レトロなゲーム、昔遊んだテレビゲーム、ゲーセンで盛り上がったゲーム、携帯ゲーム機…最近のゲームにはない何かを語るスレです。
や、単にレトロゲーとかのスレッドが無かったから立てただけのスレッドなので
もっと良いスレがあるならそれはそれで。
コメント一覧
オフラインゆえのゲーム体験って今の時代には貴重で得難い経験だと思いますね。
兄弟や友人と遊ぶだけでなく、雑誌でしか情報が得られない頃の1人で試行錯誤したゲーム攻略、
ゲームセンターで一触即発になりかねない対戦格ゲーなど中々味わえない体験でした…ノンソーシャル(non-
social)が当たり前で特に誰ともコミュニケーションせず1人で黙々とプレイする時間がほとんどでした。
周りの反応やゲームの評判など一切気にせず、じっくり作品の世界に没入した体験を積み重ねて来れたことは今思えば本当に贅沢なのだと思います。ゲーセンもソーシャルじゃなかったからこその空気感があったと感じます。
読み書き能力は身につけておくとメリットが大きいと就学前に気付けたことはアドバンテージになっていた気がします。
RPGをよくやっていたのですが、セリフを読むだけでもかなりの文字数を読みこなしていたんじゃないかと。今思えばですが。
『大技林』を読んでゲームで実際にやってみてうまくいった体験。取説を熟読して遊び方が理解できた体験。読み飛ばすと途中で分からなくなった体験。ゲームのことで相談できる相手がいなかったから可能な限り試行錯誤して自己解決してきましたね。レトロゲームを通じて脳内補正能力が高度に鍛えられた脳になってしまっている可能性を考えたことがあります。
原作小説と映画の差という観点は大変鋭いと思います。メディアによって受け取りやすいものが変わってきますから。
ドット絵でいい感じにデフォルメされて、音響も制約があったからこそ、
余白を埋めるために様々な情報
(見えている映像と見えていないけれど文脈的にあるはずの情報、映像以外の情報では聞こえているBGMや作中で起こっている出来事やキャラクターの性格や関係性、過去のエピソードなど)
を脳内で綜合して、想像力を思う存分に働かせてこれたように思います。
細かくリアルに描き切らないからこそ、もっと見たい聞きたい知りたいと妄想を掻き立てられ、注意深く読み解こうとしてきた体験は「秘すれば花」の教えにも通じるものがあると感じます。
あと、今年のエイプリルフールの「錯視」の話とも関連を見出せると思います。
雑誌「ファミリーコンピュータ」でしたか、投稿された裏技がたくさん載ってるけど、ひとつだけウソが載ってる、みたいなのがあった記憶。
どうしても再現させたい裏技があり、書いてある通りに何度やってもできなくて、次の号でそれがウソだったと書いてあり絶望しました。という記憶があるのですが、これが本当にあったことなのかどうかが不安になってます。
ファミマガ(ファミリーコンピュータマガジン)ですね。ウソ技、懐かしいです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%BD%E6%8A%80
いろいろ話題になったウソ技がありましたが、自分が今でも覚えているのは、「さんまの名探偵」で最初からマップに表示されているナムコビルに行けるようになる、というネタですね。
ファミマガの人気コンテンツ「ウル技」のコーナーですね。
毎号、1つだけ「ウソ技」が混ざっていて、それがどれかを当てる懸賞もありました。
有名なのは「水晶の龍」の野球拳が遊べるウソ技ですね。ヒロインのシンシアを脱衣させるジャンケンゲームが遊べるという技です。
CGがよく出来ていて騙されたキッズが多かったのではないかな?と。
グラディウスでオプションが4つつけられるウソ技とか、じゃじゃ丸くんで無敵になれるウソ技とか色々ありました。
もちろん水晶の龍は買いました。
栃木県佐野市で定期的にこんな感じの1日限定開催ゲーセン風イベントやってるんだけど
是非参加してみて欲しいなぁ。
オッサンが一日中ニコニコできるイベント。
オッサンが平和にニコニコ過ごせるイベントは良いイベントだと思う。
PSのシンプル2000シリーズ、THEパズル2。
何処かで見たような感じの画面とシステムをごった煮にしたようなゲームだけど、対戦ルールが独特で
普通の落ちモノ系でお馴染みの縦分割画面と滅多に見かけない横分割画面の対戦が出来て
横分割の場合、勝敗に関わる上下要素が3分の1くらいのスペースになるのでほんの一瞬の迷いが命取りになるという
恐ろしくスピード勝負に変わるパズルゲーム。
こればかりは実際にプレイしないとわからないと思うので対戦会イベントに持ち込んでいる。
シンプルシリーズを大きく見直す事になった良作。
なお、1人プレイはボリューム不足感が否めない。
対戦モードは80戦があっという間に過ぎた。中古も安いしパズル好きの対戦相手がいるならオススメ。
あまりに忙しくて瞬きすら忘れて目が乾くレベル。今だからこそ「バンゲリングベイ」をプレイするととても楽しめると思うんだ!
