハーフヒルさん」と言える気はします。
あと本題じゃないですが、「カツオのシーチキンが市場では最上級品とされる。」という記述は疑わしいのでとりあえず要出典範囲つけときました。
会員の種類
会員種別としては、支部(ナショナル・メンサ)に属するナショナル・メンバーと、支部が存在しない国ではメンサ・インターナショナルに属するダイレクト・インターナショナル・メンバーの2種類がある。
ナショナル・メンバーに対してはナショナル・メンサが会員証を発行しており、ダイレクト・インターナショナル・メンバーに対してはメンサ・インターナショナルが会員証を発行している。両方の会員権を同時に持つことはできない。- ナショナル・メンサが存在する国の国籍を有しかつその国に居住する会員はその国のナショナル・メンバーとなる。
- ナショナル・メンサが存在する国の国籍を有しかつナショナル・メンサが存在する他国に居住する会員は国籍を有する国のナショナル・メンサのナショナル・メンバーとなるかまたは居住する国のナショナル・メンサのナショナル・メンバーとなるか選択権が与えられる。
- ナショナル・メンサが存在する国の国籍を有しかつナショナル・メンサが存在しない他国に居住する会員は国籍を有する国のナショナル・メンサのナショナル・メンバーとなるかまたはダイレクト・インターナショナル・メンバーとなるか選択権が与えられる。
- ナショナル・メンサが存在しない国の国籍を有しかつナショナル・メンサが存在する他国に居住する会員はダイレクト・インターナショナル・メンバーとなるかまたは居住する国のナショナル・メンサのナショナル・メンバーとなるか選択権が与えられ、その他の場合はダイレクト・インターナショナル・メンバーとなる。
国際評議会の承認が下りれば、当該国のナショナル・メンバーになることを希望しないメンバーが他国またはダイレクト・インターナショナル・メンバーの会員資格を取得しうる。
そーゆーことね
完全に理解した以前は箇条書きですらなかったのでさらにひどかった。
ちなみにこれが構造化ツリー-
ナショナルメンサが有る国の国籍を持つ
- 国籍が居住地と同一
→ 国籍地のナショナルメンサ - 国籍が居住地と異なる
- 居住地にナショナルメンサが有る
→ 国籍地のナショナルメンサか居住地のナショナルメンサか選択 - 居住地にナショナルメンサが無い
→ 国籍地のナショナルメンバーかダイレクトインターナショナルメンバーか選択
- 居住地にナショナルメンサが有る
- 国籍が居住地と同一
-
ナショナルメンサが無い国の国籍を持つ
- 居住地にナショナルメンサが有る
→ その国のナショナルメンバーとなるかダイレクトインターナショナルメンバーかを選択 - 居住地にナショナルメンサが無いなどその他の場合
→ ダイレクトインターナショナルメンバーになる
- 居住地にナショナルメンサが有る
-
掲載されている国旗の画像は近年に作られたもので、1996年の画像をもとにした2012年の物のようです。
日本語版以外では別の画像に差し替えられていることが多いようですが、また元に戻される場合もあります(英語版では元に戻っています)。redditではネタ元として、リンク先の画像が紹介されていました。
https://web.archive.org/web/20250817201944/https://www.delcampe.net/static/img_large/auction/000/074/345/420_001.jpg当時トマトは「poison apple」(毒リンゴ)ともよばれていた。なぜなら裕福な貴族達が使用していたピューター(錫合金)食器には鉛が多く含まれ、トマトの酸味で漏出して鉛中毒になっていたためである[144]。鉛中毒の誤解が解けた後も、有毒植物であるベラドンナに似ていたため、毒であると信じる人も多く、最初は観賞用とされた[144][10]。
「当時トマトが毒リンゴとよばれていたのは、鉛中毒になっていたためである」部分が怪しい。
上記のファクトチェックサイトによるとデマであるという記述があるが、これを典拠にするのはちょっと弱い……。
なお、英wikipediaにこの鉛中毒の記述はない。これに続く文章で
しかし、イタリアの貧困層で食用にしようと考える人が現れ、
とあるが、書いている事自体は間違いではないかもしれないのだが、「観賞用とされていたはずのトマトが、なぜかいつのまにかイタリアの貧困層の手に渡っている」と読めてしまう気がする。何が起きたのかよくわからない。
だいぶいろいろ書いてあり、鉛中毒説を否定した Montreal Gazette の記事はリンク切れですが、一応アーカイブはありました。
