物理的な意味でない場合の「刺さる」は、かつてはネガティブな意味でのみ使われていたように思います。(「あの人の言葉が心にグサリと刺さった。」)
それが最近は、ポジティブな意味でも使うようになりましたね。(「この曲は現代の若者に刺さる。」)
ポジティブな用法はいつ頃から使われ出し、どのあたりが発祥なのでしょうかね。
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2015年の「今年の新語」になっているので、普及してきたのはそのころでしょうか
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/topic/shingo2016/2015Best10.htmlX を検索したところ、
「一番目指さなくちゃいけないのは、34~35までに、40になってもいいと思うけど、パートナーを見つけるべきだということです。もっと重要なのは、その人とキャッチボールができるフィールドを手に入れていくこと。」 フリーランスは自分の枠からフリーになりにくい気がしてた。
— Kazuhiro Hara ᯅ (@kara_d) November 3, 2008に対するリプで
@kara_d パートナーの部分は超刺さりました。まいったなぁと。 [モバツイ]
— えふしん (@fshin2000) November 3, 2008パートナーの部分は超刺さりました。
という記述を見つけました。(2008 年 11 月 3 日の投稿)
案外古くからありそうですが、わたしの感覚としては 2000 年以前には見た気がしないので、今世紀に入ってからくらいではないかと思います。
文学作品にもあるかどうか、探してみようと思います。感性に突き刺さる(刺激するの強意表現)という表現はそれこそ 90 年代には多用されてた印象。印象なのでチェックが必要だ。
追記:言うだけだとナニなので、軽く調べておいたよ。
90年代カルチャーと批評空間1990年代はグランジやオルタナティブ・ロック、渋谷系、単館系ミニシアター映画、裏原宿カルチャーなどが隆盛した時代だ。当時の音楽雑誌(『ロッキング・オン』など)や映画評、ファッション誌、とがった広告コピーでは、衝撃的な作品を評する際に「生々しいサウンドが感性に突き刺さる」「研ぎ澄まされた映像が感性に突き刺さる」といった表現がごく自然に使われていた。
表現の構造「胸に突き刺さる」「心に突き刺さる」という強い比喩表現の対象を「感性」に置き換えたハイブロウな言い回しとして、90年代のサブカルチャー・芸術批評の世界で既に確立されていたわけだ。感性に突き刺さるでデジコレで検索してみた。結果、『サイトウ・マコト・ポスターズ』サイトウ・マコト 著 六耀社, 1990.12がヒット。
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