アレは投売りされてたけどゼビウスやスターフォースみたいに上下左右の移動が十字キーに連動していないから当時は受けなかった。
でもラジコン操作という入力方法が理解できるとかなり良質なラジコンヘリシミュレーション(シューティングも出来る)ゲームになる。
空中戦と地上空爆という戦略性溢れる良作に早変わりするのでオススメ。
もちろん非常に忙しいゲームではある。サン電子の「いっき」は変でクソゲーという評価を一時期よく見かけたけど
それはあのゲームの特異な部分を理解していないという点で評価されていると思う。
その特異な部分は「武器の鎌が1番近くの敵をホーミングした方向に飛ぶ」という点。
囲まれると近くの敵を攻撃してしまい、意図しない攻撃になった形になるという事。
逆に敵の出るタイミングを読んで攻撃する事で安定して倒せるようになり、小判の位置を覚えられれば周回もできる。
元となったアーケード版は小判の位置を表示するマップがあったのと竹槍の当たり判定が広かったからその辺もあってユーザーに優しかった。
移植作としてはかなりよく出来た作品だし、周回できるようになるとスリルもある良作になる。
これも今だからこそ楽しめると思うのです。なお、一人ぼっちでは一揆とは言えないのではないか、という点はフォローできない。
サン電子といえば、個人的には「かんしゃく玉なげカン太郎の東海道五十三次」が記憶に残ってます。なんならファミコン時代のマイ・ベストかもしれない。
クリアが難しいファミコンのソフトの中で、このゲームは頑張ってクリアできたので、思い出補正が入っているとは思います。「思い出せないときに誰か代わりに思い出してくれるスレ」いいですね。
乗っかってさっそくこんな質問 ーハードはたぶん初代プレイステーション。
タイトルに「エージェント」とか「エスピオナージュ」みたいな、「スパイ」ほど日本では馴染み深くない呼称が使われてたような。
ジャンル/システム的にはアドベンチャーとアクションとRPGが混じってるような?