The Right Chemistry: Tomatoes were once considered deadly
「ピュータから溶出した量の鉛で死ぬ可能性は、巨大化したトマトが人間を襲う可能性と同じだ」となかなかに強い表現。具体的な致死量が知りたいので検索。
「鉛の毒性に関する知見についてhttps://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/06/dl/s0613-7l.pdf」を見ると、
「動物での短期間の経口投与による致死的な影響の最低濃度は、塩の違い(酢酸塩、硝酸塩等)による吸収率等の違いに影響を受け、300~4000mg/kg体重/日とされている。」
とありました。
この数値を機械的に体重50kgのヒト成人に当てはめると15~200グラムを1日で摂取する必要があるので、これを自然に摂取できる確率は、トマトに襲われる確率と大差ない気はします。ピュータでトマトを食ったら死んだ、というのは、アタック・オブ・ザ・キラー・トマトと同様のホラ話と退けてよさそうです。
疑問点、とまではいかないのですが……
香川は家庭料理で使われる調味料の量を研究し、15cc、10cc、5ccの3種類の計量スプーンを用意しておけば家庭内でも調味料の使用量が判りやすいことを発見した。また同時に、200ccのカップの内側に50cc毎のメモリをつけた計量カップも考案した。実際には、明治時代に日本初の料理学校を開設した赤堀峰吉が同様のものを既に考案していたとの記録もあるが、香川は独自に考案したものであり、また、一般家庭に計量スプーン・計量カップが普及することになったのも香川の活動によるものである。
「香川綾が日本において大さじ小さじを定め普及させた」までは言っていいかもしれないと思うのですが……。
それ以前から海外で「ティースプーン(おおよそ5mlくらい)、テーブルスプーン(おおよそ15mlくらい)」という日常単位があるのでは?香川綾の業績はそれを参考にして日本における大さじ小さじを定義したことなのでは?
という疑いがあります。
Wikipediaの書き方だと「発見」だとか「発明」だとかのように書かれていて、ちょっと違和感があります。Measuring spoonで雑にググって見て回りましたが、料理で量をきっちり定義することについては
『The Boston Cooking School Cookbook』
が重視されているようであり、本の現物見ても
「3 teaspoons =1 tablespoon」
「16 tablespoons =1 cup」
「2 tablespoons butter =1 ounce」
みたいな換算表が載ってますね。1オンスは28gなので、ほぼ大さじがテーブルスプーン、小さじがティースプーンだと考えて良さそうです。で、これを参考にした「欧米料理法全書(高野青楓)」にも、
「チースプーン三杯はテーブルスプーン一杯」などとそのまま載ってます。
国立国会図書館デジタルコレクション
(増補5版となってるけど、原書由来だからたぶん初版(1905年)から入ってたはず)軽量容器の内側に目盛を刻むという発想だと、こちらのブログFrom Past to Future: Measuring Spoonsに載ってるのがなかなか強いですね(これ液体はともかく粉は計れないんじゃ・・・?)
複数容量の計量スプーンセットがいつ出現したかは突き止め切れてないですが、1900年のアメリカ特許
がある(新規性は上でリベット止めして、自由に使い分けできるようにしつつ、ばらけないようにもしてる点だと思われる)ので、それ以前なのは確実でしょう。
西洋料理の料理人がそれらの革新を日本に持ち込んでなかったとも考えにくいし、セットになってる計量スプーンがあったときにその中の大きい物を「おおさじ」小さい物を「こさじ」と呼ぶのは誰でも思いつくようなことで発明発見命名として成り立つとも考えにくい。ちょっと今のWikipediaの記述は疑問に思えますね。
英語版の記事です。
「Katanga Afro-Japanese」の部分にHowever, most of the mixed-race infants resulting from these unions died soon after birth. Multiple testimonies of local people suggest that the infants were poisoned by a Japanese lead physician and nurse working at the local mining hospital.
