「不寛容に対する不寛容は仕方ない」
とか
「不寛容には不寛容であるべき」
という考え方どのくらい一般的に知られているのでしょうか?
はてなではよく見かけますが
案外「聞いたこともない!」という人もいるのではと思います。
内容の是非よりは「普通の人は知ってるのだろうか?」という点について
雑談できたらと思います。
「不寛容に対する不寛容は仕方ない」
とか
「不寛容には不寛容であるべき」
という考え方どのくらい一般的に知られているのでしょうか?
はてなではよく見かけますが
案外「聞いたこともない!」という人もいるのではと思います。
内容の是非よりは「普通の人は知ってるのだろうか?」という点について
雑談できたらと思います。
寛容のパラドックスの話でしょうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/寛容のパラドックス
大学の哲学や社会科学の学習者、またネット上などでは有名かと思いますが、一般的ではないような気がします。
多分これですね、と相槌を打っておいて……
カールポパーの
「もし社会が無制限に寛容であるならば、その社会は最終的には不寛容な人々によって寛容性が奪われるか、破壊される」
「寛容な社会を維持するためには、寛容な社会は不寛容に不寛容であらねばならない」
これなんですけど、一つ目の結論は納得するんですが、そこから二つ目の結論は導出出来ないのでは?
何故なら一つ目の結論は無制限に寛容な社会について述べているのであり、現実の我々は運用上やむを得ず一定程度不寛容なので、前提が異なる(外国人は立候補出来ないなど
……ってことを昔から思っていて、この際思い切ってAIに聞いてみたんですが、カールポパーは「だから不寛容な意見は全て排除しろ」ではなく「どこに不寛容の線を引くか?」「暴力的に自由を破壊する勢力には対抗してよい」ということを話したかったらしい?
勉強になりました
難しいテーマですよね。
まず、自分が無意識のうちに不寛容のような立場をとってしまっていることって沢山あると思いますし、
相手が不寛容でいるものについて、自分は知らないことがあまりに多すぎて、それに対しての態度すらどうするか考えることができなかったり。
子宇宙、孫宇宙ではSEXなんかしないでも子供は作れそうですし。なんていうかそういうデリケートな問題とかとても繊細…。
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