所属階層を上下するモチーフ、異類婚姻譚(神と人の聖なる結婚、ヒエロス・ガモスhieros gamosから様々な動物まで)をイメージします。
天界や地下の冥界、天国と地獄いった上下の移動はアップダウンが激しい心の波瀾万丈ぶりを表現しているように思えます。
住む世界が違えば、気候も植生も菌類の生態系も食べ物も違って、他にも色々と細々とした物の処し方も勝手が違って、これまでのやり方やそれまで当たり前だと思っていた考え方が通用するとは限りません。無理難題に直面します。
グリム童話「つぐみの髭の王様」の冒頭で文句をつける姫を読んでいると、かぐや姫(竹取物語)の5人の貴公子に対する無理難題(課題婚型神話)がぼんやり思い浮かびます。
日本神話だとオオクニヌシがスセリビメを娶りたいと思うところにスサノヲが試練を課しますが、場所は根の国底の国、冥界です。母の不在、母の影が薄いのですが、カグツチ・火の神を産んで冥界に行ったイザナミの住む世界が根の国だという背景を思い出すと存在感を意識しないだけで、はじめからずっとそこにあるものだと気づきます。
ギリシャ神話では神のアモールと結ばれたい人間のプシューケー(Psyche)にウェヌス(Venus)が試練を課して冥界に下るエピソードがありますが、シュメール神話に遡ればドゥムジをパートナーに持つイナンナの冥界下りでエレシュキガルに死ぬような目に遭わされるシーンと重なって見えます。
おとぎ話にも地下世界の試練の一種とも捉えられるシーンがあります。
・おやゆび姫がお金持ちのモグラと暮らす
・手なし娘がグリム童話では年寄りの悪魔(お金はある)との契約で父親の元を離れる
・日本の昔話の手なし娘では長者のところに嫁ぐ手前で斬りつけられて谷底に落ちる(どちらも父親が手を切り落とす)
・鉢かづき姫(似た雰囲気の継子いじめの話)では生前の母が嫁くらべで恥をかかないくらいの教育を施し、鉢を被せる。母亡き後は父親の元を離れ、川に身投げするも、鉢で首から上は浮かぶので、沈まない
・つぐみの髭の王様では怒った父王が姫を追い出し、物乞いに嫁がせる
一旦、下方に降りて、コロッと向きが反転してまた上がってくる心の逆転現象について、ユングはエナンティオドロミア(enantiodromia)という言葉を当てはめました。(自然哲学者ヘラクレイトスの言葉が由来、万物の根源アルケーは火と主張した)
ユング派の心理学からおとぎ話を分析する本を興味深く読んでいます。シルヴィア・ペレラ(Sylvia Brinton Perera)の「父の娘」というキーワードは、現代の女性の置かれた状況と心理について見るべきものがあるように思っています。