と書かれています。
ソースは『フランス24』です。三浦英之氏の『太陽の子』をソースにして書き直したほうがいいんじゃないかと思います。
ルーキー時から巨人の主軸として活躍していた長嶋茂雄に加え、王貞治が1962年に一本足打法を会得して大ブレーク。翌1963年には2人が巨人優勝の原動力となり、ニューヨーク・ヤンキースのミッキー・マントル、ロジャー・マリスを指すMMキャノンに倣いON砲(あるいはON、ONコンビ等)と呼ばれるようになった。
「MMキャノン」という呼称に疑いあり。
ミッキー・マントル、ロジャー・マリスは本国で"M&M Boys"と呼称されていたはずなのに、どこからか「MMキャノン」という呼び名が出てきている。「M&M Boysは日本ではMM砲と翻訳された」なので「ON砲はMM砲にちなむ」ならまだわかるのですが。
「MMキャノン」って呼び名はどこから現れた?八木一郎 著『誇り高き大リーガー : この男たちの生きざまを見よ』,講談社,1977.9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12444295 (参照 2026-10-07)
70 コマ: ャー・マリスと並んでMMキャノン(MM砲・日本のON砲の名称はこの真似だ)といわれ、球界のスー…
上記のような用例を見つけたので無から現れたというわけではないようでした。
その呼称がどの程度メジャーだったかは不明ですが……『週刊ベースボール』33(51)(1128)増刊号,ベースボール・マガジン社,1978-10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7908944 (参照 2026-10-07)
80 コマ: ぶ。だヤンキースの「MMキャノン」のから発射角度は相当上向きになる。異名を取った。キャノンと
『週刊ベースボール』33(64)(1141),ベースボール・マガジン社,1978-12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7908957 (参照 2026-10-07)
70 コマ: 傷つけるや球史に輝くMMキャノン 5 "MM CANNON" ホワイティ·フォード投手がヤ揮したのは196
69 コマ: のフォード球史に輝くMMキャノン6〓漁夫の利を得た?マントル7フリックに感謝するマリス父から手
『週刊ベースボール』39(20)(1462),ベースボール・マガジン社,1984-04. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7909278 (参照 2026-10-07)
46 コマ: ル、マリス両選手の「M·Mキャノン」が生まれる。さらにそれがお手本になって、昭和30年か 92 〓
『週刊ベースボール』39(20)(1462),ベースボール・マガジン社,1984-04. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7909278 (参照 2026-10-07)
50 コマ: ド·●通算 98 "MMキャノン(MM砲)"、という言葉が大リーグに出現したのが、1961年のこと。ヤン
福島良一 著『大リーグ雑学ノート : Take me out to the ball game』,ダイヤモンド社,1997.9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/14176177 (参照 2026-10-07)
69 コマ: 二人の頭文字をとってMMキャノンcannon大砲)、またはMMタンデム(tandem 2頭の馬を縦列で引
結構あるな…… 「MMキャノン」という呼称に疑いありは棄却したほうがいいか
当時の新聞をどうにかして見てみたいところだがGoogleブック検索するとスニペットですが每日新聞の縮刷版が出てきます。第 215 号とあり、毎日新聞 縮刷版 1967/1 昭和42年1月号 怪獣 アポロ1号炎上 by メルカリを見ると1967年1月号が205号なのでつまり11月号に掲載されているようです。ある程度の図書館であれば所蔵されてるので確認は可能でしょう。
いろいろ条件変えながら検索したのですが、スニペットで「言語生活 第 142~147 号」に
『ヤンキースの 2M―マントル、マリスのイニシャルを見出しに使ったのがタネ本になっているらしい。(「スポーツ紙記者の『見出し奮戦記』」「週刊現代」 6 月 27 日号 7 ージ参照)大洋の桑田・森を KM 砲、国鉄の豊田・徳武・宮本を T TM 砲と ON 砲にまねて』
という部分が拾えました。言語生活は1号が1951年10月なので1963年の7月~12月号のどこかに掲載されていることになります。言語生活は大学図書館レベルなら収蔵されてるのでなんとかなりそうです。ベスト週刊現代の該当号を直接確認することですが、
まあ当然というか限定公開でした。遠隔複写サービスという手もありますが、それを使うにしてもまずは言語生活の実際の誌面を確認してから、が無難に思えます。
「Wikidata項目の疑問点」とどちらに立てるか迷ったのですが、問題があるのはWikipediaの項目の立て方だと思えるので。
はWikidataとしては
になってるのですが、多分これはミスで、本当は中文版https://zh.wikipedia.org/wiki/Realのように「Real」という文字列にのみ対応した曖昧さ回避を立て、「リアル」はそれとは別の曖昧さ回避にすべきなんでしょう。
ただそれを言い出すと、他にも怪しい項目がたくさん気がします…。
コメントして会話に参加しよう