画面は横スクロールのダンジョン型、もしくは初代『シム・シティ』型かも。
プレイヤーは諜報部員的な活動で、機密情報盗み出しとか暗殺とかデマ工作とか敵国の科学者引き抜きとか、ちょっとオトナっぽいミッションをひとつずつこなしていく(タイトルに「ミッション」入ってたかも)。私が挫折したのは6ミッション目くらいで、何度やっても引き抜きに失敗した科学者が死んでしまうというバッド・エンドで、なすすべもなく「ああ、ああ、すまない...」みたいな切ない思いを味わったのが印象深い。
ファミコン版のソロモンの鍵かマイティボンジャックを真面目に遊んでみたい。
適度なムズさの良いゲームだったと思うんですよね……ノーヒントだと気が遠くなるだけで。両方ともにSwitchOnlineで遊べるので遊びやすい部類のタイトルですし
ゲーム&ウオッチシリーズも単純ながら延々と遊んでしまう魅力があります。
バランスが絶妙なんだよなー。ビープ音もタイミングを計る上で重要だし。
バンダイなどから出ていた類似品もつい遊んでしまう魅力がありました。
俺のミニゲーム集系ゲームソフト好きの根っこがゲーム&ウオッチにあります。ファミコンブームに家庭用ゲーム機を持たない家で育ちましたが、外出に関する制限は無かったので、自然とゲームセンターに足を運ぶようになりました。
こづかいは月数百円に限られていましたので、ゲーセン通いの時間の大半は、他人のプレイ観察でしたが…。(いわゆる「水子」)
そんな小学生当時の私が最もハマったアーケードゲームが、タイトー『黄金の城』。
当時としては類を見ないサイズのキャラクターが武器(剣と盾だけではなく棍棒や斧、弓なども)を打ち合うだけでもカッコいいし、上段・中段・下段でモーションが異なる技を使い分けて敵の動きを誘いつつ、部位毎の鎧を剥がしていく、ただ連打しているだけでは勝てないゲーム性も新鮮でした。
隣町のいわゆる駄菓子屋アップライト筐体で繰り返し遊んで、毎回ラスボスまでは到達できるようになり、これまで「水子」になるばかりだった自分が、ついに「師匠」などと呼ばれて「水子」に立たれる側になったことも感慨深かった。
小学生同士で「師匠」だとか、今にして顧みれば可愛すぎだろって思いますけれども。
その後、このゲームは家庭用ゲーム機に移植されなかったこともあり、小学生アーケードゲーマーだった当時を象徴する思い出として、記憶に残っています。こづかいは月数百円に限られていましたので、ゲーセン通いの時間の大半は、他人のプレイ観察でしたが…。(いわゆる「水子」)
この経験は、私にもわかります。
今にして思えば、もっと有意義なことがあり、それに費やしていれば、と思うのですが、いまだに引きずっています。
当時のゲームを、YouTubeのプレイ動画で環境ビデオ的に流し続けていることがあります。「水子」という用語が生まれるくらいには、当のプレイヤーからは嫌がられながらも、よくある事だったんでしょうね。
でも、昔のゲーセンって、親世代からは「不良のたまり場」みたいに扱われていたじゃないですか。
お金もろくに持っていない小学生が、あえてそこを訪れるのって、特別なことだったと思うんですよね。
それに、当時の家庭用ゲーム機とアーケードゲームでは性能の格差も大きかったですし、ファミコンでは満足できない程のゲーム好きが集まっていたはずです。
甘い考えかもしれませんが、同じゲーム好き、まだ小学生ということで大目に見て貰えていたのかなと……。
自分でお金稼ぐようになってからもゲーセン通いは続けていたので、罪滅ぼしじゃないですけど、帰郷するたび、昔さんざん「水子」させてもらっていたお店を巡っては、たくさんお金使いました。(笑)見られている側が、嫌がっていたのかは分かりません。
時は変わり、今となっては、見られている側はYouTuberとして、率先して見られる、見せつけようとしている一面もあるわけです。少なくとも、ただゲームを見るだけでも娯楽になることに、ゲーム業界は、もっと早く気づいておくべきだった、と思うことがあります。
不特定手数がコメントしながらプレイ動画を鑑賞している、録画なのでコメントはリアルタイムではないにしても、それを観る感覚は友達の家でゲームを遊ぶ、周りはワイワイ言いながら、一緒に遊んでいる感覚でした。
今や、コメントも実況もない、ただエンディングまで遊んでいるYouTubeのプレイ動画が、ゲームの売上へマイナスに影響しているかもしれない、程度には影響力のあるコンテンツなわけでしょう。「水子」という表現は、この場で知りましたが、今や経済的な「養分」ですよ。
