「左翼」「右翼」「リベラル」「保守」等ってレッテル貼りの話にしかならない(まともな話もあるにはあるけど)。
国民が(極論じゃない)方向性の話をしやすくするために、どんな言葉があればいいと思う?
思考の断片、たたき台みたいなモノ
https://note.com/pure_nerine8932/n/n7bf2126c1820
「左翼」「右翼」「リベラル」「保守」等ってレッテル貼りの話にしかならない(まともな話もあるにはあるけど)。
国民が(極論じゃない)方向性の話をしやすくするために、どんな言葉があればいいと思う?
思考の断片、たたき台みたいなモノ
https://note.com/pure_nerine8932/n/n7bf2126c1820
(わあ、真面目なパークがひっそりと。新米ひつじもちょっと書いてみよう。)
新しい用語が必要なんだろうか?
もしかすると、その逆なのでは?
労働貴族化した左翼と、排他主義化した右翼は、どちらも社会を蝕む困った存在だけど
それらが自陣地からウヨだサヨだとお互い石投げあったところで、
建設的な議論はほとんどできない。
結局、誤りは自分を顧みることでしか直せないもの。
石を投げて相手を変えることはできない。
それより例えば
自由主義(リベラリズム)の本質はここだよね
保守主義、特にその中のバーキアニズムってもっとこうだったよね
みたいなところから掘り起こせば、簡単じゃないとしても、建設的な議論ができるのでは。
それぞれの思想は、近現代社会を創る上で欠かせない役割を担っていたし
長い間かけて磨かれて残った部分、今でも通用する価値を持っているんじゃないかな。
レッテルより、その下にある中身をちゃんと見てみようよ、
案外使えるかもしれないよ、的な。
>レッテルより、その下にある中身をちゃんと見てみようよ
ほとんど言葉遊びだけで終わる気がします、「自由ってなんに対する自由なんだ」とか。
言葉の印象から実態が見えないから、誤解したり理解が難しくなっています。
多少長くなったりしても、実態にあった言葉選びをしたいですね。
語る入口としては、否定から入るとか、生成AI捏造や偽アカウントはやりすぎだが政治広報のSNS活用には扇動課題もあり疑問を持っている、など
しかし伝わるかどうかという話では、偏差値20違うと会話成立しないになってしまうと思うし、同質以外のメンバーと語り合えるかという話かもと思う、でもさよくわからない人に対してレッテルは伝わりやすいし使っちゃうよね、どう回避するかという頭の良さを発揮しないといけないが普通はできない
別の見方として対話の態度を考えると、政治に弱い人と会話して色に染めるのもありだと思うけど、対話したいのか?オルグしたいのか?という話なのかもしれないし
とはいえ、論破や折伏したいならどうぞだけどこのスレッドの論旨ではないのだろうし難しいね
どんな言葉で呼んでもネットではあっという間にレッテル化してしまうのであまり機能しないのではないかと思います
「左翼」「右翼」「リベラル」「保守」も本来の意味から離れて行ってますよね
ラディカルな保守だったり、より強い規制を求めるリベラルが居たり…
そこにレッテル張りが乗っかって、さらにはネトウヨやはてサの様な造語が「悪口」として定着したり
政治的なMTBI診断みたいなものがあったら面白いと思いますが、仮にあったとしたらMTBI診断と同様に診断結果そのものが新たなレッテル張りになると思われます
いずれにしてもネットで目立つのは左右どちらも過激な書き込みをする人ばかり、そういうことをしない大多数の人はではなんと呼ぶのか?ということもあり、ぴったりくる言葉を見つけるのは難しいと思います。
話題の中心にトピックがあれば、それぞれのトピックによって現状維持よりの意見か変えていく方向の意見がでわかれて議論ができる。
トピックが変わればそれに対して同じ軸でもポジションが変わることがありうる。詳しい分野や背景も違うので自然なことに思える。
一方で左翼・右翼のイデオロギーが中心に来るとどんなトピックの話題でも現状維持は右翼、変えていこうとするのは左翼みたいな雑な分け方になるだけで、左翼がいいか右翼がいいかを議論しても、個別のトピックについての意見の詳細まで議論がたどり着くことができない。
それぞれのトピックを政治の話題の中心においてそれぞれのトピックについて分人的にポジションをとる語彙が必要。
たとえば、「妊娠中絶ウヨだけど、同性婚サヨ」みたいな言い方で個別のトピックに対するポジションであることを表現するといいと思う。
トピックごとに各々の意見を発すればいいよね、とは思うのですが、
ウヨサヨという言葉というか、現状維持か変化かが具体的に何を指してるのか、ややこしくないですか?
たとえば「妊娠中絶サヨ」は、「今の制度では女性の自由が行き過ぎているので、妊娠中絶できる要件を厳格化すべき」なのか、「今の制度では女性の権利が抑圧されているので、要件を緩和すべき」なのか。どちらも変化を求めてはいますよね。
現状認識とそれに対する自分の判断について、一つ一つ言葉にしていくのが、遠回りでも大事かな、と思います。
政治についての話をするとき、自分がどの陣営に所属してるという認識や、○○派への帰属意識って、そんなにあるものなのかな?
自分が名乗るよりも、「あの陣営に属してるように見えるアイツ」に対して使われる方がずっと多い言葉の気がするし、
名乗るにしても、「自分は○○と言われるが」のように、他者の目を意識して発せられることが多いのでは。
既存の語に代わる新しい分類を発明しても、けっきょく他者に対しての、または他者の目を意識した言葉になってしまうんじゃないかなぁ。
自分の意見を自分の言葉で語ることに役立つかは、正直なところ、微妙だと思う。
「自分は少なくとも○○派ではないな」って認識が、自己の輪郭を分かりやすくはするかもしれないけど。
埴谷雄高はこう述べた。
「自身の知らない他のことを論ずるために、私たちはまず他人の言葉で論ずることに慣れ、次第に自身の判断を失ってしまうのが通例であるが、この他人の言葉を最も単純化した最後の標識は、さて、ひとつのスローガンのなかに見出せる。私たちが他人の言葉によって話すということは、もちろん、他人の思想によって考えていることであるが、そこからつぎのような現代の構図をもった悪しき箴言を引き出すことができる。
スローガンを与えよ。この獣は、さながら、自分でその思想を考えつめたかのごとく、そのスローガンをかついで歩く。」
この「スローガン」を「自分を語るための言葉」≒「レッテル」に置き換えても成り立つように思う。右翼、左翼、保守、革新、アナーキズム、ウルトラナショナリズム……、単純化の旗印にすぎない。それはときに敵対者によって名付けられる。そんなものに意味はない。自分の意見を語るのに、自分の意見、自分の考え、自分の言葉以外になにも必要ない。自分がなにか発言して、それを他人が「反リベラルだ」と言おうが「ロシア宇宙主義者だ」と言おうが、世の中の自分の位置を把握するための座標ぐらいに思えばいいい。もちろん、自分が党派を背負ってその自認を確かに持って世に発言するのであれば、なるほど「保守として言う」、「社会民主主義者として言う」と明言することに意味はある。そうでないのであれば、レッテルに右往左往する必要などないし、わざわざ自分にレッテルを貼る必要もない。
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