ただ「水子」同様、ゲームそのものへの直接的貢献はないわけですが。
アーケードだとタイトーの「影の伝説」が今だに思い出深いです。
初期バージョンの基板だとデモ画面のキャラを操作できてしまうので
お金を入れなくても少しの間遊べてしまうという
おこづかいが少ない頃に助かるゲームでした。
イトーヨーカドーにあった屋上遊園地のゲームコーナーの隅っこにあった
普段は誰もプレイすることのなかったテーブル筐体の「影の伝説」がいい遊び場でしたね。
カップのジュースとスナック菓子を置いて何回も何回もデモで遊ぶ、それだけでも楽しかったなぁ…
90年代初期に駄菓子屋に10円で遊べるワンダーボーイのアップライト筐体があり
家に居れないタイミングに遊んでた記憶を唐突に思い出しました。
(当時としても)古いゲームを安価に遊べた諸々の経験が今の自分を作っている気がしますNEOGEO筐体のおかげでゲームを切り替えて遊べるのが衝撃的でした
分かります。子どもの頃、衝撃を受けました。
https://www.snk-corp.co.jp/neogeomini/
↑どんなゲームがあったかなーと、NEOGEO miniの厳選40タイトルを眺めてましたが、私的には格闘ゲームの印象が強めでした。
駄菓子屋のアップライト筐体の思い出を皆さん挙げられていますが、ゲームタイトルで世代の違いが浮き彫りになりますね。
私が『黄金の城』以外でよく遊んだ記憶があるのは『キングオブボクサー』『ASO』あたりで、初めて駄菓子屋でプレイしたのは『ムーンパトロール』でした。
それ以前の記憶では小学校低学年、遊園地やデパート屋上のゲームコーナーになりますが、その辺まで遡ると、『キング&バルーン』『サスケ VS コマンダー』『ラリーX』あたりになります。サイバリオン、PCで配信しないのか~。
自分の、トラックボールというデバイスの認知はコレから始まったような気がする。
https://www.4gamer.net/games/025/G102507/20260715019/千石電商あたりでパーツを集めたらトラックボールコントローラは自作できそうだけども
2Dドット絵か3Dポリゴンかで分かれ目があると思いますね。
メタルギアシリーズのWikipediaの右欄見ながら思ったんですが、
発売日や実際に遊んでた時期、ファミコンかプレステかといった対応機種でも絞り込みをかけられます。
これまでゲームのジャンルとかあまり意識してなかったのですが、ジャンルがわかるようになると最新作で近いテイストのものも忘れていたタイトルも発掘しやすそう?
国産PC用ゲームは、誰もが遊べる環境を持てなかった一方、情報だけは雑誌を通じてアクセスできる時代だったこともあってか、いまだに執着している人たちがいるようです。
・ザナドゥ
・ブラックオニキス/ファイヤークリスタル
・X68000
私のブログに関連記事を投稿しており、よくアクセスされるだけでなく、30~90分くらいかけて読み続けられています。ザナドゥなど、今やNintendo Switchでも遊べる時代なんですけどね。
DSとWiiというすごく短い期間だけど、Touch! Generationsとか、ゲーム以外のソフトがたくさんあったのがよかったな、とか。
いまはこれらの需要はすべてスマートフォンにとられてしまいましたね...。ゲーム機をゲームっぽくない用途でも広めたい!!という、任天堂が長年やってきた事が花開いた感はありましたね、タッチジェネレーション。
結果、ゲームに縁の薄かった層の獲得とそこからゲームにハマっていった層を一定数獲得できたのは流石、と言えると思います。
スマホはインフラである上にゲームとかが遊べちゃうという点が強かったですね。
ゲーム機ではどうやってもインフラになる事は難しいですから。
そういう意味では1番インフラ的な立ち位置に近かったのはドリキャスだったかもしれないすね。
当時、簡易ながらホームページまで作れるオンライン機能を持ってたゲーム機でしたし。
(これはISAOネットがすごく頑張ってたという話ですけど)
ゲーム機にはゲーム機独自の楽しさを今後とも期待していきたいと思ってます。
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